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第四一話 コスプレ

 期末テストや球技大会、そしてホワイトデーの喧騒さえも過ぎ去った放課後。部活の準備に勤しむ私と犀川先輩のもとに、もう一人の人気者が飛び込んできた。


「お願い、あやみ!私と一緒に、コスプレをして欲しいの!」


 目の前で深々と頭を下げるのは、姫山先輩だった。学園のカリスマらしからぬ必死な姿に、犀川先輩は眉間に深いシワを寄せる。幼馴染のなりふり構わぬ懇願に、どう反応すべきか完全に測りかねているようだ。


「…変な物でも食べたの? ちぐさ」


「うわっ、犀川先輩にしては珍しい辛辣発言…」


 普段の温厚な犀川先輩から飛び出した毒に戦慄していると、姫山先輩がおずおずと顔を上げた。彼女の瞳は、冗談を言っているようには見えない。


「実はね、うちの店を中心に駅前のスペースを借りて、コスプレイベントをやることになったのだけれど…」


 彼女がバイトしているメイドカフェが主催のイベントだと言うが、蜂ヶ海市の中央駅はこの界隈でも指折りの規模だ。集客に問題はないだろうが、なぜそこに犀川先輩を巻き込む必要があるのだろう。


「出演予定だったコスプレイヤーさんが急遽、来られなくなっちゃって。その穴を、どうしてもあやみに埋めて欲しいの!」


 それは、あまりに突飛な提案だった。親友を巻き込む姫山先輩も不可解だが、言われた側の犀川先輩も困惑しつつも頬を微かに染めて首を横に振る。


「なんで私なのよ。ちぐさが一人でやればいいじゃない」


「それが、そのレイヤーさんはコンビ枠で…私はその片方の代理なの。相方がいないと、ステージが成立しないのよ!」


 食い下がる姫山先輩に、私は心のどこかで拍手していた。学園のマドンナと称される二人が並んでコスプレをする・・・それがニュースにならないはずがない。駅前にパニックを引き起こしそうな危うさはあるが、それ以上に犀川先輩のコスプレ姿という稀少価値に、私の理性が負けた。


「いいじゃないですか、コスプレ。私、先輩のコス見てみたいです!」


 私が目を輝かせて援護射撃を送ると、犀川先輩は観念したように大きな溜息を吐いた。


「ゆいなまで、いつになく乗り気だね…わかったよ、もう。感謝してよね!」


「ありがと~!あやみ、大好き!」


 泣きつく姫山先輩と、それを疎ましそうに引き剥がそうとする犀川先輩。その微笑ましい光景を眺めながら、私はこれから起こるイベントに胸を躍らせていた。


 イベント当日、約束の時間に駅へ向かうと隣接する公園の広場には巨大なステージがそびえ立っていた。それを囲むのは黒い壁のようなカメラマンの群れと、物珍しげに足を止める通行人の波である。


「…予想を遥かに超える人だかりですね」


「そりゃそうでしょ。蜂ヶ海駅の前でこんなのやってたら、野次馬だけで溢れちゃうよ」


 人混みの熱気に圧倒されていると、向こう岸から聞き覚えのある華やかな声が届いた。


「あっ、いたいた!あやみ、甘野さーん!」


 そこにいたのは、白と黒のフリルが揺れるいつものメイド服に身を包み、まばゆい笑顔を振りまく姫山先輩だった。


「ちぐさ、その格好で出るの?」


「そうよ。これなら着慣れてるし、立派なコスプレだからね」


「でも、姫山先輩…前は猫耳なんて付けてましたっけ?」


 私は、彼女の頭頂部でピンと直立する柔らかな猫耳を指さした。


「いいえ、これは今回限定のコスチュームよ。さすがに、全部がいつも通りじゃ味気ないでしょ?」


 そう言うと、彼女は慣れた手つきで両手を丸めてにゃん、と愛らしく鳴いてみせた。そのプロ意識の高すぎる仕草に、隣の犀川先輩が本気で引き気味の表情を浮かべる。


「わ、私…やっぱり今からでも帰ろうかな…」


「ダメよ!あやみも、私と一緒にメイドになるんだから!」


 逃げ出そうとした先輩の腕をガシッと掴み、姫山先輩は獲物を捕らえた肉食獣のような速度で舞台の裏へと消えていった。


「ちょ、ちょっと、ちぐさ~!」


「…行っちゃった」


 嵐が去ったような静寂の中、私は彼女たちの背中に静かに合掌した。さて、どこで待機しようかと足元を見た、その時だ。


「楽しそうだね、彼女達」


「うわあぁっ!?し、白崎先輩…脅かさないでくださいよ」


 いつの間にか背後に立っていたのは、神出鬼没の白崎先輩だった。私がぽかぽかと肩を叩くと、彼は涼しい顔でその拳を受け止める。


「すまないね。通りかかったら、君たちの姿が見えたから」


「本当に通りすがりですか…?これ、先輩たちが出るイベントなんです」


「へぇ…それは興味深い」


 白崎先輩は顎に手を当て、ステージを吟味するように見つめた。そしてスマホで時刻を確認したのと同時に、司会の声がスピーカーから爆音で響き渡る。


「それでは、蜂ヶ海コスプレイベント、開幕で~す!」


「始まったようだね。さあ甘野さん、前へ急ごう!」


「えぇっ!? ちょっと、先輩!?」


 腕を引かれて強制的に人の濁流へと放り込まれると、白崎先輩が放つ威圧感のせいか不思議と人混みが割れていく。気づけば私達はステージの最前列、遮るもののない特等席に辿り着いていた。


