表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/60

第四三話 あやみの誕生日について

 三学期の最終日、高等部一年生としての最後の部活動に勤しむ私のもとへ二人の有名人が訪ねてきた。春休みに備えて本を借りようとする学生たちの好奇の視線を背中に浴びながら、彼女達は当然のような顔をして私の前に腰を下ろす。


「…どうしましたか? 姫山先輩、白崎先輩。犀川先輩は、ただ今席を外していますが・・・」


「だからよ」


 目の前でくつろぐ二人にそう告げると、姫山先輩がすべてを見透かしたような笑みを浮かべて呟いた。犀川先輩への用件でないとすれば、私に何か物申したいことでもあるのだろうか。


 先輩方から説教でも受けるのかと身構える私を余所に、白崎先輩は優雅に足を組みながら尋ねてきた。


「明日から春休みだろう?そして、休みに入ってすぐにやってくるのが、犀川さんの誕生日ではないか」


 頭の中でカレンダーを捲ってみると、確かに来週には犀川先輩の誕生日が控えている。忘れていたわけではないが、改めて指摘されると何か特別な贈り物を用意しなければという責任感に背中を押されるではないか。


「それでね、私達であの子のために誕生日会を開こうと思っているのだけれど…甘野さんも、もちろん参加してくれるでしょう?」


「はい…もちろんです」


「それに伴って、彼女へ贈るプレゼントを用意しようという算段さ」


 どうやら二人は、私を巻き込んで犀川先輩へのサプライズを画策しているらしい。秀才の姫山先輩と、圧倒的な実行力を誇る白崎先輩の二人が選ぶプレゼントが何なのか、純粋に興味が湧いた。


「私は、あの子が好みそうな本を選んで贈ろうかしら」


「じゃあ僕は、日本中を巡って彼女に似合いそうなアクセサリーを見つけてくるよ」


 提案されたラインナップに、私は静かに頷いた。良くも悪くも期待通りのチョイスに安堵していると、ふいに姫山先輩が試すような視線を私に投げかけてくる。


 彼女が私の選ぶプレゼントに期待していることを直感し、私は首を傾げながら唸った。その時、ふと脳裏に浮かんだのは以前に犀川先輩から贈られたテディベアの姿だった。同じようなぬいぐるみをお返しするというのは、悪くないアイデアに思える。


「私は…ぬいぐるみ、でしょうか」


 私が抱えるぬいぐるみの大きさをイメージするように両手を動かすと、その仕草を見た姫山先輩が目を輝かせた。


「いいじゃない、可愛らしくって。あやみもきっと喜ぶわよ」


「そ、そうですかね…」


 意外なほどの手放しの高評価に気恥ずかしくなっていると、先輩たちは満足げに顔を見合わせた。そして同時に立ち上がると、私に背を向けながら軽やかに手を振る。


「では、各自で用意するということで。誕生日会の日程は、追々連絡するよ」


「じゃあね、甘野さん。良い春休みを」


「はい、ありがとうございます」


 図書館を去る二人の背中を見送った後、私はスマホで撮影していたテディベアの写真を眺めた。自室のベッドに鎮座するぬいぐるみの画像を拡大してみると、足の付け根にある小さなタグに店の名前が印字されていることに気づく。


 私はすぐさま、その店を目指すことに決めた。

 

 夕暮れが青空を侵食し始める時刻、私は中心街の大通りをスマホの地図を頼りに捜索していた。ウィンドウショッピングを楽しむ人々で賑わう一角に、目的の店はひっそりと佇んでいる。


「…ここかな」


 そこは小綺麗なビルの一階に構えられた、パステルカラーの装飾が目を引くプリティポップな外観の店だった。普段の私ならまず足を踏み入れないような甘い空間で、一歩中へ入ると綿菓子のような、ぬいぐるみの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


 右を見ても左を見ても、柔らかな綿が詰まったぬいぐるみたちに囲まれている。まるで夢うつつのような非現実的な光景に、新鮮な戸惑いを感じていると棚の向こうから弾けるような人影が飛び出してきた。


「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」


 パステルカラーのドレスのような制服に身を包んだ店員さんが、満面の笑みで私に話しかけてきた。接客を受けるのはいつ以来だろうか・・・懐かしさに似た気恥ずかしさを噛み締めていると、返答のない私を不思議に思ったのか彼女は首を傾げる。


 気まずい沈黙が流れ出す前に、私は慌ててスマホの画面を差し出した。画面の中では、私の部屋でくつろぐテディベアが映っている。


「あ、あの…このぬいぐるみ、こちらの商品でしょうか?」


「はい!このテディベアは間違いなくうちの子です! 同じものをお探しですか?」


 店員さんは一目で確信したように頷くと、店の隅を指差して同じテディベアを勧めてくれた。けれど同じぬいぐるみを二つも部屋に置けない私は首を横に振り、本来の目的を伝えた。

