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錬の名のもとに ―吸血鬼の復讐譚―  作者: 雪沢 凛
血霧の夜

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第11話 交錯する影

 ――雨が降っていた。


 煉はフードを深く被り、廃倉庫の奥へと足を踏み入れた。

 濡れたコンクリートに、ひたひたと靴音が響く。


 そこに、待っていたのは――

「……リサ」


 彼女はフードを外し、少しだけ笑った。

 その金茶の髪も、雨でしっとりと濡れていた。


「久しぶりね。レン」

 同じ特務調査課に所属していた元同僚。

 一時は現場を共にした、数少ない理解者。


 けれど、煉は一歩も近づかなかった。

「お前だったのか……あのメッセージを送ったのは」


「“カーライルはただの駒だ”ってやつ? ええ、あれは私よ」

 彼女の声には迷いはなかった。

 ただ、静かに、確信を持って告げられた。


「どうして、今さらそんなものを?」


「あなたが殺したって聞いて……ああ、やっぱり、って思ったの。

 でもそれじゃ足りない。“誰があいつを使ったか”までは、調べ切れてなかったでしょう?」


 煉は返事をしなかった。

 図星だった。




「〈灰血派(アッシュブラッド)〉と狼人の間で、“物資取引”があったの。

 ここ数ヶ月、何度も取引記録が裏市場で見つかってる」


「……待て。つまり〈灰血派〉も、太陽耐性計画に関わってるってことか?」


「直接的な証拠はないけど、彼らが“実験の器”を提供していた形跡がある。」


「……血か? それとも“人間”か?」


「両方よ。血液サンプル、生体サポート装置……それと“試験体”とだけ記されたリスト」


 煉の眉がわずかに動いた。

 言葉を呑み込む。


 その時、後ろから声が割り込んだ。


「ようやく“聞ける顔”になったわね」


 ヴィオレットだった。

 傘を手にしながら、あえて差さずに立っていた。


「……君がリサ・クレアモントね。連絡をよこしたのは感謝するわ」


「“紅姫(こうき)”に感謝されるなんて、光栄ね。……でも、私はただ、レンに真相を知ってほしかっただけ」


 煉は目を逸らした。

 ヴィオレットはリサを一瞥し、それから煉に視線を戻した。


「……で、あなたはこの二年間、何をしてたの?」


 ヴィオレットが訊いた。

 その口調には軽さがあったが、目はまっすぐだった。


 煉は、わずかに息を吐く。


「……生き延びるだけで精一杯だった」

「飢えに逆らいながら、人を襲わないように地下に潜って……

 ハンターに追われて、肩を裂かれた夜もあった。

 何度か暴走しかけて……そのたび、自分を叩き起こしてきた」


 言いながら、煉は自嘲気味に笑った。


「皮肉なもんだよな。

 人間だった頃は、吸血鬼を狩ってたのに。

 いざ自分が“渇き”に落ちると、こんなにも抗うのが難しいなんてな」


「……情報は?」


「ほとんど取れてない」

 煉はかぶりを振る。


「もともと、捜査情報はカーライルが管理してた。

 俺は現場処理の方だ。突入、確保、排除……

 自分じゃ、情報の裏を取る術なんてほとんど持ってなかった」


 ヴィオレットが、ふっと小さく笑った。


「なるほどね。

“相棒を信じる”って、あなたらしいわ。

 まっすぐで、無防備で……裏切られるにはちょうどいい」


 その言葉に、煉は目を伏せた。

 リサが一歩前に出る。


「やめて。それでも……あの頃のカーライルは、本当に信頼できる人だったの」

「……あの夜、レンの前に飛び出したカーライルを見た時、私も信じた。

“この人なら、絶対に裏切らない”って……思ってたのに」


「ふうん……だから余計、信じられなかったのね? 撃ったことが」


「そうよ」

 リサの声が低くなる。


「でも、ベスナル・グリーンの事件で“煉が死んだ”って報告された時、

 私、どこかで信じてなかった。……あんな死に方、嘘だって」


「どんな内容だったの?」


「……表向きは、“任務中の爆発事故”。

 遺体はバラバラで身元確認も困難だったって。

 銃創の話なんて、一言も書かれてなかった」


 煉はその場に立ったまま、拳を握りしめた。

 ――死体すら、捏造されたのか。


 リサは続けた。


「その後も、私はずっと調べてた。

 で、見つけたのが……あなた」


「俺?」


「ロンドンの下層で目撃された、“血族不明の吸血鬼”。

 殺すにしては妙に慎重で、襲った形跡もない。

 黒髪、琥珀の瞳。名前は不明。

 でも……捜査記録と照らし合わせたら、あなたしかいなかった」


 ヴィオレットが横から口を挟む。


「“ノマド”って呼ばれてたわね、あなたのこと。

 無所属の流浪者。血族もなし、庇護もなし、放置しておけばいつハンターに狩られてもおかしくない存在」


 彼女は軽く肩を竦めて、冗談めかして言う。


「でも、よかったじゃない。ようやく“家”が見つかったわ。

 うちの血族にしてあげる。あの”紅姫(こうき)”直系ってだけで、肩書きは豪華よ?」


 ――リサの言い方に合わせた。

(ふふ、“紅姫(こうき)”なんて言われると、少しくすぐったいのにね。)


 リサが冗談を受け流すように言った。


「試してみるのもいいかもね。

 ……だって前例がないもの、特務調査官が吸血鬼になったうえ、

 しかも“もう一人の調査官”を殺したなんて――」


 その場に、少し重たい空気が落ちた。

 煉は目を細め、そしてぽつりと呟いた。


「……別にどう扱われてもいいさ。

 俺自身が、この名前を否定してない限り……それで十分だろ。」


 ヴィオレットは、静かに彼を見つめた。

 その眼差しは、冗談めいた先ほどとは違っていた。


「じゃあ、訊くわね」


「……何を」


「あなた自身、考えたことはある?

 なぜ“あなたが”殺されなきゃいけなかったのか。

 命令一つであのカーライルが動いた、なんて……あなた自身が一番信じてないんじゃない?」


 煉はしばし沈黙する。


「……考えなかったわけじゃない。

 でも、わからなかった。

 あいつは何も言わなかった。

 あの言葉だけだ――『お前が誰に手を出したか、わかってないんだな』」


 ヴィオレットの眉がほんの僅かに動いた。


「カーライルの背後に“誰”がいたか……私も、正確には知らない」

「でも、今なら少しは掴めるかもしれないわよ?」


 リサが、すっと懐から端末を取り出した。


「これ。〈灰血派〉が裏で流してる物資取引のルート。

 その中に、例の研究施設の残党の名前が混じってる」


「……奴らはまだ動いている」


 煉の胸の奥がざわついた。


「“供給係”って言葉、軽く聞こえるけど……どうやら、あいつの後ろにはかなり太いパイプがついてたらしいな」


 ヴィオレットが、楽しげに笑う。


「ようやく、“牙の向け先”が見えたわね、レン」


 突然、倉庫の奥で金属音が響いた。ヴィオレットが鋭く振り向く。

「来たわね。灰血派の“目”よ。」

 煉は拳を握り、闇を見つめた。――狩りの時間だ。

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