第三五話 ゲームセンター
球技大会の熱狂が冷めやらぬ翌朝、登校した瞬間に周囲の視線が私の肌を突き刺した。なるべく風景に溶け込むよう背を丸めて歩いてみるものの、それが余計に挙動不審となって注目を集める。
「おはよ、甘野さん」
「お、おはよ…っ」
不意に背後から飛んできたクラスメイトの挨拶に、私は酷くびくついた。ぎこちなく返答を返したものの、向けられる視線の量に目眩すら覚える。そんな私を救うどころか、さらなる窮地へと追い込むように右肩にがっしりと腕が回された。
振り返ると、そこには朝の光を受けて眩しく輝く白髪を揺らす白崎先輩がいた。
「おはよう、甘野さん!なんだか、急に人気者になったみたいじゃないか」
「し、白崎先輩…っ」
学園のプリンスである彼が接触してくれば、必然的に周囲の注目度は跳ね上がる。強引な肩組みから逃れようとジタバタしていると、今度は反対側から重いため息が降ってきた。
「本当…周りの生徒も、あなたのことばかり噂しているわよ」
呆れたような声で銀髪をなびかせながら歩み寄ってきたのは、姫山先輩だった。
「ひ、姫山先輩まで!そんなに近寄られたら、目立っちゃいますよ!」
「あら、いいじゃない」
私の抗議も虚しく、姫山先輩は当然のような顔で私の左腕に自身の腕を絡めた。客観的に見れば私は学園の人気者二人に捕獲された、不審者に映っていることだろう。
「あの一年生、姫山さんと生徒会長の知り合いだったんだ!」
「ほんとだ。蜂ヶ海学園に、新しいプリンセス誕生じゃない?」
無責任な外野の声に、白崎先輩が愉快そうに高笑いして私の肩を叩いた。
「よかったじゃないか。これで影の薄さに悩まされることもないのだから」
「そんなこと言われても…私は、普通の生活に戻りたいんです」
あかねの事件以来、私はあえて影の薄い生活を選んだ。少し注目されたからといって、その決心が揺らぐことはない。
「大丈夫よ、私たちがサポートするわ。友人関係の作り方なら、任せてちょうだい」
姫山先輩が自信満々に胸を張ると私は、根拠のない二人の連帯感に呆然とするしかなかった。
「…というか、白崎先輩。先輩は姫山先輩に振られたばかりじゃないんですか!?」
そもそも、お家デートで成人向けビデオを鑑賞するという前代未聞の告白をして玉砕したはずの二人だ。気まずくないのかと詰め寄ると、白崎先輩は姫山先輩と顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだよ。だから今、凄く気まずい!」
「なら今すぐ離れてくださいよ!」
気まずいなら距離を取るのが道理だろうに、白崎先輩は首を傾げたまま一向に離れようとしない。理解が追いつかず立ち尽くす私に、姫山先輩が同情的な視線を向ける。
「ダメよ、甘野さん。この男の執着心を舐めてはいけないわ」
彼女もまた、この非常識な接近を諦めて受け入れているようだった。彼の常人離れした行動力に戦慄していると、ふと昨日から見ていない犀川先輩のことが頭をよぎった。
「そういえば…犀川先輩は、どこにいらっしゃるんですか?」
「先に教室へ行っているんじゃないかしら。顔、見に行ってみる?」
姫山先輩が二年生の教室を指差すが、私は首を横に振った。目立つ存在になってしまった今の私が会いに行けば、彼女を余計なトラブルに巻き込むかもしれない。
「…いえ、また今度に。では、私はこれで」
二人の包囲網からすり抜け、私は背中に刺さる視線を振り切るように自分の教室へと駆け出した。
だが教室もまた安全地帯ではなく、足を踏み入れた瞬間に私はクラスメイトという名のパパラッチに囲まれた。質問攻めを適当にいなし、疲れ果てて席につく。
授業が始まっても災難は続き、今まで私を見落としていた先生たちにまで認識され、立て続けに発表を指名された。心身ともにくたくたになった頃、ようやく昼休みが訪れたのだ。
「ふぅ…やっと、お昼だ…」
逃げるように弁当箱を掴み、いつもの階段へ向かおうとしたその時だ。廊下へ出ようとした私の腕を、松島がガシッと掴んだではないか。
「ねぇ、甘野さん!一緒にお昼食べようよ!」
「ま、松島さんっ!?」
「ほら、みんな待ってるよ!」
彼女が指差した先には、球技大会のチームメイトたちが机を囲んでいた。正直言って参加したくはなかったが、松島の強引さに押し切られて私は観念して椅子を引いた。
「わ、わかったから、引っ張らないで…」
結局、昼休みは女子達の質問攻めで終わった。鞄の中では犀川先輩のためのお弁当が、開封されることもなく静かに眠ったままだ。
ようやく注目の視線が落ち着き始めた放課後、そそくさと帰宅準備を整えていると廊下がにわかに騒がしくなった。
「おい、犀川先輩がこっちに来たぞ!」
「マジかよ、俺に用かな!?」
