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錬の名のもとに ―吸血鬼の復讐譚―  作者: 雪沢 凛
裏切りの鎖

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第25話 背きの記憶

「煉!」


 耳元で、リサの声が響いた。

「煉、やめなさい! ……もう、そいつ、死んでる」


 煉は息を呑み、はっと顔を上げた。

 血の味が、まだ舌の奥に残っている。


 男はもう動かなかった。

 目を開いたまま、もう何も映していない。


「……っ!」


 煉は拳を握った。

 手が震えていた。

 あの記憶――あれは、作り話でも幻覚でもない。


 あれは、紛れもなく――

 エミリーの“裏切り”の真実だった。


(……そうか。これが……全部だったのか)


 唇をかみながら、煉はゆっくりと拳をほどいた。

 視線の先には、もう声を発することのない男の亡骸だけが残されていた。

 ――そして、煉の中には、答えよりも重い“痛み”だけが残った。


 その痛みの奥――ふと、脳裏に浮かんだのは、出発前のこと。


 ヴィオレットの指が、胸元の襟に触れる。

 何かを整えるように、何かを見極めるように。


 だが彼女は、それ以上は何も言わず――

 代わりに、優しく煉の髪を撫でた。


『この先は、あなたの試練。だから――私は、ついていかない』

 その瞳は穏やかで、しかしどこか残酷だった。


(……ヴィオレット。

 お前は最初から、知ってたんだな――

 この男がここにいることも。

 これが“試練”だってことも)


 喉の奥で、何かがひび割れるような音がした。

 だが、吐き出せる言葉は、なかった。


 煉は、無言のままうずくまった。

 指先が微かに震えている。

 胸の奥――深い場所が、焼けるように痛んでいた。


(彼女は最初から、

 ――俺を「任務」としか見ていなかった。)


(俺のどんな言葉も、どんな想いも、

 すべてはただの「演技の一環」だった。)


(……じゃあ、あの夜。

 最後に笑ってくれた、あれも――)


「……煉?」


 リサがそっと近づき、しゃがみ込んで彼の顔を覗き込む。

 その声音には、驚きと、戸惑いと……微かな憐憫が混ざっていた。


「なに、見えたの?」


 煉は答えなかった。

 言葉にするには、あまりにも――傷が新しすぎた。


 リサは一瞬だけ眉をひそめたが、それ以上は何も聞かなかった。

 代わりに、そっと手を伸ばして煉の肩に触れる。


「……まだ、“必要なもの”は見つかってないでしょう?

