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第三九話 怪談

 完全下校の時間が近づき、学園の図書館を利用する学生も少なくなってきた頃だ。


 放課後の静寂を噛み締めながら部活動に勤しむ私と犀川先輩の元へ、とある男が足音を響かせて近づいてきた。


「怪談話を、聞きたくはないかい?」


  自信に満ちあふれた表情でやってきたのは、暇人の代表格である白崎先輩だった。周囲の生徒達に向けられる憧れの視線にハリウッドスターのような仕草で応えながら、彼は迷いなく私達のテーブルへと歩みを進める。


「…帰ってもらえます?白崎先輩」


「ゆいな…いつになく辛辣だね…」


 気味悪いほどの自信に吐き気を催していると、許可も得ぬまま白崎先輩は私の対面に腰を下ろした。長居するつもりだと直感し、私は小さく溜息を吐く。この執念深い先輩を追い払う労力すら、今は惜しかった。


「それで、なんで急に怪談なんか…暇なんですか?」


 惰性で問いかけると、私が食いついたと勘違いしたのか白崎先輩はやけに格好つけたポーズで私達を見つめた。


「失礼だなぁ。この学園に七不思議という噂話があるのは知っているかな?」


「はい…魔の十三階段、とかですよね?」


 久しぶりに聞いた単語に、私は首を傾げる。以前、犀川先輩から魔の十三階段については教えてもらったが、それ以外の話は未だ聞いたことがなかった。


「そう。どうせなら、この噂話を利用して何か催しができないかと思ってね。来期の夏あたりに、生徒会が執行する肝試しとか百物語とかを行えば、楽しそうじゃないかい?」


「そうですかね…」


 行動力の塊である白崎先輩のことだ、本気で計画しているのだろう。だが、単なる噂話がそこまでのイベントになるとは到底思えなかった。


「いいじゃん!面白そうだよ!」


 隣にいた犀川先輩が、身を乗り出して白崎先輩の提案に賛同した。好奇心旺盛な彼女が食いついたのを見て、白崎先輩はしめた、と言わんばかりに語り出す。


「さて、では始めようか。僕が知っているのは図書館の読んではいけない本、動く石膏像、そして魔の十三階段だけれど…二人は他に知っているものはあるかい?」


「私は、魔の十三階段しか覚えていませんが……」


 彼が述べた話は、すべて以前に犀川先輩から聞いたものだった。私が正直に答えると、今度は犀川先輩が思いついたように口を開く。


「はいは〜い! 私、禁断のウェブサイトと紫ババアの噂、それに誰もいない放送室も知ってる!」


 初耳の噂話を、犀川先輩は当然のように並べ立てた。名前からして物騒な響きに私が眉を寄せていると、白崎先輩は指を折って数え始める。


「合計、六つか…残りの一つは、未だ誰も知らないみたいだね」


「それ、七不思議って呼んでいいんですかね?」


 数的な矛盾に私が頭を抱えていると、犀川先輩がいたずらっぽく笑って白崎先輩の肩を小突いた。


「じゃあ、ヒカリ。無知なゆいなのためにも、噂の説明をしてあげようよ」


「そうだね。甘野さんは、ホラーは嗜むかい?」


 外が夕暮れから夜へと溶け出し始めた頃、白崎先輩は幽霊の真似をして両腕をだらんと垂らしてニヤりと笑った。雰囲気作りは悪くないが、整った顔で怖がらせようとされると恐怖よりも滑稽さが勝ってしまう。


「いえ、あまり…ですが、興味はあります」


「よし、わかった。失神するまで、怖がらせてあげよう」


 胸を張った白崎先輩は七不思議のひとつ、『図書館の読んではいけない本』について語り出した。だがその内容は、私からすれば非現実的すぎて面白みに欠けるものだった。


 現在、私達がいる図書館のどこかの本棚に、不自然に濡れた本が一冊挟まっていることがある。それを開いてしまえば最後、本の世界に閉じ込められたり、あるいは屋外プールに瞬間移動して、どこからか現れた鮫に食い殺されたりするのだという。


