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聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


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3/21

定時とは何か――それが問題だ

気づいた時には、窓の外が真っ暗だった。


「……え?」


 視界の端に揺れるのは、ゆらゆらと燃える松明の光。

 さっきまで昼だったはずなのに。


 私は机に突っ伏したまま、ゆっくり顔を上げた。

 首が、バキッと嫌な音を立てる。


(……やったな、これ。完全に“持っていかれた”やつだ)


 目の前には、半分になったはずの書類の山。

 だがよく見ると、その“半分”が、どう見ても会社基準でいうところの“通常業務量の三倍”くらいある。


「ルーナ殿」


 低い声がして、顔を上げる。


 アリオスが、いつの間にか部屋の入口に立っていた。

 鎧姿ではない。外套だけ羽織り、どうやら見回りの途中らしい。


「……まさか、ここまでとは思わなかった」


「私も思ってませんでした」


 本音がぽろっと出た。


「これ、まだ終わってないですからね」


「いや、今日の分はすでに誰もが“異例の進捗”だと判断している」


「異例って、基準が怖いんですけど」


 私は肩を回し、重たい瞼をこする。


「それで団長。ひとつ確認なんですが」


「何だ?」


「この世界、“定時”ってあります?」


 アリオスが、首を傾げた。


「……定時?」


「そう、仕事が終わる時間のことです。

 例えば日が沈んだら帰っていいとか、鐘が鳴ったら終了とか」


「……そういう概念は、あまりない」


(ですよねー!)


 私は天井を仰いだ。


「任務が終わるまでが仕事、という考え方だ」


「ブラック確定じゃないですか……」


「ぶ、ぶらっく……?」


「もういいです、その単語は」


 その時、扉の外から慌ただしい足音がした。


「団長! まだ残ってたんですか」


 入ってきたのは、例の若手エリート――ゼノスだった。

 鎧は脱いでいるが、表情は相変わらず険しい。


「……あんたも、まだいたんですか」


「その言い方、やめてほしいんですけど」


「普通、初日で倒れますよ。ここ」


 ぼそっと言われて、私は少しだけ考える。


「私、徹夜三連続とか普通にやってきたんで」


「……意味がわからない」


「社畜ってそういう生き物です」


「だからその単語は何なんですか」


 ゼノスは本気で怪訝そうな顔をしている。


 私は机の羊皮紙を一枚、ひらりと持ち上げた。


「で、これはあなただよね。第二部隊の被害報告書」


 ゼノスの眉がぴくりと動く。


「……なぜそれを?」


「あなた、無理して出撃したでしょ。

 本当は右肩、まだ完全に治ってない」


「……っ」


「でも、隊の誰にも言ってない。

 補給遅延が出たら、自分が前に出て何とかしようって考えてる」


 静寂。


 ゼノスの視線が、ゆっくり私に向く。


「……そこまで、書いてないはずだ」


「書類には書いてない。

 でも、行動と結果を並べると、だいたい見える」


 私がそう言うと、アリオスが小さく息を呑んだ。


「ルーナ殿……」


 ゼノスは、しばらく黙っていたが、やがて小さく舌打ちした。


「……あんた、何なんですか」


「ただの裏方です。

 でも、“誰かが無理して潰れる職場”は嫌いなんで」


 それは、異世界に来る前から変わらない。


「この遠征、あなたが倒れたら、第二部隊は止まる。

 止まったら、北西補給路の復旧も遅れる。

 遅れたら、農村がもたない。

 最終的に困るのは、名もない人たちです」


「……」


「ヒーローごっこは、余裕がある人だけの特権ですよ」


 ゼノスが、ぐっと拳を握りしめる。


「……偉そうに」


「ええ、偉そうです。社畜なので」


 一瞬、険悪な空気が走った――その次の瞬間。


「……ふっ」


 小さな笑い声がした。


 ゼノスだった。


「最悪ですね、あんた」


「よく言われます」


「……でも」


 彼は、視線を逸らしたまま言う。


「俺の部隊、明日は俺が後方に回ります。

 補給路の件、優先してもらえるなら」


 私は、少しだけ目を見開いて、それから小さく頷いた。


「交渉成立です」


 アリオスが、ゆっくりと二人を見る。


「……ルーナ殿。

 そなたは、剣も魔法も使えぬ。

 だが、最前線に立つ者以上に、戦場を見ている」


「そうですか? 私は、ただ“潰れる前に止めてる”だけです」


 その言葉に、アリオスは何かを悟ったような顔をした。


「……それが、最も難しいのだ」


 その夜。


 結局、私は日付が変わるまで書類と格闘し続けた。


 異世界に“定時”はなかった。

 だが――


「明日からは、せめて交代制を導入しましょう。

 人は寝ないと、判断力が死にます」


「……善処しよう」


 またその言葉だ。


 それでも。


 この世界にはまだ、

 “仕事を、仕事として終わらせようとする余地”がある。


(なら、やるしかないよね)


 私は、机に伏せながらぼんやりと思う。


 推しのBDを受け取るその日まで。

 私は、この異世界で――


 今日も、ちゃんと働く。

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