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ワーカーホリックな魔女の心臓を探す旅

作者:

ふわっとファンタジーみたいな話です。ヒマつぶしにどうぞ。



「驚いた。君の魂、僕と同じくらい綺麗な色だね」



宝石みたいな瞳で、大の字に寝転がっている私の顔を見下ろしている。中身を全部見られているような気分だし、強烈な魔力に生理現象の鳥肌が立つ――ああこれは、被捕食者の気分だ。



「あの…少し、弱めてくれませんか?」



分かったと言い、私と同じくらいに魔力を調整してくれた。

そんなことを難なくできる魔法使いは、この個体だけだ。世界中を探してもどこにもいないと思う。多分。

なんたって私はこの世界で何度も生まれ変わっているので、普通の魔法使いよりは物知りなはず。


それにしても、驚きだ。今回はなんとあの英雄と称えられている魔女が棲む森で、目醒めたようだ。



「今の君は、生まれ変わったばかり?」


「…はい、あなたの気配がして、今目が覚めたようです」



自分と同じような個体には今まで会ったことがない。でも、おそらく、この英雄魔女も同じなのだと思う。


まあでも英雄魔女に関しては、噂程度にしか知らない。何度生まれ変わっても噂を聞いた。この世界のどの時代でも、いつも何度も世界を救っている偉大な魔女。

その姿は男だったり女だったり、年齢も時代によって様々だから、その時々の英雄魔女が全て同一人物であると知っているのは自分だけだと思う。多分。



「あの…あなたはいつも、この森で生まれ変わっているのですか?」



こんな機会、もう二度とない。それだけは明確に分かるから、質問せずにはいられなかった。



「うーん、どうだろうね?もう永く生きてると、覚えておくことが億劫になるんだよなあ」


「えっ…!やはり英雄魔女様のような魔法使いは、記憶を持って生まれ変わるのですね!」


「うーん、でも君も、毎回記憶はあるんだろう?」


「いえ、私は、なんとなくでしか覚えてないです!」



記憶を持って生まれ変われるのは、力の強い証拠とかいう文献がある。どんなに凄い魔法使いでも何度も生まれ変わることはできないとかいう論文もある。

でも、自分の力は平凡だし、勝手に生まれ変わっているし、だからこそ自分はある意味で唯一無二の個体なのだと自負している。



「…ふーん?それじゃあ、毎回死ぬ時の記憶も、ないの?」


「死ぬ時の?ああ、それは毎回同じなので、なんとなく感覚は覚えています」


「……どんな感じなの?」


「元々心臓が弱いらしくて、普段から息切れすることもあって、その延長で動悸が激しくなって息ができなくなって、…と、いう感じですが…」



驚いた。自分としてはもう慣れたものだし淡々と話していたつもりだったけど、話せば話すほどに英雄魔女の顔が苦しそうに歪んだ。意外だった。



「えっと…でも、たしかに苦しみはありますが、ああ次の生ではどんな土地で暮らせるのだろうかって、けっこう、楽しみながら死ねるというか…」


「……楽しみながら…」


「ええ、そうなんです。なぜなのかは分からないですけど、勝手に毎回生まれ変わるので、いろんな土地で目が醒めて、そこで暮らして、その時に気になったモノを自分なりに研究して、というような生活を楽しんでいるので」



