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第三二話 映画館デート

 人々が行き交う土曜日の中心街で、私は喧騒のなかに一人で立ちすくんでいた。


 休日に人と待ち合わせなんて、久しぶりの経験だ。やけに緊張してしまい、呼吸が浅くなる。


 無造作に設置された電話ボックスの影に身を潜めるようにして待っていると、ガラス越しに見覚えのある姿がこちらへと駆け寄ってきた。


「あ…来た」


「お待たせ~! ゆいな~!」


前方から大きく手を振る人影が近づく。思わず見入ってしまうほど、妙に張り切った服装で合流したのは私の大切な友人だった。


「遅いよ、エリ」


 淑やかなメイクを施し、活発な茶髪をなびかせるエリの額を、私は叱責の代わりに指先で軽く突いた。すると彼女は申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうに頬を掻いた。


「ごめ~ん。久しぶりにゆいなと遊ぶから、メイクに時間かかっちゃって」


「なんで私と遊ぶのに、そこまで気合入れる必要があるのさ」


 現に、私はノンブランドの簡素な格好でここに来ている。他人から視認されない私と遊ぶのだから、わざわざお洒落に気を遣う必要なんてないだろうに。


 私が少し呆れていると、ふいに沈黙が流れた。エリは何かを思いついたように、悪戯っぽく私へと微笑みかける。


「だって、ゆいながかわいいから」


 からかっているのか、それとも本気でそう思っているのか。当たり前のようにそんなことを言うエリの肩を、私は真っ赤になった顔を隠すように小突いた。


「う、うるさいっ! ほら、行くよ!」


 私は、ニヤけ顔を隠さない彼女の腕を引いて、目的地である駅構内の映画館へと足を急いだ。


 休日ということでフロアの混雑はすさまじかったが、私たちが観る予定の映画は意外にも席が埋まっていなかった。


 おかげでチケットは容易に注文でき、私たちは無事に席を確保することができた。


「よっしゃ、チケット取ったよ!」


「ありがとう。…エリって、この映画観たことあるの?」


 発券されたチケットを掲げるエリに尋ねると、彼女は映画のパンフレットを大事そうに握りながら胸を張った。


「なかったけど、サブスクで予習してきたから大丈夫!絶対楽しめるよ!」


 中学時代の印象だと、エリがロマンス映画を好むイメージはなかった。しかし、私が今日のために誘うと彼女は快く頷いてくれたので、物珍しさを感じる。


「わかった。…じゃあ、ドリンクだけ買っていこうか」


 売店の列に並んだ、その時だった。


「…え?」


前方からトレーを抱えてすれ違った人影に、私は釘付けになった。見覚えのある、私が忘れることなどできない人物である。


「さ、犀川先輩…」


山盛りのポップコーンとポテトフライの隙間から私を覗き込んだのは、まさかの犀川あやみ先輩だった。


 最近、プライベートで出会う頻度が増えてはいたけれど、まさか映画館のロビーで遭遇するなんて。


「あれ、犀川先輩じゃないですか!先輩も、この映画観に来たんですか?」


 私の背後にいたエリが明るく話しかけると、先輩は微笑みながらポップコーンをひとつ、ひょいと口に放り込んだ。


「うん。友達が面白いから観ろってうるさくて…ゆいなとエリちゃんも、そうなの?」


「は、はい。私は白崎先輩からクーポンを貰ったので、それで…」

 

 すべてを見透かしているような、先輩の鋭くも穏やかな視線が私の胸を貫いた。


 気のせいか、少しだけ頬を膨らませているようにも見える先輩。私はもっと早くに彼女へ声をかけるべきだったのかもしれないと、小さな後悔が胸をかすめた。


「よかったら、先輩も一緒に観ましょうよ!席、どこですか?」


 エリがはしゃぎながら先輩にまとわりつくと、彼女は少し困惑したようにトレーに載せていたチケットをエリに見せた。


「さすがに近くはないと思うけど…ここだよ」


「えっ…」


 エリは先輩のチケットと自分達のチケットを何度も見比べ、驚愕したように口を開いた。そして、自分のチケットを先輩に突きつけるように提示する。


「凄いです、先輩!私達、隣じゃないですか!」


 疑心暗鬼になりながら先輩がエリのチケットを凝視する。すると次の瞬間、彼女の表情はぱっと明るい笑顔に変わり、そのままエリと肩を組んだ。


「ほんとだ!もしやこれって、運命ってやつ!?」


 二人ではしゃぎまくる陽キャたちのオーラを眺めていると、彼女たちが通路を塞いでいるせいで、後ろに列ができはじめていた。私は慌てて二人の腕を引っ張り、売店へと歩みを進める。


