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第五二話 バースデーパーティー

 三学期に入って初めての休日、犀川家の玄関には見慣れない靴が並んでいた。


 消灯されたリビングの暗がりのなか、久しぶりに顔を見せた白崎先輩が不敵に白い歯を輝かせる。


「それじゃあ…みんな、準備はいいかい?」


 彼のかけ声に、隣にいた姫山先輩が気合を入れるように短く応じた。それに続くように、私も期待で胸を弾ませながら深く頷く。


「うん、もちろん!」


「ばっちりですよ」


 暗闇でテーブルを囲む私達を祝福するように、キッチンからゆらゆらと揺れる小さな炎が近づいてきた。それは紛れもなく蝋燭の灯火で、車椅子に座るあやみ先輩の瞳にその頼りない光が映り込む。


「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー…」


 白崎先輩の歌い出しに合わせ、私と姫山先輩も声を重ねて合唱する。腰を下ろしたあやみ先輩の眼前で炎が踊ると、白崎先輩が抱えていたケーキが静かに卓上へ置かれた。


「ハッピーバースデー、あやみ~」


 姫山先輩が歌い終えるのと同時に、あやみ先輩は視線を泳がせながら懸命に蝋燭へ息を吹きかけた。


 ふっと炎が消え、リビングに温かな拍手が巻き起こる。


「あやみ先輩、お誕生日おめでとうございます!」


 私の祝福と同時にリビングの電灯が灯り、鮮やかにクラッカーが弾けた。乾いた破裂音とともに紙吹雪とテープが宙を舞うが、主役であるはずのあやみ先輩は困惑したように小さく口を開くだけだった。


「あ、ありがとうございます…」


 目を丸くしていた彼女だったが、次の瞬間には沈んだ表情で視線を落としてしまった。それを見かねた姫山先輩が、慈しむようにあやみ先輩の肩を撫でて微笑みかける。


「ほらほら、そんなに重い顔をしないでよ。あんたの誕生日なんだからさ」


「まあ、当日は過ぎてしまったけれど…パーティに期限はないからね」


 二人にあやされる先輩を横目に、私は人数分のグラスにジュースを注いでいた。久しぶりに目にする先輩たちの掛け合いを微笑ましく思っていると、姫山先輩がリビングを見渡して首を傾げる。


「そういえば、犀川先生はどうしたの?」


「彼女なら、昨日から隣の空き家を借りて住んでいますよ。仕事が忙しくなって、この家での生活に支障が出たらしいです。私の部屋からも、彼女の荷物は一切引き払ってもらいました」


 姫山先輩の疑問に、私は淀みなく補足した。仕事の激化を理由にした、母親の事実上の退去は正真正銘、この家が私とあやみ先輩だけになったことを意味していた。


「そっか…寂しくなるね。あやみも、お母さんがいなくなって心細かったんじゃない?」


「いえ…どちらにせよ、お隣さんですから。会おうと思えば、学園でも会えますし」


 心配そうな姫山先輩に対し、あやみ先輩は力なく首を振りって窓の外の夜闇を眺めた。


 私としては邪魔者が消えて清々しているのだが、彼女はまだ実の母親に対して割り切れない未練を抱いているらしい。


「それにしても、この料理は美味しいね。甘野さんが作ったのかい?」


「はい。お口に合って良かったです」


 黙々とパーティ用のオードブルを口に運んでいた白崎先輩が、私に向けて親指を立てた。一ヶ月近く行方をくらましていた彼だが、中身の図太さは変わっていないようで奇妙な安心感を覚える。