まあ、どんな生活だったのかはぼんやりとした記憶しかないのですが、楽しかった気持ちだけはしっかりと覚えているのでと、笑って言った。

でも、英雄魔女はまだ顔を歪めている。



「……なるほどね。分かったよ君が、なぜ何度も生まれ変わってるのかが」


「えっ!な、なぜですか?」


「君には、欲がない」


「…え、欲?」


「だから、毎回充実した生を送ってる」


「は、はあ…」


「大概の魔法使いが、心残りや野望を抱いて生まれ変わりを望む。そういう場合は記憶は持たない」


「えっ…と、私は、生まれ変わりを自ら望んではいないのですが…」


「本当に?」



いや、たしかに、そう言われると…毎回次を楽しみにはしているけど、でもそれは勝手に生まれ変わるからで…



「ねえ、一緒に、旅をしない?」


「……え?た、たび…?」


「そう、旅」


「な、なぜ急に…」


「君は、真実を知りたいんだろう?」


「真実…」


「僕なら、君の力になれる」


「…それは、そうかもしれないですが…あなたにとって、私と旅をすることの、その、利点がないと言いますか…」



こんな機会、もう二度とない。それだけは明確に分かる。でも――宝石みたいな瞳が、キラキラと煌めいていて、なんというか、少し、怖いのだ。



「利点か。そうだなあ。あ、僕はね、実は、心臓がないんだ」


「………は?」


「遠い昔にね、いろいろあって、とある個体に心臓をあげちゃって。その個体を探してるんだ」


「……はあ…」


「でもね、もう探すのは今回で最期にしようと思ってて」


「…え?なぜですか?」


「もう、疲れちゃったんだよね」



そう力なく笑った英雄魔女の顔は、本当に、疲労感が滲み出ていた。



「今回は、大きな戦争もなさそうだし、この際だから好きなところへ旅でもしようかと思って」



そうか、それはそうだ。英雄魔女はその名の通り、幾度も幾度も世界を救ってきたのだから。



「それで、今君と、出会えた」



――ドクリと、心臓の鼓動を強く感じた。



「君となら、楽しい旅ができると思ったんだ」



どうだろうか?と、手を差し伸べられる。


何度生まれ変わっても、心臓が弱いから、外への興味があっても毎回目醒めた土地から離れずに短い生涯を終えていた。でも、この英雄魔女となら、旅ができるかもしれないし――もしかしたらもしかすると、長生きできるかもしれない。



「ふ、不束者ですが…よろしくお願いいたします…!!」



初めて触れた英雄魔女の手は、びっくりするほど、冷たかった。





・・・





「君は…見た目の割に、よく食べるね?」



英雄魔女から掛けられた声に、ご馳走に齧り付いていた口が思わず止まる。いや、止めても意味ないから咀嚼しますけど!



「その豚って、よく獲れる個体だよね?」



ええそうですとも、この豚はただの豚で、狩初心者でも獲れる豚ですよ!



「……魔女様は、食べないのですか?美味しいですよ!」


「うーん、あんまり美味しかった記憶ないんだけどなあ」


「そ、れ、は!調理方法が悪かっただけですから!ほら、騙されたと思って食べてみてください!」



ほろっほろの豚バラブロックをフォークに突き刺し、見せつける。



「ほら、早くしてください!崩れますから!」



口元に運べば、英雄魔女は顔を歪めながらもそれを口に入れた。



「………あれ、」


「ほーら、美味しいですよね?ね?」


「……美味しい…なんで…?」


「それはですね~切り方であったり、加熱の温度であったり、漬け込みであったり、食材をどうやったらいっちばん美味しく食べられるかという研究の…って、聞いています?」



いや、いいんだ。うん。ただただ栄養摂取としての食事しかしていない様子だった英雄魔女が、今は美味しそうに食べているのだから。話を聞いていなくたって別に。

私も大人しくこの自分が作った絶品豚料理を食べますから!



「…君の方がよっぽど、ヒト科らしいね」


「え?なにか言いました?」



聞き取れなかった呟きに、フォークを持つ手を止める。



「調理方法の、記憶はあるんだね?」


「あ~、それが、調理に関する記憶は割と残っているので、不思議なんですよね~」


「…本能的なモノなのか」


「え?!ちょっと、それって、私が食い意地張っているってことですか?!」


「ふふ、そうかもね?」



うぅ…こっちは怒っているというのに、楽しそうに微笑むなんて卑怯だ。怒りがどこかへ行ってしまった。



この英雄魔女様は、この世界のどこにもいない、唯一無二の中性的な美しさを纏っている。

顔立ちが美人とか、そういう次元の話ではない。纏っているモノが美しい…もう、自分でも何を言いたいのかが分からないけど、とにかく、この世のモノとは思えないような不思議な美しさなのだ。



「そういえば、なぜこの地に来たのですか?」



まずはここに行きたいと、そう言われて一緒に来た、というか魔法陣に乗って一瞬で移動してきたわけだけど、なにか有名な観光地でもあるのだろうか。



「それはね、アレが、あるんだ」


「あれ、とは?」


「ふふ、着いてからのお楽しみだよ」



なんだかとても楽しそうだ。

冷たい印象を受ける英雄魔女は、笑うととても可愛らしい。ヒト離れしたこの方が笑うと、ほっこりした気持ちになるのだ。



「また魔法陣で向かうのですか?」


「君が問題なければ、歩いて行こうと思うんだけど…どうかな?」


「ここからどのくらいですか?」


「うーん、この森を抜けて、あの山を登りたい」


「山ですかあ」


「厳しい?」


「いや、無理そうになったら言いますので、それでも問題ないですか?」


「うん。問題ないよ。その時は僕が君を担いで登るから」



え、担ぐのですか?!と言いそうになり、口を噤む。筋肉なんて、ついていなさそうだけど、身体強化の魔法なんてサラッと使えてしまうのだろうこの方は。

それにしたってなぜ、わざわざ歩いていくのだろうか?