「はしゃがないでください、二人とも。もうすぐ開演ですから、飲み物だけ買いますよ」


 カウンターにたどり着き、ソフトドリンクの注文をエリに頼む。財布を出そうと鞄を物色し始めた私の手を、先輩がすっと掴んで制止した。


「じゃあ、私が払ってあげるよ。どれがいい?」


「せ、先輩…大丈夫ですよ」


 私が遠慮しようとすると、今度はエリが途端に私と先輩の間に割り込んできた。


「いいんですか!?ありがとうございますっ!」


「ちょっと、エリ…」


 先輩が会計を済ませている間、エリは私にひそひそ声で囁いてきた。


「こういう時は甘えとかないと。先輩を立てるのが後輩の仕事でしょ?」


「そ、そうだけど…」


 納得しきれないまま、私は先輩とエリに流されるようにスクリーンへと向かった。席は上下を隔てる通路のすぐ近くで、いわゆる特等席と呼ばれる見晴らしの良い席だった。


「いや~、良い席ですね」


「そうだね~、スクリーンも見やすいし」


 私を真ん中にして、世間話に花を咲かせる二人の熱量に気圧されそうになってしまう。それにしても、周囲に他の客が見当たらない。この映画、実はあまり人気がないのだろうか。


 確かに、かつて無性に観たくなった前作の映画も、内容はあまり頭に入ってこなかった。

ならば、なぜ私はこの映画にこれほどまでに執着しているのだろう。


 映画の広告が上映され続ける暗闇のなか、私は一人で思考を巡らし続けていた。すると隣に座ったエリが、もじもじと足を組んでは戻し、落ち着かない様子を見せている。


「…どうしたの、エリ?」


「ごめん、ゆいな。…ちょっと、お花摘んでくる」


私の心配をよそに、エリは暗がりの通路をそそくさと去って行ってしまった。彼女という緩衝材がいなくなったことで、場の空気がふっと冷たいものに変わる。


「エリちゃんを、誘ったんだね」


「う…っ」


 隣でポテトをつまむ先輩が、地鳴りのような、低く静かな声で話しかけてきた。


 いつも世話になっている先輩を、まず最初に誘うべきだっただろうか・・・そんな考えが脳裏をよぎる。


「…もしかして、怒ってます?」


「…いや」


 優先順位を間違えてしまったと反省し、私は言葉を失った。先輩からの返答が途絶え、不安になって視線を向けると・・・先輩は静かに、頬へと涙を流していた。


「ゆいなに、友達が増えて…私は、嬉しいよ…」


「…先輩」


 私のために、先輩は泣いてくれていたのだ。その涙がスクリーンに投影されることはなかったが、私の網膜には、何よりも鮮烈に焼き付いた。


 そして、その瞬間に思い出した。なぜこの映画を観たかったのか・・・なぜ、あえて犀川先輩ではなくエリを誘ったのか。


「ふぃ~、お待たせ! まだ始まってない?」


 沈黙を破るようにエリが戻ってくると、先輩は瞬時に涙を消して微笑みながら彼女に囁いた。


「もうすぐだよ、エリちゃん」


「よっしゃ~!楽しみましょうね!」


「エリ。静かに」


 はしゃぐエリを手なずけながら、私は暗転していくスクリーンを見つめた。相変わらず、この広大な空間には私たち三人しかいない。


 ・・・そうだ。中学時代、この映画の前作が公開されていた時期に私は、あかねと一緒にこれを観に来たのだ。最後、ちっとも面白くなかったね、と二人で笑い合ったのが何よりの思い出だった。


 映画の終了後、やはり今作も最高に面白くない作品だった。けれど、帰り道はエリと犀川先輩との三人で、映画のくだらないツッコミどころを話し合いながら歩いた。


 その時間は、どんな名作映画を観るよりも、ずっと価値のあるものに思えた。

作者の『月雲とすず』です!

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

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次回も、お楽しみください!

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