「先輩、こんな前で見る必要あります…?」


「そりゃあね。彼女たちの晴れ姿を、このレンズに収めたいからさ」


 彼は肩に掛けていたバッグから、重厚な一眼レフを取り出した。その手慣れたセッティングを見る限り、やはり偶然というのは真っ赤な嘘に違いない。


 イベントは熱狂と共に進み、いよいよ待ちわびた時間がやってきた。


「さあ、次は幼馴染のレイヤーコンビ・・・あやみ&ちぐさ”!』


「き、来た…」


 観客の熱気が爆発すると同時に派手な出囃子と共に登場したのは、双璧を成す輝きを放つ二人組だった。


「どうも~!ご主人様をおもてなし、猫耳メイドのちぐさと~?」


 営業用スマイルを完璧に使い分ける姫山先輩・・・その隣で、生まれたての小鹿のように身体をぎこちなく揺らす犀川先輩の姿があった。


「バ、バニーメイドの、あやみ…です…っ」


「・・・刺激が、強すぎる・・・」


 私の脳内に、言葉にならない衝撃が走った。清楚なロングスカートの姫山先輩に対し、犀川先輩はあろうことかミニスカートで胸元が大胆に開いたバニーメイド姿である。頭の長いウサ耳が、彼女の羞恥心を煽るように小刻みに震えている。


 さらに彼女はいつもの伊達メガネを外し、学園で見せる裸眼を晒していた。


「すいませ~ん!こっちに目線お願いしま~す!」


「こっちにも、決め台詞お願いします!」


 カメラのフラッシュが、容赦なく彼女の白い肌を叩く。観客からの怒号のような要望に犀川先輩の目は泳ぎ、次第に潤んでいった。


「あやみさんも、何かポーズお願いします!」


 司会の無茶ぶりに、彼女は顔を真っ赤にして指で小さなハートを作った。


「え、えっと…萌え萌え、きゅ~ん…」


 あまりに消え入りそうな声に盛り上がっていた会場が、一瞬で戸惑うように静まり返る。期待されていたキャラとのギャップに、観客のテンションが冷えかけていくのが分かった。



 どうにかして助けなきゃ・・・そう思った瞬間である。彼女のポケットから何かが零れ落ち、舞台の縁を転がって私の足元で止まる。


 最前列から拾い上げたのは、彼女の伊達メガネが入ったケースだ。私は反射的に中身をひったくると、ステージ上の彼女へ向けて掲げる。


「せんぱーい!」


「…ゆいな?」


 私は迷わず、そのメガネを彼女の手元へと放り投げた。宙を舞う伊達メガネは無事、困惑する先輩の腕におさまる。


「メガネ、かけてください!」


 私の叫びに応えるように、彼女は覚悟を決めた顔でそれを受け取って装着した。隣でポーズを構えていた姫山先輩も静止し、場に沈黙が流れる。


 すると、一瞬の沈黙を切り裂き犀川先輩がステージの真ん中で思い切り飛び跳ねた。


「やっほ~!とってもプリティなバニーメイド、あやみちゃんだぞ~っ!萌え、萌え、きゅぅ~ん!」


 私だけに見せる小悪魔的な表情に戻った先輩は、あざとい仕草で愛嬌を振りまき始めた。あざとい仕草、計算された首の角度、そしてレンズを射抜くような強い視線・・・完璧なファンサービスに、カメラマンたちが獣のような雄叫びを上げた。


「うおおおおお!」


「こっち向いて!」


「は~い!私のかわいさに、心打たれちゃえ~!」


 姫山先輩をも凌駕する勢いで、舞台は犀川先輩の独壇場と化した。スポットライトを一身に浴び、キラキラとした粉塵の中で笑う彼女の姿を、隣の白崎先輩も感心したように見つめている。


「いやはや、さすがだね。二人とも輝いてる。ねえ、甘野さん?」


 問いかけに応じようとして、白崎先輩が言葉を失った。私の頬を、一筋の涙が伝っていたからだ。


「…凄いです、先輩」


 私は、ただ舞台を見上げていた。優しくて、凛としていて、彼女の一挙手一投足に、私の心臓は高鳴り続けていた。


 それは、憧れなんて言葉で片付けられるものではなかった。それはかつて、あかねと過ごした日々に感じていた熱で、失恋と共に心の奥底へ封印して二度と開けないと誓ったはずのパンドラの箱である。


 その中身が今、音を立てて溢れ出していた・・・嘘はもう、つけないと直感する。私は、犀川先輩の隣にいたい。ただの後輩としてではなく、彼女の人生の特別な場所にいたい。


「私、先輩のことが…好きなんだ」


 喧騒に消えるような小さな呟きだったけれど、それは私の恋心がやっと芽生えた瞬間であった。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!

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