驚いた、あの犀川先輩がわざわざ一年生のフロアに降りてくることは滅多にない。
私に用がないことを祈っていると、虚しくも扉の影から彼女が顔を出した。
「ごめんなさい。甘野さんは、いらっしゃいますか?」
「甘野さーん! 犀川先輩がお呼びだぞー!」
クラスメイトに背中を押されて彼女のもとへ近寄った瞬間、私は背筋に冷たいものが走った。仏のような微笑みを浮かべているものの、その額には見たこともないほど立派な青筋が浮かんでいたからだ。
「甘野さん、少し付き合ってほしいことがあるのですが。いい…ですか?」
「は、はい…っ」
恐怖に震えながら彼女の後をついていくと案内されたのは、人通りのない校舎裏である。そこで私は、無言の壁ドンを食らった。
「ひ…っ」
冷徹な瞳に伊達メガネをかけた先輩の視線が私を射抜くと、彼女の自慢の胃袋がぐぅ、と切なく鳴った。
「…なんで、階段に来なかったの? 私、待ってたんだけど」
「ご、ごめんなさい…クラスメイトに誘われちゃって…」
私の勝手な判断が、彼女を一人で放置してしまった。反省して俯くと、先輩は深くため息を吐いてから、私の顔をじっと覗き込んだ。
「はぁ…まぁ、いいよ。ゆいなが楽しそうなら安心だし…反省してる?」
「し、してます!猛烈に!」
上目遣いで確認すると、至近距離にある彼女の美貌に鼓動が跳ねた。見惚れているのがバレたのか先輩はふいっと顔を逸らし、私の腕を強引に引いた。
「…仕方ない。ちょっと付き合ってよ」
連行された先は、寂れた雰囲気に電子音が響き渡るレトロなゲームセンターだった。
「先輩、ここは…」
並列するアーケードゲームやスロットなどを尻目に尋ねると、先輩は千円札を両替機に投入して言い放った。
「どう見てもゲーセンでしょ。ゆいなのせいで溜まったストレスを、ここで発散させてもらいます」
カップに貯まった百円玉を抱えた先輩は、太鼓型の音楽ゲームの前に私を立たせた。
「ほら、やるよ 久しぶりだな、これ」
「わ、私、初めてなんですけど!」
勝手に選曲された激しいリズムに、私は必死でバチを振り回した。隣で正確にコンボを刻む先輩との実力差は歴然で、得点は天と地の差だった。
「よっしゃ~!フルコンボ!」
「うぅ・・・クリアできなかった・・・」
画面にはご満悦な先輩と、真っ白に燃え尽きた私が映っていた。しかし、先輩は再び私の腕を引く。
「次!行くよ!」
「ちょ、待ってください!」
休む間もなく、次に乗り込んだのはホラーガンシューティングだった。銃型のコントローラーを握ると、大量のゾンビが私達を狙って襲いかかる。
「きゃあ~!ゾンビがいっぱいだ!」
「うわわわわ・・・先輩!倒してくださいよ!」
怖がっている割に、先輩は引き金を引く気配を見せない。結局、私がパニックになりながら銃を乱射して彼女を護衛する羽目になった。
さらに峠を攻めるレースゲームでは先輩のえげつないドライブテクニックに振り回され、私は椅子から転げ落ちて目を回した。
軽い車酔いをした私への心配はそこそこに、先輩は極めつけのクレーンゲームに向かった。
「…もう少し横。あぁ、行きすぎ!それじゃ取れないよ!」
「せ、先輩!もう千円使ってますけど、まだやるんですか!?」
このお菓子の詰め合わせが意外と手強く、背後から私の腕に重なりレバーを操作する彼女の熱量に圧倒された。ようやく景品のお菓子が落ちた瞬間、先輩はこれ以上ないほどの笑顔で私に抱きついてきた。
「はい、あげるよ」
手渡されたのは、苦労して取ったお菓子の詰め合わせである。選んだのがお菓子だったため自分で食べるのかと思っていたが、彼女は何気なく私に所有権を譲った。
「え、いいんですか?」
「うん。最初から、ゆいなに渡すつもりだったから」
夕暮れの街で帰路につく私達の間には、少しだけ気まずくい空気が流れていた。
「ごめんね、ゆいな。今日は付き合わせちゃって」
「いえ、楽しかったです」
振り回されたけれど、ゲームの楽しさを再確認したのは確かだった。すると、先輩が不意に足を止めて深々と頭を下げる。
「私ね…ゆいなが他の子に取られちゃうのが、怖かったんだ。だから、ちょっと拗ねちゃった。許してくれる?」
私は納得した・・・今まで遊んでいた玩具が他人に移ってしまったような寂しさが、先輩を襲っていたのだ。共感した私は、お菓子の詰め合わせを胸に微笑む。
「許しますよ、犀川先輩。私にとっても、先輩は特別ですから」
私がそう告げると、彼女は照れ隠しのように無言で肩を私の肩にぶつけてきた。まだ冬の寒さが残る夜の到来に、私達は身を寄せ合ったのだ。
作者の『月雲とすず』です!
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