失敗を許す仕組みは、だいたい誤解される
白紙を前にして、私は完全に固まっていた。
書く内容は決まっている。
むしろ、決まりすぎている。
(失敗しても、即死しない制度)
頭の中で言葉にした瞬間、
王都の官僚たちの顔が、幻覚のように浮かんだ。
――規律が乱れます。
――責任感が薄れます。
――それは甘えでは?
(はいはいはい、
テンプレ反論三点セット、
ありがとうございます)
私は机に突っ伏しそうになるのをこらえ、深く息を吸った。
「……違うんだよなぁ」
甘やかしたいわけじゃない。
責任から逃がしたいわけでもない。
ただ――
(“一回で人生終わらせない”だけなんだけど)
その時、ノック。
「ルーナ殿」
アリオスの声だった。
「どうぞ」
入ってきた彼は、机の白紙と私の顔を交互に見て、ほぼ即座に理解したようだった。
「……詰まっているな」
「はい。
この国で一番嫌われる項目に挑戦中です」
「失敗を許す仕組み、か」
「はい。
“失敗”って単語を書いた瞬間に、
空気が三度くらい下がります」
アリオスは、わずかに口元を緩めた。
「王都らしい反応だな」
「笑えないのが困るところです」
そこへ、やや雑なノック。
「失礼します」
ゼノスだった。
しかも、両手に湯気の立つ杯を持っている。
「……何ですか、それ」
「差し入れです。
顔が完全に“脳内で十回ぐらい詰んでる人”だったので」
「観察力だけ無駄に高いですね」
「前線で生き残ると、
空気読むスキルだけ上がるんです」
彼は杯を机に置きながら、白紙を覗き込む。
「で、問題は?」
「失敗をどう扱うかです」
「……あー」
納得の声。
「それ、
王都だと“地雷原”ですね」
「はい。
踏みに行ってます」
「自覚あるの怖いな」
ゼノスは椅子に腰を下ろし、少し考えてから言った。
「でも、前線的には必要ですよ。
一回ミスっただけで終わるなら、
誰も判断したがらなくなります」
「ですよね」
「結果として、
一番慎重で、
一番動かない人が残る」
アリオスが、低く続ける。
「そして、
何か起きた時に動けない」
「はい。
それで現場が焼けます」
「焼けますね」
なぜか、全員の意見が一致した。
私は、白紙に一本線を引いた。
「だから、
“失敗したかどうか”じゃなくて、
“どう判断したか”を評価したいんです」
ゼノスが、首を傾げる。
「判断の中身を見る?」
「はい。
考えた末の失敗と、
考えるのを放棄した結果を、
同じ扱いにしない」
「……それ、
説明めちゃくちゃ大変じゃないですか」
「地獄です」
即答した。
「でも、
そこをやらないと、
誰も安心して動けません」
アリオスは、しばらく考え込んでから言った。
「王都は、
結果でしか物を見ない」
「知ってます。
なので“結果しか見ない人でも分かる形”に落とします」
「どうやって?」
私は、少しだけ笑った。
「手順にします。
失敗したら、
必ず“理由を書く”。
必ず“次にどうするかを書く”。
その二つが揃っていれば、
即処分はしない」
ゼノスが目を丸くする。
「書類で殴るスタイルですね」
「はい。
王都には一番効きます」
アリオスが、珍しく苦笑した。
「……確かに」
私は、ペンを持ち直す。
「失敗を隠すと重罪。
失敗を報告すると評価対象。
逃げた場合だけ、
本気で叱る」
「メリハリがえげつないな」
「現場向けです」
ゼノスは、杯を持ち上げながら言った。
「これ、
前線で聞いたら、
拍手出ますよ」
「王都では?」
「頭抱えます」
「予定どおりです」
私は、最後の一文を書き終え、深く息を吐いた。
(これで、
少なくとも“一回で終わる”世界じゃなくなる)
アリオスが、静かに言う。
「通れば、
この国の空気は変わる」
「通らなくても、
現場は使います」
「……それも予定どおりか」
「はい」
ゼノスが、にやっと笑った。
「嫌われ役、
板についてきましたね」
「慣れると楽ですよ。
どうせ好かれる仕事じゃないので」
そう言いながら、
私は書類を揃えた。
失敗を許す制度。
誤解される制度。
でも――
誰かが判断する時、
背中を押す制度。
そのくらいの価値は、
きっとある。
私は、次の会議予定を思い出し、
小さく呟いた。
「……さて。
次は誰に嫌われようかな」
仕事は、
まだ、続く。




