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第四話 夜のファストフード店

「ほら、ここだよ」


 学園の静寂を置き去りにして、ネオンサインが躍る蜂ヶ海市の中心街へ。


 辿り着いたのは、全国どこにでもある有名なファストフードのチェーン店だった。


「…よくある『ビグバーガー』じゃないですか。私だって一人で来ますよ」


「そう? なら良かった。じゃあ、入ろっか」


「うぇっ!? 二人で入るんですか!?」


 家族以外との外食…しかも相手は、全生徒が攻略を夢見る学園のマドンナだ。


 私のような背景と同化している人間と一緒にいるところを見られれば、彼女の株が暴落してしまうのではないか。個室のある高級店ならまだしも、この開放的な内装では視線の弾丸を防ぎようがない。


「知り合いがいたらどうするんですか。私なんかと一緒にいるの、気まずいですよ」


「学園から離れてるし、この時間なら大丈夫。それに、私は気にしないよ。ほら、置いてっちゃうよ?」


 先輩は迷いのない足取りで自動ドアを潜る。私は慌てて、ジャンクフードの香りが充満する店内へと滑り込んだ。


 二階の窓際、夜景が見えるソファ席に荷物を置く。一階とは対照的に、そこには私たちの他に誰もいなかった。世界から切り離されたような、二人だけの空間。


「ゆいなはさ、定番派? それとも期間限定派?」


 注文カウンターの列に並びながら、先輩がモニターを見上げて尋ねる。そこには燃えるような赤色の新作バーガーが誇らしげに映し出されていた。


「定番ですね。安定の味だし、何より安いですから」


「そっか。ゆいなは守りに入るタイプなんだね」


「なんですか、慎重と言ってください。サバイバルでは思慮深い方が生き残るんですよ」


 むくれて言い返すと、先輩は「あはは!」と愉快そうに笑った。


「私はもちろん、期間限定派。今しか会えない味を堪能しないと、二度と出会えないかもしれないんだから。一期一会だよ、ゆいな」


 変化を恐れず、刹那の輝きを愛する。そんな先輩の奔放さに、私は密かな憧れを抱いてしまう。


 やがて私たちの番が回ってきた。


「期間限定の『赤チリビグバーガー』と、『ビグバーガービッグ』を単品で。ピクルス多め、ドリンクはコーラゼロで!」


 よく食べる人だとは思っていたが、男子学生のような注文内容に二度見してしまった。その栄養は、一体どこに吸収されているのだろう。…いや、その答えは先輩の制服を押し上げている豊かな曲線が物語っているのだが。


「あ、すいません…」


 続いて私が声を出す。けれど、店員はぴくりとも動かない。私の声は周囲の雑音に溶け、目の前の店員の網膜を素通りしていく。


「以上でよろしいですか?」と店員が先輩に微笑みかけた。…ああ、やっぱり。


「どれ? 頼みたいの。教えて」


 先輩が、私の耳元で小さく囁いた。その吐息の熱に、思考が微かに白濁する。


「えっと…『チーズビグバーガー』のセット。ストレートティーとポテト、あとケチャップを……」


「了解。…あと、チーズのセットを一つ。ティーとポテト、ケチャップも追加でお願いします」


 流暢に、私の存在を通訳してくれる先輩。財布を取り出そうとした私を制し、彼女は有無を言わさぬ手際で会計を済ませてしまった。


「たまには先輩らしいこと、させてよね。ゆいなと二人きりでいられるだけで、私には十分価値があるんだから」


 トレイを運んで二階へ戻ると、先輩は机に頬杖をつき、喉にへばりつく蜂蜜のように甘い声でそう言った。その破壊力に、私の心臓が不規則なビートを刻む。


「…ありがとうございます。ごちそうさまです」


「いいってことさ!ご家族には、連絡しなくて大丈夫なの?」


 もう夜も更けているというのに、家族に何の連絡もしてなかったことに気づいた私。すぐさまスマホのメール機能で、帰宅が遅れることを伝えた。


「…いただきます」


 スマホを閉じて包み紙を剥がしてみると、キツネ色にこんがり焼かれたパティ、そして熱で柔らかくなったチーズが姿を見せた。

 

 かぶりつくと口いっぱいに広がる肉汁とチーズの香ばしさは、幸福以外の何物でもない。


 対照的に、先輩が手にした真っ赤な色付けのバーガ―からは、鼻を突くような刺激臭が漂っていた。


「あ~んむっ! …んむぐっ!? か、からぁぁい!!」


 途端、先輩の顔がバンズと同じ色に染まった。コーラゼロを喉に流し込み、舌を出して悶絶している。その勢いたるや、ドラゴンが火炎を発射する格好が思い浮かんだ。


「苦手なのに、なんで頼むんですか…」


「だって、期間限定なんだもん…! からい~! でも美味しい~!」


 そのドジな一生懸命さに、思わず笑みが零れる。先輩はそのまま二個目のビッグバーガーを平らげ、さらに私のポテトまでリスのような勢いでつまみ食いし始めた。


「ふぅ…ごちそうさま。ゆいな、お口拭いてあげようか?」


「自分でできますよ。…って、先輩?」


 満足げに机に突っ伏した先輩は、そのまま規則的な寝息を立て始めた。食後すぐに寝るなんて、本当に手のかかる人だ。窓の外では月が高く昇り、静寂が二階席を包み込む。


 ふと、先輩の頬に目が止まった。白く滑らかな肌の上に一点、赤みを帯びたソースがこびりついている。


 せっかくの美人が台無しだと、私はナプキンを手に取った…けれど。


 …今朝の、仕返し。


 その思考が浮かんだ瞬間、私は正気を失ったのかもしれない。周囲に誰もいないことを確認し、私はそっと椅子から腰を浮かせた。


「ちゅっ」


 唇に触れる、先輩の肌の弾力に、舌先で付着したソースをそっと掬い取る。


 すぐさま顔を離し、己のした事の重大さに耳まで熱くなった…のだが。


「…っ!? からい! 何これ、めちゃくちゃ辛い!」


 遅れてやってきた香辛料の爆撃。ケチャップだと思っていたそれは、あの悶絶級の赤チリソースだった。喉を焼く熱さに涙目になりながら飲み物を探すが、ティーのカップは空っぽだ。


 すると、伏せていたはずの先輩の肩が、微かに震えだした。


「…ふふっ、あははは! ゆいなってば、おませさん」


 顔を上げた先輩の瞳には、眠気など微塵もなかった。彼女は最初から、私が仕返しに来るのを待っていたのだ。


「こ、これは今朝の…! もう、お手洗い行ってきます!」


 羞恥と舌の痛みに耐えかねて席を立つ私の背中に、勝利者の余裕を湛えた先輩の笑い声が追いかけてくる。


 逃げ込むように入ったトイレの鏡の前で、私は熟しきった林檎のような自分の顔を睨みつけることしかできなかった。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!


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― 新着の感想 ―
っぱ百合なんだよなぁ。最高〜。 今後も追わせていただきますm(_ _)m
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