「い、いえ!これは人から頂いた物で…今回は、そのお返しにぬいぐるみをプレゼントしたくて」


「素敵ですね!でしたら、こちらなどはいかがでしょうか?」


 私の意図を汲み取った店員さんが、隣の棚から一体のぬいぐるみを取り出した。それはテディベアよりも輪郭が丸く、長い耳が後ろに垂れ下がった愛くるしい表情のぬいぐるみだった。


「…ウサギ、ですか?」


 バッテンを模した口元が特徴的なその正体を言い当てると、店員さんはその頭を愛おしそうに撫でてから私に手渡した。詰まった綿の適度な重みと、吸い付くようなふわふわの感触が、私の両手の中に沈み込む。


「はい!最近とても人気なんですよ。イースターも近いですしね」


 レジ横のカレンダーを指しながら彼女が言うと、私は適当に相槌を打ちながらウサギを見つめた。


 犀川先輩が私に似ているという理由で熊を贈ってくれたのなら、私も同じ理由でウサギを選ぶのは筋が通っている気がした。


 この愛らしい見た目の奥に、どこか人を惹きつけて離さない妖艶な雰囲気を秘めている特徴は、まさに彼女そのものだ。先日のコスプレイベントでのバニーメイド姿を思い出し、私は少しだけ頬を熱くしながら決心した。


「…わかりました。では、この子をいただけますか?」


「はい!かしこまりました!」


 購入の意思を伝えると、店員さんは弾むような足取りでぬいぐるみをレジへ運んでいった。後を追うと、彼女は鼻歌を交じりに手際よく包装紙を整えて丁寧に紙袋へと収めていく。


「はい、お客様。ラッピング完了いたしました!」


「ありがとうございます…」


 手際の良さに感心しながら、私は財布から代金を支払った。領収書を受け取って店を出ようとしたその時、店員さんが少し申し訳なさそうに私のスマホを指差した。


「ところで、お客様。失礼ですが、先ほどの写真をもう一度拝見してもよろしいでしょうか?」


「え…はい。構いませんが」


 困惑しながらも、真剣な眼差しを向ける彼女に再び写真を見せる。店員さんはテディベアの顔を凝視しながら、ぽつりと問いかけた。


「お客様、このテディベア…ご自身で縫い直されました?」


「…え、いえ。そんなことは」


 犀川先輩から頂いて以来、私が針を通した箇所など一箇所もない。しかし、店員さんは不思議そうに首を傾げ、食い入るように画像を観察している。


 やがて、どこか納得のいかない表情で目を離すと私に深々と頭を下げた。


「そうですか…失礼いたしました。目元や腹部のあたりに少し違和感があったので、てっきり破れた箇所をご自身で修繕されたものと思い込んでしまって」


「そうですか…」


 店員さんの気のせいということで話は終わったが、プロの目から見て違和感がある、という言葉が、妙に胸に引っかかった。家に帰ったらテディベアをもう一度隅々まで調べてみようと、私は心に決める。


「当店では修理も承っておりますので、何かあればいつでもご相談くださいね!」


「はい、ありがとうございます」


 ウサギのぬいぐるみが詰まった大きな紙袋を受け取り、店員さんの笑顔に見送られて外へ出た。街はすっかり夕闇に包まれ、家路を急ぐ人々の数が増えている。


 交差点の赤信号を待ちながら、私は手元の袋を愛おしく覗き込む。


「やった、買えたぞ…犀川先輩へのプレゼント…」


 手の中のぬいぐるみを眺め、それを手渡した時の彼女の笑顔を想像していたその時だ。雑踏を抜けて、私の鼓膜を震わせる聞き覚えのある声がした。


「お~い!ゆいな~!」


 聴くだけで頬が火照るその声に弾かれるように顔を上げると、横断歩道の向こう側・・・対岸の歩道で大きく手を振る人影が見えた。それは黒髪を夜風に揺らし、蜂ヶ海学園の制服を纏った美少女である。


「犀川先輩っ!」


 そこにいたのは、紛れもなく犀川先輩だった。街灯に照らされた爛漫な笑顔と煌めく伊達メガネを目に捉えた瞬間、私の胸が高鳴り続ける。


 ちょうど信号が青に切り替わると同時に、犀川先輩が私を目がけて勢いよく駆け出してきたのだった。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

【ブックマーク】や【★評価】等をしていただけると、励みになります!

次回も、お楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