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錬の名のもとに ―吸血鬼の復讐譚―  作者: 雪沢 凛
血霧の夜

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第12話 赤き目、黒き刃

 倉庫の奥。

 濡れた金属板の向こう、黒い影が音もなく動いた。


「三人。気配でわかるわ」

 ヴィオレットが静かに呟く。


 煉は無言でコートの裾を払った。

 雨で重くなった生地が足元を離れると同時に、彼は前へ――跳び出した。


 ガン、と金属が軋む音。

 一人目の敵が跳びかかる。牙をむき、爪を伸ばし、まるで獣のように。


「ちっ――!」

 煉は瞬時に身を沈め、相手の脇をすり抜けざま、拳を突き上げた。

 その拳が顎を捉え、鈍い音とともに相手が吹き飛ぶ。


「……随分と野良臭いな」

 吐き捨てるように呟きながら、煉は振り返る。


 二人目。

 影が背後から回り込み、短剣を突き出す。


 反射で腕をかざす。

 金属音。銀の刃がコートを裂き、煉の左腕に傷をつけた。


「っく……!」

 灼けるような痛み。

 煉が反撃しようとしたその瞬間、ヴィオレットの声が降る。


「……その程度の雑魚で、負傷してるの?」

「本気で恥ずかしいわね、あなた。次は反射で避けなさい」


 煉は肩越しに睨んだが、彼女は少しも表情を崩さなかった。

「ふざけてんのか……」


「いいえ、本気よ。……でも、叱るのはあと。今は“掃除”が先ね」

 ヴィオレットの傘が一閃し、まるで細剣のように三人目の胸を貫いた。


 煉は倒れた一人を壁に叩きつけ、肩で押さえ込む。

「意識があるうちに聞けることは聞く」


 敵の目は赤く濁り、焦点を結ばない。


「――こいつ、言葉を奪われてるわね」

 傍らでヴィオレットが言う。


「下位個体の“目”。記憶の断片くらいは……血に残ってるかも」


「……冗談だろ」

 煉は短く返し、すぐに拳を振り下ろした。意識を断つための一撃だった。


「優しいのね、レン」


「違う。……今は、ただの“無駄”に思えただけだ」


「ふふ……そういうのを“優しさ”って言うのよ」


 煉は彼女を見返さなかった。

 ただ、黙って拳の痛みを感じながら、闇の奥を睨み続けた。


 リサがすぐに駆け寄る。

「腕、見せて。……銀だね、思ったより深い。骨まではいってないけど」


 煉は顔をそむけた。

「癒える」


「癒えるまでが遅いのが銀でしょ、わかってんの?」

 彼女はスマホを取り出し、手際よく倒れた吸血鬼にかざす。


「データベース、まだ私がアクセスできるの。さすがに更新は止まってるけど」

 スキャンが終わり、記録が浮かぶ。

「この連中、北東部の地下施設周辺で何度も目撃されてる。空き屋、トンネル、旧集積所……」


 ヴィオレットが画面を横目で見て、目を細める。

「“灰血派”の目にしては管理が雑。……拠点か、それとも“撒き餌”かしらね」


 煉は拳を見つめながら言った。

「どちらでもいい。牙を向けてきたなら……こちらも応じるだけだ」


「ふふ、狩る理由が揃ったってわけね」

 リサが肩をすくめた。


「じゃあ、次の狩場は決まり、ってことで」


 倉庫の外、雨はなおも降り続いていた。

 けれどその雨の匂いの裏には、

 ――血と、闇の獣の気配が、確かに混ざっていた。


 ◆ ◆ ◆


 夜が深まっていた。

 雨は止まず、だがその匂いの中には、明確な獣の気配が混ざっていた。


 ロンドン北東、廃線の地下トンネル。

 その入り口に、三人の影が立っていた。


「ここが、例の“目”が頻繁に出入りしてた場所の一つよ」

 リサが手にしたスマホを確認しながら言う。

 画面には、簡素な地図と、吸血鬼の行動パターンが点線で浮かんでいる。


「地下鉄の旧線路。二十年以上前に封鎖されて以来、まともに人の手は入ってない。

 中はかなり……臭うわね」


「まさに“陰の溜まり場”ってやつか」

 煉は濡れた石段を踏みしめながら答える。

 革のコートの裾が、雨に濡れて重たくまとわりついている。


「ここに“拠点”があるとは限らない。

 でも、誰かが人為的に使ってる痕跡は、確実にある」

 リサの声は冷静だった。


 ヴィオレットは傘を軽く回しながら、無言で入口を見つめていた。

 彼女の赤い瞳は、すでに闇の奥の気配を捉えていたのだろう。


「……さっきの“目”たちは、知能も低かったし、命令系統もバラバラ。

 でも――あえてあんな駒を送り込んだということは、こちらの動きを試していた可能性があるわ」


「撒き餌ってわけか」

 煉は顎を引いて短く息を吐く。


「こちらの“牙”がどれほどか、見たがってるのかもね」


 ヴィオレットは軽く口元を吊り上げた。

 その笑みに、先ほどまでの冷淡さはなかった。

 代わりに――どこか狩人としての高揚が滲んでいた。


「レン」


「……なんだ」


「今度は、無様な傷は見せないで。

 あなたが“私の血嗣”って肩書き、恥ずかしくなっちゃうから」


 煉は小さく鼻で笑った。


「言ってろ。……今度は刺させない」

 そう言いながら、彼は地下へと一歩踏み出した。


 ◆ ◆ ◆


 トンネルの中は、湿った鉄の匂いと、黴の混ざった空気に満ちていた。

 リサが小型のライトを取り出し、足元を照らす。


「……誰かが、最近通った形跡があるわ。

 土が踏み固められてる。軌跡も新しい」


「生きてる気配も、ある。……下層だ」

 ヴィオレットがすぐに続ける。


 煉は、左手でコートの内側に手を差し入れた。

 胸元には、ヴィオレットから託された一本の短剣が収まっている。

 血族の刻印が浮かぶそれは、ただの武器ではない。


「準備は?」

 リサが振り向く。


「できてる」

 煉は短く答え、階段の最下段に足をかけた。


 この先に待つのは、再び牙を剥いてくる敵か。

 それとも、まだ見ぬ“真実”か。


 それは、今夜――確かめに行く。

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