その答えは、途中から本当に私を担いで登り、お目当ての場所でなにやら探索し始め、見つけたと嬉しそうに微笑んだ後に分かった。



「なにを、見つけたのですか?」



地面に向かって施行していた探索魔法を止めた英雄魔女は、私の周りに結界を張った。



「え?」


「ちょっと待っててね」



再び地面に手を翳した英雄魔女は、凄まじい魔力をそこへ、放出し始めた。



「う、わ、あ…」



思わず声が漏れた。そして息が止まった。

な、なにこれ、え…なんなのこれは……!!


まるで神が、大地を創造しているかのような、そんな光景だ――いや、神様なんて見たことがないし、大地を創造したという神話もそんなに知らないけど…まさに神話の絵画のような神聖なる魔法のようであった。



「…大丈夫?」



放心状態であった私は、結界が解かれていたことにも気づいていなかった。



「……っと、これは…?」


「ふふ、驚いた?」


「……えっと、な、なんなのでしょうかこれは…!!」



もくもくと湯気が立ちこめ、不思議な匂いが広がり、目を凝らして見れば、そこにはまるで湯殿のような……



「あれ、もしかして、温泉知らない?」


「おん、せん?」


「うん。温かい泉って書いて、温泉」


「温泉……え、自然の湯殿ということでしょうか…?」


「うん、そんな感じ。地面の奥深くには、火のエネルギーの塊みたいなのと水溜りがあってね、近すぎると熱水になるけど、ちょうど良い場所だと、ほら、触ってみて?」



手を引かれ、温泉に近づく。手を入れれば、ああ…なんて程良い温かさなのだろう!!



「ふふ、いいでしょう?でも温かいだけじゃないよ?疲れや怪我を癒す効果もある」


「そっ、そんな効果のあるお湯があるのですか…?!」


「じゃあ、入ってみようか」


「はい!…って、どのように…?」



そんな疑問は、試行された魔法により掻き消えた。

目の前に簡易更衣室が現れ、その中にある服に着替えてと言われた。

いや、うん。偉大なる魔女様にできないことなんてないのだろう。多分。



「先に入ってるね」



そんな声が聞こえた。

ええと、今の英雄魔女って…どっち、なのだろうか。いや、もはやそういった次元の存在ではないのかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。

不思議な生地の服を身に纏い、意を決して温泉へ入る。



「う、わあ…!」


「ふふ、すごいよね」



言葉で言い表すことのできない、この感覚に、感嘆の声を上げた後は無言になってしまった。



「……大丈夫?」


「…え?は、はい、大丈夫です!」


「…本当に?気分悪くなってない?」


「なってないですむしろ逆ですよ!なんだかその、なんと言えば良いのか分からないのですが…あ、なんだか天国にいるみたいです!」


「…天国」


「はい!幸せな温かさですね…!」



初めての温泉にうっとりしていた私は、気づいていなかった。

立ち込める湯気の中で、険しい表情をしていた英雄魔女に。





・・・





「そういえば、温泉の作り方、どこで知ったのですか?」



まるで天国のようだった温泉後のほっこりした余韻のまま、涼やかな風に当たりながら英雄魔女がどこからともなく出してくれた果実水を飲む。

ああ、染み渡る。美味しい。幸せだ。



「うーん、作り方というか、昔ね、山に大穴を開けた時に、たまたま出来たことがあってね」


「山に大穴…」


「その何年か後、そこは今でも有名な温泉地になってたよ」



楽しげに笑っているけど、やっぱりこの方は偉大なる魔法使いなのだ。山に大穴を開けられる魔法使いはこの世界で唯一、この方しかいない。



「あの…魔女様は、どうして、何度も世界を救っているのですか?」


「……知りたい?」


「え、あの、教えてくれるのですか…?」


「聞いて、失望しないと、約束してくれるなら」


「失望だなんて!!ぜっっったいにしません!!」


「…なんで言い切れるの?」


「だって!どんな理由であろうとも、世界を救ってくれたことには変わりないですし、それに、私は感謝しているので!」


「感謝…?」


「はい、私は、どんな時代に生まれ変わっても、あなたがいてくれたから、例え短い生であっても安心して楽しく暮らせたのです!いつもいつでも、あなたの噂は、私の心を守ってくれていました」