「…これが、読んではいけない本の詳細だよ」


「…なんか、非現実的ですよね。毎日ここで部活をしていて一度も聞いたことがありませんし、ただのデタラメですよ」


「ゆいなはロマンがないなぁ〜。私は好きだよ、こういう話」


 白崎先輩の隣で楽しそうに耳を傾けていた犀川先輩に、私は少しだけ不満を込めた視線を向ける。先輩が語る怪談が聴きたい、そんな欲求が私を突き動かした。


「…では、次は犀川先輩が話してくださいよ」


「いいよ〜。私がちゃんと知ってるのは『紫ババアの噂』だけどね」


 そう前置きすると、彼女は急に声を潜めて重々しいトーンで語り始めた。


 紫ババアは、深夜のトイレから出てきた学生を襲う妖怪だという。トイレの鏡の中に潜み、廊下に出た学生を密かに尾行する。学生が家に着き、洗面台の前で安堵したその瞬間に鏡の世界へと引きずり込むのだと。


「…気味が悪いですね」


「だよね。でも、深夜に学園にいる生徒なんていないから、ただの噂話だけどね」


 白崎先輩の空想じみた話より、よほど現実味がある。腕に立った鳥肌をさすっていると、彼が満足げに席を立った。


「よし、ある程度まとまったよ。ありがとう、楽しみにしておいてくれたまえ」


 言い残して、彼は足早に去っていった。嵐の去ったような静寂の中、私たちは止まっていた筆を再び進める。


「言いたいことだけ言って…本当、自分勝手ですよね。白崎先輩」


「あいつらしいね〜。あ、ていうか、もうこんな時間じゃん」


 見上げた先輩を追って時計を見ると、午後六時を指そうとしていた。五時には切り上げるはずだったのに、白崎先輩のせいで大幅なタイムロスだ。私は急いで荷物をまとめて、席を立ち上がる。


「私、そろそろ帰ります。祖父を待たせてしまうので」


「うん。私はママと帰るから…また明日ね、ゆいな」


 手を振る先輩の笑顔が、図書館の薄暗い影に溶けていく。その残像を背に、私はそそくさと図書館を後にした。


 渡り廊下に出ると、早春の冷たい空気が肌を撫でる。その瞬間、忘れていたはずの恐怖が蘇り、私は身震いした。


「うぅ…先に、トイレだけ済ませよう…」


 急激な尿意に襲われ、昇降口近くのトイレに駆け込む。用を済ませて洗面台で手を洗っていると、芳香剤の香りに混じって背後から視線を刺されたような気がした。


 恐る恐る顔を上げると、鏡の中に映った自分が私を見つめている。当たり前の光景なのに、今はやけに不気味だった。


「なんだか、気味が悪い…」


 紫ババアの噂が、頭の中で再生される・・・逃げるようにトイレを出た私は、靴を履き替えて小走りで帰路についた。


 暗がりの増した住宅街のいつも通っているはずの道が、今日はまるで見知らぬ迷路のように思えた。点滅する街灯や風に揺れる木々が、私を嘲笑っているかのように見える。


 その時、背後で、ずっ、ずっ、と何かを引きずる音が聞こえた。


「ひっ…!?」


 反射的に振り返ると、そこには蛇の死骸を咥えた野良猫がこちらを鋭く睨みつけていた。

心臓に悪いと吐き捨てて前を向くが、異様な空気は一向に晴れない。


 影の濃い道を、逃げるように歩く。自宅の近くまで辿り着き、安堵したその瞬間だった。


 カタン、と確かな足音が背後で鳴り響いた。


 振り返っても、そこには猫も人影も何もない。だが、私の鼓膜には確かにその音がこびりついていた。


「き、気のせい…だよね?」


 自分に言い聞かせ、玄関に駆け込む。だが、重い扉が閉まる直前に・・・トタトタトタ、と何かが私との距離を詰めてくる明確な足音が聞こえた。


 その日からである、私の日常に異常が混じり始めたのは。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!

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