『冷酷な令嬢と呼ばれ婚約破棄された公爵令嬢、断罪の舞踏会で嘘泣き聖女と王子の企みを“誓いの炎”が暴き、ざまぁされるのは誰だったのか』
王都で最も華やかな冬の舞踏会。
黄金の燭台が幾百もの灯りを放ち、大広間は昼のように明るかった。
磨き上げられた床に映る人々の影は、今や一つの瞬間を待ちわびて震えていた。
王子ユリウスが、私──リシアーナ・ヴェルデを断罪する瞬間を。
舞踏会は単なる社交の集まりではない。
王国最大の公式行事であり、冬の祝祭の一環として王家の権威と信仰を示す儀式だった。
そのため大広間の奥には常に祭壇が設けられ、神殿から分けられた“誓いの炎”が灯されている。
婚約や契約が交わされる場としてだけでなく、訴えがあればその炎の前で真実が試される──だからこそ舞踏会は祝福の場であり、時に裁きの場ともなるのだ。
私は公爵令嬢として生まれ、幼い頃から彼の婚約者として育てられてきた。
だが彼の隣には、今や別の娘が立っている。
男爵家出の少女、ミレーヌ。
可憐な笑みと涙を武器に、殿下の心を奪った新しい聖女だ。
楽団の音が止むと、ユリウスは高らかに声を響かせた。
「リシアーナ・ヴェルデ! 本日をもって、我との婚約を破棄する!」
ざわめきが広間を満たす。扇子を取り落とす令嬢、息を呑む老臣。誰もがこの瞬間を待ち望んでいたかのように。
私は一歩前に出て、静かに問い返した。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
ユリウスは傲慢な笑みを浮かべ、ミレーヌをかばうように肩に手を置く。
「理由は三つだ。第一に、ミレーヌを神殿で侮辱した。第二に、祝祭の日に毒を混ぜた菓子を与えた。第三に、王家の権威を愚弄した!」
ミレーヌが涙に濡れた声で続ける。 「リシアーナ様は……私を憎んで、酷い言葉を浴びせました。祝祭の日には……毒を……」
群衆の視線が一斉に私に注がれる。だが私は唇に笑みを浮かべた。
「ならば、真実を確かめましょう。誓いの炎を灯してください」
会場がざわつく。誓いの炎──嘘を吐いた者を焼く、王家の祭壇に伝わる古い火だ。誰もがその名を知り、恐れていた。
ユリウスは笑みを深める。
「望むところだ。真実は常に我らの側にある!」
侍従たちが石の蓋を開けると、白い炎が立ち上がる。ゆらゆらと揺れるその火が大広間を照らし、人々の顔を照らした。私はその光を見つめ、心の中で呟く。
(さあ……始めましょう。すべてを暴く時が来たのです)
誓いの炎がゆらゆらと揺れ、大広間の空気が張り詰める。
人々の表情は緊張に固まり、誰もが息を潜めて成り行きを見守っていた。炎は嘘を暴き、真実を示す──それを誰もが知っているからだ。
ユリウスは得意げに顎を上げ、ミレーヌを前に押し出した。
「証言せよ。リシアーナがどれほどの罪を犯したかをな」
ミレーヌはハンカチで涙を拭いながら、震える声を作る。
「リシアーナ様は……神殿で祈っていた私を侮辱しました。『身分を弁えぬ娘』と……そして祝祭の日には毒を混ぜた菓子を……」
彼女の声が響くたび、周囲の人々は顔をしかめ、ざわめきを広げる。扇子を揺らす令嬢たち、目を伏せる神官、憤る老臣。群衆の空気は、確実に私を断罪へと追いやろうとしていた。
ユリウスが声を張り上げる。
「見よ! 聖女を名乗る娘が涙を流している。これ以上の証拠が必要か!」
私は一歩前に進み、炎を背に受けながら静かに言った。
「その涙が真実ならば、炎は静かに燃え続けるでしょう。けれど、虚偽ならば──どうなるか、皆さまもご存じのはずです」
ミレーヌの肩がびくりと震えた。
彼女は必死に言葉を継ごうとしたが、誓いの炎がぱちりと音を立て、赤く揺らめいた。群衆がどよめき、驚愕の声があちこちから漏れる。
「う、嘘ではありません……! 本当に……!」
だが炎は彼女の足元で不穏に揺れ続けた。群衆の視線が一斉に彼女へ注がれ、空気は一瞬で逆風へと変わる。ミレーヌの顔から血の気が引き、唇が震えた。
ユリウスは慌てて声を張り上げる。
「ただの炎の揺らぎだ! 気にすることはない!」
私はゆるやかに首を振り、群衆を見渡して告げた。
「では次に、神殿での出来事を確かめましょう。その場に居合わせた者の証言があります」
人々がざわめき、前へ進み出たのは老侍従だった。白髪を揺らしながら深く一礼し、震える声で語る。