そう、永遠にも感じるほど長く続いた戦争時も、人々を恐怖に陥れた謎の疫病蔓延時も、魔王復活による魔物大量発生時も、いつだって英雄魔女が救ってくれた。

それは、この世界できっと私だけが知っている事実で、私だけが抱いている気持ちだ。



「………君が、なんで何度も生まれ変わってるか、それは…僕のせいだって、知っても君は、感謝してくれる…?」


「…………え……?」


「一度目の僕は、誰よりも強く、そして誰よりも傲慢だった。だから、ある時一人で倒せると思って油断してたら死にそうになって、君に――ドラゴンだった君に、心臓を食わせたんだ」



――まだ子どもだったドラゴンに心臓を食わせて契約させた。そのドラゴンは魔力を一気に契約者である魔女に取られ、苦しみながらヒト型になり、そのまま消滅した。そしてそれと同時に、魔女も一度目の生が終わったのだと――



「君が、二度目の生を終えた時に、僕の心臓が戻って来る算段だった。でも、君は、何度も生まれ変わった。理由は分からなかった。これは僕の罪だと思った。だから、この世界のどこかにいる君が、安心して生きていけるように闘うことは、ただの罪滅ぼしだった」



押し黙ってしまった私に、英雄魔女が戦々恐々としていたことには無論、私は気づかなかった。


どうしよう、この気持ちはどう表したらいいのだろう、だって、だってわたしって……



「ということは、私…ドラゴンになれるの…?」



嬉しい気持ちから声が上擦ってしまった。



「あー!もう!私、今、生まれて初めて、自分の忘れっぽさを恨んでいます!ほんっの少しもドラゴンだった頃の記憶を思い出せない!」


「……僕を、恨んでない?」


「いいえ!むしろありがたいと思っていますよ?だってさすがに長寿命のドラゴンでもこんなに永く生きられないでしょう?」


「それは…そうかもしれないけど…」


「それに!こんなに美味しい料理や、天国みたいな温泉を知らずに生涯を終えるなんて、考えられない!」


「…君は、」


「というか、心臓がなくても生きていられるって、どう考えても、意味がわからない!本当にあなたは、偉大なる魔法使いですね!」



ははは、と、泣き笑いする英雄魔女。



「…好奇心旺盛なのは、あの、無邪気な子どものドラゴンだった時と、同じだ」


「ええ、覚えてないですけど、子どものドラゴンとはいえ無理やり契約はできないと思うので、きっとドラゴンだった私は喜んで契約したと思うのですよ!うん、絶対にそうだと思います!」



その時のことを思い出したのか、随分と楽しそうに笑っている。



「あ!あの、もし私があなたに心臓を返したら、どうなるのでしょうか?」


「さあ…どうなるだろうね?僕にも、想像がつかない。ただ一つ分かるのは、もう二度と、生を繰り返すことがないってことかな」



まあ、私はそれでもいい。今までも、今の生涯も、大満足だから。疲れたと言っていた英雄魔女だって、もう生を繰り返したくないのだろう。



「それなら、今のこの身体が死にそうになったら、心臓、返しましょうか?」


「…君は、それでいいの?」


「もちろんです!では、決まりですね!それまでに、たくさん美味しいものと温泉、見つけましょう!」



そう言って、旅の続きを約束したら、ついに英雄魔女は泣いてしまった。

嬉し涙だというそれに、二つの心臓が高鳴った。そんな気がした。



明晰夢でみた映像を物語にしてみました。

そんなこんなで、きっと、旅は続きます。

ちなみに、英雄魔女は心臓がないので二度目以降は不老不死だったり、まだ主人公に言えてないこといろいろあったり、なんやかんやありながらほのぼの旅します。


※性別は読んでくださる方々の想像にお任せしたいので、どっちともとれるしどちらでもない表現となっています!

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