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錬の名のもとに ―吸血鬼の復讐譚―  作者: 雪沢 凛
真実と疑念

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第28話 真実の影

 静寂な地下回廊に、靴音が硬く響く。


 煉は一度、肩越しに後ろを振り返ったが、そこにリサの姿は当然なかった。彼女はすでに、煉を引き渡した直後に車で立ち去っている。


 今、前方にはディモン=ヴァルグレイと、その側近らしき吸血鬼が二人。後方には、沈黙を保ったまま煉の背を監視するように歩く四人の吸血鬼たち。


 ――まるで、脱出の余地を与えないかのような、完璧な包囲。


 やがてたどり着いた先は、広くも狭くもない無機質な一室だった。

 壁は冷たく、空気は地下特有の湿り気を帯びている。足音を止めたディモンは、そのまま何の躊躇もなく、部屋の中央に置かれた簡素な机の後ろの椅子に腰を下ろした。


 金髪はよく整えられ、銀灰の瞳が薄く光を反射する。

 その瞳が煉の姿を捉えたとき、男の口元にわずかな笑みが浮かんだ。


「立っているのが落ち着くなら、それで構わないよ。私は強制が嫌いでね」


 その声は柔らかくも、どこかで煉を値踏みするような温度を含んでいた。

 対照的に、煉は椅子には目もくれず、壁際に立ったまま男を睨んでいた。


 ディモンはデスクの上に置かれたノートパソコンをくるりと反転させ、煉の方へ向けた。

 画面には、見慣れた文字列と資料の断片――研究所で見たあの“LAMIA計畫”の記録。


 煉は目を細めた。

 なぜ、ディモンがこれを――?


「話したいことは山ほどある。けど、まずは一つ……」


 ディモンは穏やかに言った。だが、その声は深く、冷たい底を持っていた。


「君は、なぜ“殺された”と思っている?」


 その言葉に、空気が一瞬にして凍る。

 煉の心臓が一度、強く脈打った。


「……何が言いたい」

 低く、抑えた声。だが瞳は鋭かった。


 ディモンは目を伏せ、少し間を置いてから続けた。


「君が吸血鬼になった日……いや、あの日、君が死んだ“原因”は、表面の事件じゃない。君自身の“血”が原因だったんだ。

 “何か”を恐れた者たちが、君を“処理する必要”があると判断した。君は、ただ巻き込まれたんじゃない。――君自身が“排除対象”だったんだ」


「……」

 煉は表情を変えなかった。だが、その内心は揺れていた。


「それを君に伝えるべきだった人間がいた。君の傍にいたはずの、“ある吸血鬼”だよ」


 その言葉に、煉の視線がわずかに揺らぐ。


「ヴィオレットは、知っていた。

 彼女は、ずっと君の“真の血の出自”を知っていた。

 だが、それを君に言わなかった。なぜか?

 ――それを話すと、君が“彼女から離れてしまう”と、恐れていたからだ」


「……それは、お前の“推測”だろう」


「いいや、私は事実しか言わない。証拠もある」

 ディモンがパソコンの画面を切り替える。そこには、ヴィオレットの名が記された古い報告書の一部。


 その中に、「第二世代融合個体・観察記録」「対象:R・K」の文字。


「……このファイル、どうやって……」

 煉の声が低く漏れる。


「君の敵は、外にだけいるわけじゃない。――近くにも、“真実を隠している者”がいる」


 沈黙。

 煉の視線が、画面に釘付けになる。


(……ヴィオレットが……最初から、俺のことを――?)


 ディモンは穏やかに、だが鋭く告げる。


「君が今、選ぶべきなのは“誰を信じるか”じゃない。

 誰の“嘘”を許せるか――だよ、神城煉」


 背後の吸血鬼たちは静かに息を殺していた。

 ディモンの言葉は、確かに煉の胸の奥に、鈍く、冷たい杭を打ち込んだ。


 沈黙が、ひときわ長く落ちた後――煉の低い声が静かに響く。


「……だったら、教えてくれ。

 母さんのことを、どこまで知ってる?」


 ディモンは一瞬だけ視線を伏せたあと、再び目を上げ、まっすぐに彼を見つめた。


「レイ・エル――君の母親は、確かにLAMIA計画に参加していた。

 初期段階において、最も成功率の高い“融合適応体”の一人だった。

 ……だが、ある時、彼女は研究を抜け出し、“妊娠した状態で”日本に逃れた」


「……!」


「そのとき彼女は、既に“人間ではない身体”を持っていた。

 だが、逃亡中もずっと、君を守り抜いた。

 そして君を“人間社会”の中に溶け込ませるため、彼女の姓で君を育てた。

 それが、神城という名前の由来だ」


 煉は言葉を失った。

 その名前の意味。母の選択。自分の出生の地――すべてが一つの線でつながり始める。


「……じゃあ、俺を日本から呼び戻したのも、誰かの意志だったのか?」


 その問いに、ディモンは静かに答える。


「君が“英國特別情報局”に加わったのは、自らの意志だったと、君は思っている。

 だが――果たして、それは本当に“自由意志”だったのか?

 血の衝動、使命感、過去への渇望――全てが君を“そちら”へ導いていた。

 ……いや、“導かれるように仕組まれていた”と言った方が正しいかもしれないな」


 煉の拳が、わずかに震えた。


(……俺の人生が、最初から仕組まれていた……?)


「そんなことは、認めない」


「なら、それでいい。

 ただ、“偶然にしては都合がよすぎる”ことが、あまりに多すぎた――それだけは否定できないだろう?」


 重く落ちる言葉の雨。その下で、煉の心が少しずつ、冷たく濡れていく。


「エミリーと……カーライルは?」


 声に色がなくなる。

 だが、そこには確かな怒りと痛みが潜んでいた。


「彼らは命令に従って動いていただけだよ。

 誰かを裏切るためじゃない。“役割”を果たすために――それだけだ」


「……それだけ、だと?」


「現実というのは、案外そんなものさ。

 それでも、君が彼らに“心を預けていた”なら……痛みは、君自身のものになる」


 その瞬間――


 風が揺れた。

  空気が、まるで異なる次元から裂けたかのように震えた。


「――やっと見つけたわ、私の子猫くん」


 その声が、煉の背骨を冷たい雷のように走り抜ける。

 振り向いた先に、深紅のドレスの裾が優雅に揺れる。


 ヴィオレット。


 その足取りはゆったりとしながら、部屋の空気を一変させる威圧感を纏っていた。


 ディモンが、静かに笑みを消して立ち上がる。

「……ようこそ、月蝕の地下へ。“紅姫”ヴィオレット=ノワール」


「礼はいらないわ」

 その声は柔らかく、しかし芯の通った冷ややかさが滲んでいた。


「私の子が、ここで勝手に“囲われている”と聞いて、迎えに来ただけ。

 ……そろそろ、茶番は終わりでいいかしら?」


 その瞬間――

 部屋にいた低階位の吸血鬼たちが、一斉にひざを折った。


 ヴィオレットが放った“血威(けつい)”。

 怒りに染まったその気配は、彼女が煉の扱いに強い不快を覚えていることを、誰の目にも明らかにした。


 ディモンだけが、微笑を浮かべたまま、静かに視線を伏せる。


 煉は、そんな彼女の姿を見つめていた。

 その胸に去来したのは、怒りでも安堵でもない。ただ――一つの疑念。


(……ヴィオレット。

 本当に、お前は……全部、知っていたのか?)

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