「確かにリシアーナ様は言葉を発せられました。ですがそれは侮辱ではなく……『あなたの背後にいる者の名を答えよ』という問いかけでございました」
大広間がざわめきに包まれる。炎が高く揺れ上がり、証言の真実を示すように白く燃えた。ユリウスの顔が引きつり、ミレーヌは蒼白になって口を覆う。私は胸の奥で小さく呟いた。
(これで一手……だが、まだ終わらない。決定的な瞬間は、これからだ)
群衆のざわめきが収まらない中、ユリウスは必死に態度を取り繕おうとしていた。
額に滲む汗を袖で拭い、声を荒げる。
「証言など当てにならぬ! それでもリシアーナの罪は消えぬ!」
私は炎の光に照らされながら、静かに一歩進んだ。裾が絨毯を擦る音さえ響くほど、会場は静まり返る。
「殿下。それではお聞きします。祝祭の日の毒菓子──誰が私がそれを渡したと見たのですか?」
群衆の視線が交錯する。だが誰も名を挙げない。
ミレーヌは怯えたように私を見て、震える声を出した。
「……私が……確かに……受け取りました……」
次の瞬間、誓いの炎がぱちりと大きく音を立て、赤い火花を散らした。
白い炎は真実の時には穏やかに燃える。
だが嘘が語られた瞬間、色を変え、激しく揺れるのだ。
群衆は一斉に息を呑み、視線を彼女の足元へと落とした。
赤い光がミレーヌの影を歪ませ、嘘を告げた証を誰の目にも明らかにした。
「な、なぜ……? 私は……!」
会場のあちこちから声が漏れる。
「嘘をついている……」
「炎が証明している……」
人々の囁きが波のように広がり、空気を一変させていく。
ミレーヌの顔から血の気が引き、唇が震えた。
ユリウスは苛立ち、必死に声を張り上げる。 「ただの炎の揺らぎだ! 信じるな!」
だが誰もが見た。
炎は揺らいだのではない。
嘘を飲み込み、真実を照らすために赤く燃えたのだ。人々の表情に迷いが走り、断罪の空気は揺らぎ始めていた。
私は懐から封蝋の押された羊皮紙を取り出し、侍従に渡す。
「こちらをご覧ください。王家財務記録。殿下が宝物庫から宝珠を持ち出した証が残されています」
侍従が読み上げると、広間にざわめきが走った。群衆の視線がユリウスへ集中する。ミレーヌの耳に揺れる青い宝石が、揺らめく炎に照らされて赤く光った。
「殿下……これは……」
と老臣がつぶやく。その声にユリウスは顔を歪め、叫んだ。
「愛する者に贈っただけだ! 王家の財は、王子である私のものだ!」
その言葉を吐いた瞬間、炎が轟音を立てるように燃え上がり、白から紅へと色を変えた。群衆が息を呑み、後ずさる。虚偽と傲慢を見抜いた炎が、容赦なく殿下の言葉を焼き払ったのだ。
私は群衆を見渡し、はっきりと言葉を放った。 「皆さま、これが真実です。殿下とミレーヌは虚偽を積み重ね、私を陥れようとした。炎がその罪を暴き、証を突きつけたのです」
ミレーヌは崩れ落ち、声にならない叫びを上げた。
ユリウスは蒼白な顔で拳を震わせ、炎の揺らめきに怯えながら言葉を失った。大広間に漂う空気は、もはや断罪の方向に傾いていた。
炎はしばし紅く燃え盛り、やがて静かに揺らめきを戻した。
だが広間に集った誰もが、先ほどの光景を忘れることはできなかった。
誓いの炎は嘘を暴き、虚偽を語った者をあざ笑うかのように燃え上がったのだ。
老臣が重い声で宣言する。「王子ユリウス殿下、その言葉は誓いの炎に拒まれました。もはや弁明は叶いませぬ」
群衆がざわめき、次々と囁きが広がる。
「殿下が……」
「嘘を……」
「公爵令嬢が正しかった……」
ユリウスは必死に口を開いた。
「違う! これは誤解だ! 私は……私は……!」 だが声は震え、誰も耳を貸さなかった。炎が彼の影を長く引き伸ばし、その姿を哀れに見せていた。
ミレーヌは床に崩れ落ち、涙で顔を濡らしながら掠れた声を吐いた。
「……殿下に……従っただけなのに……」
だが群衆の視線は冷たく、同情はなかった。
誓いの炎の裁きの前に、言い訳は意味を持たない。
王妃の代理として立っていた枢機卿が、厳かに告げる。
「婚約はすでに破棄されていた。ゆえに殿下の断罪は無効。逆に、虚偽の言葉を吐いた罪は炎が示した通りである」
会場全体が静まり返る。その沈黙を切り裂くように、私は一歩前に進み、群衆へ向けて言葉を放った。
「皆さま、ご覧になった通りです。私は何も弁明せずとも、炎が真実を示しました。今後、誰もが忘れぬでしょう。嘘は必ず暴かれるということを」
人々の間から、低く「天の裁きだ……」と呟く声が漏れた。
