怪談話も時代の遷り変りに翻弄されて
つい最近、若チャラいのがスマホ片手に強がる話に、怪談話を聴いて恐がっていたという昭和世代を馬鹿にしていた。
いや、当時の子供は恐がっていた子よりも、面白がって心霊ツアーやお化け探しにフイルムカメラを持って挑んだ子が多いからこそに体験記が多く残っているのでしょ?
その最中に起こった奇妙な出来事の怪奇現象に恐怖した話であって、怪談話に恐怖した訳ではない筈。
だからこそに元となる怪談話が必要なのであって、そこに恐いと思える心理描写が重ならなければイケナイ訳です。
けれど、昭和生まれの子供にとっては恐いと思えた怪談話も、平成生まれの子供にはそれの何が怖いのかが判らない。
例えば……
口裂け女は、当時の街と社会性が世情を反映するかの如くに、夜な夜な街を彷徨く女に迂闊に声をかければ、狙われるのはお前の方だ!
これは、夜の帳に女遊びに走るサラリーマンや大学生に対する戒め効果と、子供に対する夕方過ぎには帰って来いよ。という母親からの恐怖政治的なメッセージもあったような感がある。
けれど、今やLEDが照らす夜間では、切れる寸前の蛍光灯のようなチカチカが起こらないから恐さを引き立たせるような場面も無く、怪しい路地には防犯カメラが設置され……
むしろ、子供や学生やがソコを歩けば補導され、大人が通れば職務質問。
幽霊や怪奇現象見たさに近付く者は、スグに警察のご厄介。
つまり今や、怪談話の現場は警察の監視下にあるのです。
平成生まれが怪談話の何が怖いか判らない。
当然でしょう。
だってソコ、警察官の狩り場です。
他にもある……
トイレの花子さんに見るオカッパ頭は、昔のイメージから随分と変わってしまった感があるせいか、怪談話が流行った昭和の頃に作られた時は少し昔の戦時下の女の子の髪形というイメージだったように思いますが、今ではファッションとしてボブスタイルにも通じて隣に居る女子や男子も居るだけに、少し昔に無念さを残して亡くなった子の幽霊的なイメージが思い描けないのかもしれません。
怪談話もネット社会に潰される……
情報過多に元ネタに沿って四谷怪談のお岩さん等、お墓や現地をアニメやドラマの聖地巡礼のような扱いに、夜は迷惑だからと昼間に行ってご挨拶にSNSで写真をUPし、当該の寺や神社もゆかりの地としてソレを売り込み営業とまで。
ネット情報の中には、心霊ツアーでナビゲーターをしていた当時の私が、移動の暇にワンボックスカーに乗る七人程の仲間を饗そうとその場しのぎに作った話にソックリなネタも散見しまして……
これは、あの時の同行者の中の誰かか、そこから口伝てに派生した元は私の作り話じゃないのか? と、疑う程の怪しい情報が散乱しているネット社会。
そんな有象無象の情報社会の世の中に生まれた子達が恐いと思うものは、心に聞かせる怪談話よりも、目に見える形のグロテスクな表現にばかり注がれる物理的な怖さを追っている。
だから最近のホラー映画を見ても、グロテスクな描写ばかりで、恐怖心を煽る心情描写は役者同士の争いに人の醜さばかりが描かれる。
それでも、子供が恐いと思うものは昔と同じで、暗く淀んだ見えない何か……
だから子供はスマホを向けて、見えない何かを見ようとするだけ。
そう、平成生まれの臆病風にはスマホという明るく闇夜を照らす武器が与えられているだけの事。
むしろ昭和生まれを馬鹿に出来る程の度胸は無いからこそに、スマホというネット社会を武器に強がってるの。
だから今、平成生まれの子達を恐がらせたいなら、スマホを取り上げればそれだけで昼でも泣いてしまうわ。(笑)
上から目線に怪談話を聴いて、何が怖いのか分からないと昭和生まれを馬鹿にする子が居たら、スマホ無しで夜中の町外れを歩いてみろと言ってやれ!
その、何に襲われるかも判らない状況下に、何かを見れるかもしれないのが怪談話の極意なのだと……