 だったら、ここで止まってる暇はないわよ」

 その言葉が、かろうじて現実に引き戻す。


 煉はゆっくりと顔を上げた。

 そして、立ち上がる。

 視線はまだ暗く濁っていたが、その奥には――

 確かに、闇に沈まない“意志”があった。


「……そうだな。終わってない」

 男の亡骸に、一度だけ視線を向ける。


「……エミリー。

 お前が俺に遺した“最後の答え”、

 ……確かに、受け取ったよ」


 フェンリスがいつの間にかそばに立っていた。

 彼女は腕を組みながら、煉の顔をじっと見つめていた。


「……あんた、今の……“誰かの記憶”、見たんだな」


「……ああ」


「顔が、そういう顔してる」


「どんな顔だよ」


「うん……すっげー裏切られた顔?」


 フェンリスはあっけらかんと笑った。

 だが、その笑いには無理な軽さがあった。

 彼女もまた、過去に“何か”を見せられた者の目だった。


 煉はふっと息を吐く。

「……行くぞ。まだ、この奥があるはずだ」


 リサも頷き、フェンリスが最後にもう一度男の亡骸に目をやると、三人は静かに歩き出した。


 鉄の扉の向こう、より深い闇が彼らを待っている。


 ――もう、後戻りはできない。


 ◆ ◆ ◆


 フェンリスが先導する形で、三人は研究所のさらに奥へと足を踏み入れていた。


 廊下の壁には爪痕や焦げた跡が残っている。

 かつて激しい破壊があった証だ。


 奥の一室。古びた扉を押し開けると、わずかに残された資料や機器が残っていた。


 部屋の空気は乾いている。

 だが、ほんの微かな薬品と血の匂いが、壁や床の奥から漂っていた。

 長く使われていなかったように見えて、その実、何かが「急いで処理された」痕跡が残っている。


 フェンリスは興味なさそうに部屋の隅で待機し、リサが一台の端末に近づく。


「電源、入るかしら……」

 彼女が小型バッテリーユニットを繋ぐと、端末が鈍い起動音を立てる。


 金属製の棚の一角に、ひときわ重そうなファイルが積まれていた。

 煉はその中から、一冊を手に取る。ページをめくる手が、途中で止まった。


《関係記録:プロジェクト・LAMIA》

 参加個体:REI・Lレイ・エル

 所属:特別実験班「融合適応体グループ」


「……っ」

 手が止まった。心臓が冷えるような感覚。

 煉の指先が、紙の端をわずかに震わせる。


 その名前――「レイ」――は、間違いなく、母の名。

 本名か、あるいはコードネームか。


 リサがそばに近づき、資料を覗き込んだ。


「煉?」

 リサが振り返る。


「……これは……母さんの名前だ」


「えっ……」


 煉は黙ったまま、視線を資料に落とす。


『LAMIA計画』

 異種因子の融合を目的とする極秘実験。

 特定の遺伝構造を持つ人間個体に対して、吸血種由来の“再生因子”と“血脈情報”を組み込み、共存性と支配性の境界を探る。


「……母さんは、この計画の参加者だった。」


「……じゃあ……あなたの血も……」

 リサが言いかけて、ふと口をつぐむ。


 煉は目を伏せたまま、ゆっくりと答えた。


「……たぶん、何かは受け継いでるんだと思う。

 でも、それが何なのかまでは……まだ分からない」


 リサは少し考え込み、ぽつりと呟いた。

「吸血鬼としての力……だけじゃ、説明できないことが、いくつかあるよね」

「……たとえば、霧になれることとか。記憶を読むこととか……」


 煉はその言葉に、ゆっくりと顔を上げる。


「……そうかもしれないな」

 言葉に出した瞬間、胸の奥に何かが引っかかる。

 否定できない――けれど、確信にも至らない。


(……本当に俺は、吸血鬼だけなのか?)

 その問いは、まだどこにも行き場がなかった。


 カチ、という小さな電子音が鳴った。

 リサが起動していた端末の画面に、別の記録ウィンドウが現れる。


《監視対象 003:Ren K.(神城煉)》

 任務担当:Emily Ward

 任務種別:経過観察

 初期報告日:〇〇年〇月〇日

 備考:LAMIA関連因子 第二世代個体の可能性


「……エミリー」


 心臓が、またひとつ重く脈打つ。

 煉の目が、鋭く細められる。


「最初から……“任務”だったのか」

 拳がわずかに震える。


 その瞬間――

 ガシャンッ!


 鉄の扉が、凄まじい音を立てて吹き飛んだ。


「っ……何!?」

 リサが即座に拳銃を構える。


 飛び込んできたのは――

 二足で立つ、巨大な狼人だった。


 毛並みは黒く、目は血のように赤く濁っている。

 牙を剥き、すでに理性は完全に失われていた。


「暴走体か……!」

 リサが低く唸る。


「来るぞ――!!」

 煉が一歩前へ出る。


 彼の背後では、フェンリスがすでに爪を伸ばしていた。


「おいおい……ずいぶん懐かしい顔しやがって」

 彼女は笑いながら、ゆっくりと前に出る。


「これ、あたしがぶっ飛ばしていい?」


「まだ情報が残ってるなら――生け捕りだ」

 煉が鋭く告げた。


「了解、努力はする」


 闇の奥――LAMIA計畫の痕跡が、まだ脈動している。


 そしてその核心に近づいた瞬間――

「煉の血」と「母の過去」も、今まさに、闇の中で目を覚まそうとしていた。

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