13話 枯れ木と思ったら守銭奴だった
その日は季節外れの強風が朝から吹き付け、やがて冷たい雨まで混じり始めると街は氷の彫刻の様に動きを無くしてしまった。
いつもは鮮やかな赤茶色のレンガに飾られている通りも今は色を忘れて眠っている。
そんな街中を外套をきつく巻き付けたアントニオは雨音が響く中を小走りに進んでいた。人の居ない大通りから小径へ進み、さらに人ひとりがやっと通れる狭い脇道に入ると、幾つか扉のある開けた空間に辿り着く。
普段なら物売りやタチの悪い輩がいるのだがこの天気ではさすがに誰もいない。
右開きの扉を開けると目に入るのは何もない壁。入り口を入って首を回せば左奥に別の扉があり、その手前には不似合いにがっしりしたカウンターが据え付けられている。
室内には装飾の類いは何もない。
この辺りの治安は決していいとは言えないので盗んでくれと言うものだからだ。
仮に強盗が押し入って来ても中央のテーブルを回り込む間に防護壁が降りてカウンターが閉じ、店主が逃げる時間を稼ぐ算段になっていた。
もっとも、ここを襲う程の馬鹿がこの近辺で長く生き残る事はいないので実際に使った覚えは店主にもなかった。
「こんな日には碌なのが来ないから店を閉めろと死んだ爺さんが言っていたよ。今忙しいんだ。今日は終いだから出直して来な。」
書きかけの帳簿から顔も上げずに枯れ木・・・としか見えない老婆がしゃがれた声を出した。
「この前は『儲けは不意にやって来るからいつでも店は開けているんだ。何故とっとと来ない』と言ってなかったか?そっちも爺さんの遺言だと聞いたぞ。耄碌して現実と妄想の区別が付かなくなったんじゃないか。」
アントニオは濡れた外套を脱ぎながら負けずに言い返した。外套は内側を濡らさないように畳んで扉の脇の床に置く。この店には客が使える外套掛けなど置いてなかった。
「ふん!お前が言ったのは1番目の爺さんで今言ったのは3番目さ。どうせ碌な話しじゃないんだろう?爺さんの供養代わりに遺言を守ってやろうと言うんだ。貞女の鏡と言って欲しいね。」
ひどい言われ様だがアントニオも慣れたもので、”へーへー、そりゃ偉いモンだ”と流すと勝手に雑巾を見つけて濡れた床を足で拭いていた。
こんなやり取りはいつもの事だ。
この業突く張りの店主とは昨日今日の付き合いではない。お互いに本音を隠す仮面代わりに罵り合っているだけなので気にするだけムダなのだ。
そして、
商人はムダな事が大嫌いだ。
「それで、今日はどんな無茶を持って来たんだい。まさか顔を見に来たなんて言うなら金輪際来るんじゃないよ。」
言いながらも老婆の手が止まる事はないし顔も上げない。
何故ならムダだからだ。
「仕入れて欲しい物がある。それも3日で。」
「随分急ぎだね。まあ、その分金を出すなら構わないよ。それで、物は何だい?」
「クズ魔石さ。」
「クズ魔石!?あんなゴミを何するんだい。・・・いや」
細めた目が始めてアントニオを睨む。
「金の匂いがするねぇ。何を掴んだのか全部吐きな。」
枯木が裂けたように口角が吊り上がった。




