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聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


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2/21

異世界初出勤、まずは職場環境の把握から

神殿の裏口を出た瞬間、朝の空気がやけに澄んでいることに気づいた。


「……空、青すぎない?」


 昨日まで、排気ガスとコーヒーの匂いに包まれたビル街にいたとは思えない。

 代わりに鼻に入るのは、石畳の湿った匂いと、どこかの屋台から漂ってくる焼き肉の香り。


 私は今、異世界での“初出勤”を迎えていた。


「ルーナ殿、こちらだ」


 前を歩くのは、騎士団長アリオス。

 鎧ではなく、動きやすそうな軽装姿だが、存在感だけは昨日と変わらず圧が強い。


「はいはい……」


 ルーナ。

 完全に定着している自分の異世界名に、少しだけ諦めが混じる。


(まあ、花よりはファンタジー感あるし……)


 向かった先は、王都の中央にそびえる堅牢な建物だった。

 分厚い石の壁、広い中庭、そして正門に掲げられた紋章。


「ここが第一騎士団の本部だ。今日から、ここがルーナ殿の職場になる」


「……立派ですね。ブラックじゃなければいいんですけど」


「ぶ、ぶらっく……」


 説明しなきゃ伝わらない単語ばかりだ、この世界。


 中へ入ると、思った以上に“職場”だった。

 長机が並び、羊皮紙の束、羽ペン、インク壺。

 あちこちで鎧姿の人たちが、難しい顔で書類とにらめっこしている。


(……これ、うちの会社の会議室とやってること変わらなくない?)


 妙な親近感が湧いてしまった自分が悲しい。


「ルーナ殿、こちらだ」


 アリオスに案内された奥の部屋には、さらに大量の書類が積まれていた。


「ここが、現在滞っている報告書と依頼の山だ」


「……山?」


 私は思わず言葉を失った。


 机、床、棚、あらゆる場所に羊皮紙の束。

 しかも、整理されている様子が一切ない。


(うわ……うちの炎上プロジェクトの資料室よりひどい)


「これを……私が?」


「補佐の仕事だ。主に確認と仕分けを頼みたい」


 私は、そっと深呼吸した。


(初日からフルスロットルか……異世界も容赦ないな)


 しかし、次の瞬間。


 視界の端に、半透明の板がふっと浮かぶ。


【情報収集:起動可能】


(……あ、そうだ。私、スキル持ちだった)


「……アリオス団長」


「なんだ?」


「この書類、内容は全部“手作業”で把握してるんですか?」


「当然だ。部下たちが夜通し目を通している」


「その結果が、この山ですか」


 少し言い方がきつかったかもしれない。

 アリオスがわずかに咳払いをした。


「……否定はしない」


「ですよね」


 私はゆっくりと、心の中でスイッチを入れる。


(ユニークスキル、『情報収集』……起動)


 ――次の瞬間。


 私の視界が、一気に塗り替えられた。


 羊皮紙一枚一枚に、光の文字が走る。

 文字は勝手に要約され、分類され、脳内に流れ込んできた。


(うわ……これ、完全に検索エンジンじゃん)


「魔物被害報告……農村B地区、三週間前。

 武器不足……遠征予定、来週。

 補給遅延……原因、輸送路の崩落……」


 口から勝手に情報が零れていく。


「……ル、ルーナ殿?」


 アリオスが目を見開いている。


 私は机の上を指さした。


「この山、半分はもう対応済み案件です。

 残りは、優先度が逆になってます。

 今一番やばいのは、北西の補給路と、魔物被害の同時進行ですね」


「な……そんなことが、ひと目で?」


「ひと目っていうか、検索……まあいいや」


 私はすでに、頭の中で優先順位を組み替え終えていた。


「まず補給路の復旧。これが止まると、全部止まります。

 次に農村被害。放置すると人口も税も減る。

 遠征はその次。今すぐやると補給が足りなくなります」


 気づいた時には、私は完全に“仕事モード”に入っていた。


 アリオスは一瞬だけ呆然とし、それから静かに息を吐いた。


「……昨日、そなたを裏方に回した判断は、間違っていなかったようだ」


「どうも。社畜歴、十年以上ですから」


「しゃちく……?」


「褒め言葉です」


 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「団長! ちょっといいですか――」


 入ってきたのは、短い金髪に鋭い目つきの若い騎士だった。

 整った顔立ちに、自信満々の態度。いかにもエリートです、という雰囲気。


「お前は……」


「ゼノスです。第二部隊所属の――」


 彼は途中で私に気づき、あからさまに顔をしかめた。


「……誰ですか、その人」


「新しく来た補佐だ」


「補佐? こんな細い人が?」


 細いは余計だ。


「昨日の聖女様だよ」


 私が言うと、ゼノスはぎょっとした。


「は? あの聖女が?」


「仮、ですけどね」


 ゼノスは、明らかに怪しむ目で私を見る。


「……聖女が、書類仕事ですか?」


「そうだけど?」


「世界を救う力があるんじゃないんですか」


「推しを救う力ならあります」


「は?」


 会話が噛み合わない。


 私は机の書類を一束取り上げて言った。


「北西補給路、三日前の崩落で止まってますね。

 今このまま遠征すると、二日目で食料が尽きます」


「……なぜ、それを?」


「山を見ればわかります」


 ゼノスは明らかに言葉を失った。


 アリオスが静かに告げる。


「この者は、情報処理において異常な才を持っている。

 軽んじるな、ゼノス」


「……っ」


 ゼノスは一瞬だけ唇を噛み、私から視線を逸らした。


(あ、これ、完全に反発コース入ったな)


 でもまあ、いい。

 最初から好かれるとは思っていない。


「とりあえず」


 私は手を叩く。


「今日の目標、決めましょう。

 “書類の山を半分消す”。

 帰れるかどうかは、それからです」


 帰れる。

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 推しのBD。

 推しのライブ。

 まだ、諦めていない。


 異世界でも、私は働く。

 全部は――帰るために。


 そしてその夜。


 私は気づくことになる。


 異世界の“定時”という概念が、

 とんでもなく曖昧だということに。


(……あれ? これ、初日から残業確定じゃない?)


 私の異世界社畜生活は、こうして静かに、そして確実に、本格始動してしまった。異世界初出勤、まずは職場環境の把握から

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