それは誰のものか分からぬまま、波紋のように広がっていった。
私は裾を翻し、背を向けた。群衆が道を開け、足音だけが静かに響く。大扉の前で、近衛隊長が立ちふさがったが、彼は深く頭を垂れ、囁いた。「あなたこそ、この国を救った方だ」
私は小さく微笑み、答える。
「私はただ、理を守っただけです」
扉が開かれ、夜風が流れ込む。誓いの炎の赤い余韻が背を照らし、私はその光を背負って歩み出た。背後から聞こえるざわめきは、もはや断罪の場ではなく、真実に膝を折った者たちのざわめきだった。
こうして世間から冷酷な令嬢と呼ばれていた私の役目は終わった。
けれど、心は静かに晴れやかだった。嘘を焼いた炎の温もりが、私の胸の奥に残っていたからだ。
あの夜から数週間が経った。
王都の街並みはいつも通りに賑わっていたが、人々の口に上る話題は変わっていた。もう
「冷酷な令嬢」と私を呼ぶ者はいない。
むしろ逆に、あの場で誓いの炎が真実を示したことが語り草となり、私の名は「誇り高き公爵令嬢」として広まっていた。
市場に出かけたときのこと。八百屋の老人が、私に深く頭を下げた。
「お嬢様……いえ、公爵令嬢様。あの夜は胸がすっといたしました。長年、王子とその取り巻きに振り回されていたのは、我ら下々も同じ。炎が嘘を暴くのをこの目で見て、ようやく心が晴れたのです」
その言葉に、私は胸がじんと熱くなった。権力の座で繰り広げられた茶番が、民の心をどれほど縛っていたのかを思い知らされたからだ。
さらに、後日行われた王宮評議で正式な裁定が下った。ユリウスは継承権を剥奪され、辺境の修道院へ送られることになった。ミレーヌは国外追放。二人の姿は、王都からすっかり消え去った。
広間での裁きに立ち会った者たちは口を揃えて語る。
「あの時の公爵令嬢の言葉と炎の揺らぎは、一生忘れられない」と。
そしてその記憶は、噂話ではなく教訓として広がっていった。嘘は必ず暴かれる。虚飾は必ず崩れる。誰もがそれを胸に刻んだのだ。
私は公爵邸に戻り、夜風に吹かれる庭でひとり静かに目を閉じた。
群衆のざわめきと炎の轟きを思い返すと、不思議と心が軽くなる。あれほど世間から「冷酷な令嬢」と呼ばれ、孤独の中で耐えてきた日々も、今では報われたのだと思えた。
その時、背後から近衛隊長が声をかけてきた。 「ようやく終わりましたな。令嬢が声を上げてくださらなければ、我々は真実を知らぬままでした」
私は振り返り、微笑む。
「炎が示しただけです。私はただ、理を信じたまで」
彼は真っ直ぐに私を見つめ、静かに言った。 「その理を信じ抜いた勇気に、私たちは救われたのです」
その言葉に、私は初めて心から笑みを浮かべられた。あの夜の断罪劇は終わった。
だが私の中に残ったのは苦い記憶ではなく、確かな誇りと清々しい風だった。
こうして世間に刻まれたのは、陰口や嘲りではなく、嘘を暴き正義を貫いた一人の令嬢の名。多くの者が口にした「報いを受けた」という囁きは、私にとって復讐の言葉ではなく、静かな勝利の証となった。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
いやもう……正直に言います。作者、夏の暑さで完全に頭やられました。
普通なら「異世界恋愛♡」とか「舞踏会で運命の出会い♡」とか書くべき季節なのに……出てきたのは水牢。しかも顔も足も失って沈められるメイド。どういう脳内回路してんだ俺。
でも生まれちゃったんですよ、この作品。
『美少女メイド、水牢に沈められ顔も足も失い捨てられた結果、魔女となって悪役令嬢とその取り巻き全員に因果応報ざまぁするまで』
タイトルを打ちながら作者も思いました。
「長ぇな!」って。
でも止まらなかったんです、夏の熱気で溶けた脳細胞が暴走して。
結果、出来上がったのは──恋愛要素ゼロ、涼しさ百パーセントのゴシック拷問ホラー。
クーラーより冷える、蚊取り線香より持続する、財布にも優しい。もはや節電対策小説。
読後に「なんでこんなの書いたんだろう」と作者本人も震えてますが、きっと夏のせい。
そう、全部夏のせい。
だからどうかブクマ・感想・評価で、「大丈夫? 水でも飲む?」と声をかけてやってください。
皆さまの清きワンクリックが、作者の唯一の栄養源です。
恋愛小説は他の誰かが書いてくれる。
だから私は今日も、水牢にメイドを沈めるのです──夏だから!!




