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魔法は不幸を許さじ①

 テレジカはこう語った。

 「魔法は不幸を許さじ」と。


 項垂れる暑さは雨によってその勢いを緩め、路面に反射した街並みは何か物寂しい。

 フードを深く被って濡れるのを避けながら、それでも足取りは重く、雨足の弱まるのに淡い期待を抱くだけだ。

 雨もそうだが、夏の暑さに焼かれることにも嫌悪とも取れる忌避感があって、不快だった。


 つまり、僕は憂鬱だった。


 つい数刻前のことを思い出して胃が痛む。

 浴びせられる罵詈雑言と嘲笑の目、素人のふりをして質問をする教授の姿には失望の2文字である。

 手をかけてくれた恩師の顔は憤怒と羞恥だろう、茹蛸のような赤さだった。

 何かにつけて因縁をつけてくる同期たちはもはやそこにはいない。

 何もかもが僕を苛む災害であった。


 「あー早く家に帰りたい」


 思わずでた言葉はここに至ってさえしょうもなかった。

 なんだろうな、もういいや。すべて放り投げて隠居でもしようかな。

 安定した収入すらない宿暮らしのくせに?

 馬鹿げた思考だと切り捨てるにはあまりにも魅力的な冴えた考えが、あっという間に否定される感触は吐き気を催した。

 路傍で呆然としている僕はついに大地にこうべを垂れる。

 もはや五体投地寸前の格好である。

 もう全てどうでもいい、この先には鉄橋があったはずだ。

 そこで悲しい決断をするのもやぶさかではないな。

 そんなことを考えていると後ろから声がかかる。


 「おいにいちゃん、大丈夫かよ。」


 ここに来て優しくされる謂れはなかった。優しくされたら泣いちゃう気がするし、僕のプライドの最後の支柱が折られる気がしてならないので、適当にあしらってやる。


 「ぁぁ、大丈夫ですよ、ダイジョウブダイジョウブ...」

 「こりゃ重症、だな。ま、とりあえず俺についてこいや、いい思いさせてやるよ」

 適当にあしらわれたのは僕のようだ。


 僕は伏していた目を上げて声の主を見上げる。

 そこに居たのは、ハルバードを担いだ2メートル越えのおっさんの姿であった。

 おっさんの顔には大きな傷があって、それは歪に変形され(恐らく笑顔という表情だろう)僕は恐怖で卒倒した。




 目を覚ました時、僕の全身は異常を知らせていた。

 まず、重力がおかしかった。

 大体の場合、重力とは下に働く物である。

 下という概念がそもそも重力によって定義されているのだから、当たり前のはずなのだが、現状はその定義に当てはめるなら当たり前ではなかった。

 次に、姿勢がおかしかった。

 体はくの字に折れ曲がって、手は地面の方にだらんと下がっている。

 きっと足もそんな感じだろう。

 最後に、視界がおかしかった。

 天空は彼方下に見え、地上は天空にあった。

 あらゆる状況が僕に一つの解を提示していた。


 僕は樽のように担がれている。


 よくわからない状況にあって、僕は冷静ではいられなかった。

 ジタバタしてみたり、キョロキョロしてみたり。

 通行人も僕を異様な目で見つめている。

 僕はフラッシュバックする光景に吐き気を催し、それによってなんとか冷静さを取り戻した。


 「おう、目が覚めたか。突然気絶するもんだから、びっくりしたぜ。」


 そう言いながらおっさんは僕を地面に降ろしてくれた。

 危なかった、背中でゲロ吐いたら流石に指一本では済まないだろう。

 しかし、よく見るとそこまでコワモテというわけではないのか?優しいし、頼り甲斐のある男って感じだ。

 いや、普通に怖いわ。カタギじゃねぇ雰囲気がぷんぷんしてんぜ。一体なんの仕事してんだこのおっさん。


 「なんだよにいちゃん。ここまで担いできた俺に礼の一つくらいあってもいいだろ?」

 「ヒッ..スイマセン」


 おっさんは苦笑いをして、話を続ける。


 「にいちゃんよう、なんでまたあんなところで倒れたりしてたんだ?あんまり良くない勢いがあったから声かけたけどよ、何があったか話してみろや。」


 おっさんは恐らくいいやつだ。

 顔に似合わず気の利くいいタイプのおっさんだ。

 悪いタイプのおっさんはたくさん見てきたし、なんならそいつらのせいで今僕はこうしている節がある。

 しかし、いいやつにも話せないことってのはある。

 僕は話して楽になりたい気持ちを押し留めておっさんを見据える。


 「申し訳ないが何も言うことは無い。僕は痴情のもつれでああなってたに過ぎないんだ。」


 おっさんはそれを聞いてか聞かずか、逡巡する様子を見せて、ゆっくり口を開いた。



 「...あんた魔法師だろ。」



 僕は杖を引き抜いて男に向けた。


 「なんのつもりだ?魔法師は人体に不可逆な変化を加えてはならない。魔法禁則2条の基礎中の基礎だぜ?」

 「不可逆じゃなければいい。」

 「魔法師は不幸を許さないんじゃ無かったのか?」

 「...お前、街中で魔法師に声をかけることの意味を分かってるのか?」

 「あぁ、分かってるさ。でも、そんなこと問題にならない。なんたって俺は魔術師だからな。」

 「...」

 「信じられないならここで一戦交えてもいいんだぜ。俺は禁則に縛られない。魔法師なんかよりずっと強いぞ。」


 僕はふっと息を吐き、緊張を少し緩める。

 どうやら魔法師の能力欲しさに僕を殺しに来た訳では無さそうだ。

 魔法師の能力継承が相手を殺すことだと思い込んだ辻斬りまがいの奴らがたまに襲いかかってくるのだ。

 しかし、本当にまずかった。

 これが本当に継承狙いなら間違いなく僕は死んでいた。

 明らかな手練に気を抜いた僕は魔法師失格だな。

 というか、このオッサンどっかで見たことあるな。

 確か魔法師ギルドの賞金首一覧にいた、えっと誰だっけな。


 「えーっと、お前ジャンか?」

 「おうおう、俺の名前も随分デカくなったもんだな。そうだ、俺が最悪の裏切り者ジャンだ。んでお前は魔法師ギルドの厄介者、カイン、だな。」

 「ッ!」

 「ま、とりあえずここでゴタゴタするのはまずいんじゃねぇか?」


 周りの視線が異様なものを見る目から、厄介者を見る目に変わっているのを察知して、名前を知られていたことに驚愕している場合ではなくなった。

 僕は内心ヤキモキしつつジャンに提案する。


 「わかった、取り敢えず僕の宿に来てくれ。」

 「ギルドまで連行しなくていいのか?」

 「...馬鹿にするのもいい加減にしてくれ。僕じゃお前に勝てない。」

 「それが分かってるなら上出来だ。」


 ガハハと笑うジャンは僕の先導など必要ないと言わんばかりに歩き出し、僕の運命も大きく動き出した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

魔法とは何か、魔術とは何か、そんなありふれた題材ですが、良ければ読んでいただければ幸いです。

何卒よろしくお願いします。


また、題名を仮称として登録しています。

題名案を募集しておりますので、ぜひコメントください。

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