 食卓を囲む四人の時間は穏やかに過ぎて料理が残り少なくなった頃、白崎先輩がグラスを空けて芝居がかった調子で切り出した。


「さて、お待ちかねのプレゼントといこうじゃないか」


 その言葉を合図に、姫山先輩がどこからか取り出した目隠しをあやみ先輩に手渡す。混乱する彼女は、促されるままにそれを装着した。


「了解。あやみは、少しだけ我慢しててね~」


「み、見えないです~」


 視界を奪われ、あやみ先輩は不安げに手を伸ばす。その隙に、姫山先輩が隠していた小ぶりの包みを差し出した。


「じゃあ、私からはこれ」


 目隠しを取る許可を得たあやみ先輩は、もどかしそうにそれを剥ぎ取ってプレゼントを手に取る。丁寧に包み紙を解くと、重厚な装丁の本が数冊、顔を出した。


「これは…本、ですか?」


「あたり!中身、見てもいいよ」


 促されるまま表紙を確認したあやみ先輩が、言葉を失ったように目を輝かせた。そして、壊れ物を扱うように本を胸に抱きしめる。


「…これ、私の好きな作家の…」


「そう、最近は百合モノにハマってたでしょ。あげる」


「…ありがとうございます。姫山さん」


 いかにも頭が切れる姫山先輩らしい贈り物だ。しかし、あやみ先輩のために書店で百合小説を吟味する彼女の姿を想像すると、そのギャップに可愛らしさを感じる。


「じゃあ、次は僕かな」


 白崎先輩が立ち上がると、あやみ先輩は再び目隠しをしようと慌てふためく。だが、彼はそれを制して背後に隠していた手のひらサイズの包みを差し出した。


 白崎先輩のことだから、もっと馬鹿げた巨大な物を贈ると思っていたが、予想は外れた。包みを受け取ったあやみ先輩が包装を剥がすと、彼女は今日一番の衝撃に瞳孔を揺らしたのだ。


「こ、これって…」


 彼女の手元を覗き込んだ私も、思わず息を呑んだ。そこにあったのは、かつて私とあやみ先輩の日常を象徴していた代物だったからだ。


「先輩の…伊達メガネ…!?」


 それは、あやみ先輩が私の前で毎日かけていたメガネケースと瓜二つだった。震える手でケースを開くと、失われたはずの物と酷似した新品の伊達メガネが収まっていた。


「そう。日本中を駆け回って、ようやく見つけ出したんだよ」


「そこって…もしかして、京都ですか…?」


 私は確信を求めて、胸を張る白崎先輩に問いかけた。私がかつてあやみ先輩に譲ったメガネは、私の母が新婚旅行先の京都で購入した一点物だったはずだ。


 彼は不敵にウィンクをして、私を指差した。その格好つけた仕草に、私はわずかに額に青筋を浮かべる。


「ご名答。京都の老舗で今も作られている、伝統工芸品だよ。からくり細工の技術が応用されていて、レンズの着脱も可能らしいね」


 まさか、あの一本を探し出すためにわざわざ京都まで足を運んでいたとは・・・彼の底知れないフットワークと実行力には、脱帽してしまう。


「…なんで、これを…?」


 伊達メガネを前に、あやみ先輩の目に涙が溜まる。すると彼は優しく微笑み、白い歯を見せた。


「以前のメガネは、事故の証拠品として警察に押収されたままだろう?やはり君は、そのメガネをかけてこそ『犀川あやみ』なんだよ」


「…ありがとうございます、白崎会長」


 宝物のようにメガネを包み込むあやみ先輩に、私はたまらず心の底に押し込めていた願いを口にした。


「先輩…それを、掛けてみてくれませんか…?」


 今の、引っ込み思案で守ってあげたくなる彼女も愛おしい。けれど私はもう一度だけ、あの伊達メガネの奥で不敵に笑い、私を振り回してくれた先輩と話がしたかったのだ。


「…はい」


 私のわがままに応え、彼女は静かにメガネを装着した。


 その瞬間、彼女はメガネを振り落とさんばかりの勢いで俯いて喉の奥で獣のような低い唸り声を上げ始めた。


「うぅ…っ」


 急変した様子に、私たちは心配で駆け寄ろうとする。だが、それより早く・・・あやみ先輩は車椅子から飛び出すような勢いで、上半身を弾けさせた。


「…ぅう、よっしゃ~!犀川あやみちゃん、完全復活~!」


 リビングに響き渡ったのは、天真爛漫で活気に満ちた彼女の声だった。戻ってきた魔性すら孕んだ声に、私の視界が涙で滲む。そんな中、あやみ先輩の手が迷いなく私の方へ伸びてきた。


「ゆいな…ありがとう。ずっと、私を支えてくれて…」


 あやみ先輩が大きな犬を愛でるように、私の頭を力強く撫でる。久しぶりの彼女からの能動的なスキンシップに、私は涙を堪えきれず自らつむじをその手のひらに押し付けた。彼女の体温が、私の痩せた体を包み込み溶かしていく。


「…いえ、こちらこそ…戻ってきてくれて、ありがとうございます」


 私は彼女の車椅子の前で膝をつき、その上半身を壊れ物を抱くように抱きしめる。先ほどよりもダイレクトに伝わる鼓動と体温に、私はもう溢れる涙を止められなかった。


「お帰りなさい、あやみ先輩」


「ただいま、ゆいな!」


 蝋燭の残り香が微かに漂うリビングで、私たちはいつまでも抱擁を続けた。背後で、姫山先輩と白崎先輩がくすり笑う声だけが、私達の鼓膜を叩いていた。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!

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