手作りマスクの正体は……
小学生の時、俺は水泳の授業が苦手だった。
別にカナヅチという訳じゃない。当時の俺でもプールの端から端まで普通に泳げた。
それでも苦手意識があるのには訳があった。男子なら一度、経験することもあるであろうアレだ。
俺はよく、水泳の授業がある日にパンツを失くしたのだ。一度や二度なんてレベルじゃない。両手で数え切れないほどだ。
そのせいで、母さんにこっぴどく叱られた。失くしたものの中には、お気に入りのものもあって余計にへこんだ。
そんな悲嘆に暮れる俺を慰めてくれたのは、隣に住む幼馴染――柚木渚だった。
まだ自我が芽生えて間もない3歳の時、俺は彼女に出会った。渚とは同い年ということもあってすぐに仲良くなった。
毎日のように遊び、互いの家に行き来する。学校にも一緒に登校する。それが今でも続いている訳だが……。
「そのマスク、手作りか?」
朝、今日も今日とて俺は幼馴染と一緒に学校へと向かっていた。
渚と顔を合わせて早々、彼女の口と鼻を覆うマスクの違和感に気付く。
「うん、そうだよ。スゥウウハァアアア」
何だか幼馴染の鼻息が荒い。大丈夫なんだろうか……。
渚の趣味は裁縫だ。マスク以外にも自前で服を作ったりしている。
「しかし、随分と懐かしいロゴが入ってるな……」
渚が着けているマスクには、昔流行っていたアニメのロゴが入っていた。俺も大分ハマっていて、親にグッズを買ってくれとせがんだものだ。
「そうかな? スハッスハッスハッ!」
さっきから渚がマスクの匂いを嗅ぐように息をしている。
………………。
気のせいだろうか? マスクに使われている生地に既視感がある。
件のアニメが放送されていたのは10年近く前だ。店頭はもちろんのこと、ネットでもロゴの入った布が売っているのかは怪しい。
「なあ……そのマスク外して見せてくれないか?」
「だ、だめだよ! 人前でマスクを外すなんて! スハスハスハスハ!」
幼馴染の様子がおかしい。マスクを着けて息苦しいにしても、呼吸の回数が多すぎる。
待てよ……。確か昔履いていたパンツに同じロゴがプリントされていたような――。
「!!」
――――――。
フラッシュバックするかのように、過去の記憶が甦る。それは、幼馴染と過ごした夏の思い出。
『セイくん、泳ぎ方教えて』
渚は名前とは裏腹に、泳ぐのが下手だった。水泳の授業中、彼女は頻繁に俺のところに来た。
小学校低学年の水泳の授業は、授業というよりは遊びに近い。プールの底に沈んだ石を拾うとか、そんなものばかりだった。
だから教師も授業そっちのけで俺と渚が喋っていても、目くじらを立てるようなことはしない。
『セイくんって、水泳道具を体育館のどの辺りに置いたの?』
パンツを失くす時、大抵幼馴染からこんなことを聞かれた気がする。俺はその露骨な問いに、特段気にすることもなく正直に答えた。
渚は授業が終わると、いつも一目散にシャワーを浴びて教室へと戻った。
今になって考えてみると、渚の行動は怪しいところばかりだ。
俺のパンツは失くした回数が多いにも関わらず、一度足りとも職員室の前の落とし物コーナーに並んだことがない。
それはつまり、失くしたのではなく盗まれた可能性が高いということ。俺は無意識に、男子の下着を盗むやつなんていないだろうと、その可能性を思考から除外していた。
「まさか……お前……」
「え? 何? スゥスゥスゥハッハッハッ!」
疑惑が確信へと変わる。
「そのマスクの裏側を見せろ!」
「イヤ! セイくんと私、濃厚接触になっちゃうよ!」
「下らないこと言ってないでさっさと外せ!」
強引に幼馴染からマスクを引き剥がす。マスクの裏面を確認すると、とある人物の名前がマジックで書かれていた――。
【すずきせいや】
俺の名前だ。
間違いない。渚が着けていた手作りマスクは…………俺のパンツから作られたものだ。
「どういうことだよ。コレ!」
「ごめんなさい……私……セイくんの温もりを感じたくて……」
「だからってパンツをマスクにすることないだろ!」
「うぅ……だって……私セイくんのことが大好きなんだもん!」
へ……? 今渚のやつどさくさに紛れて何て言った?
「セイくんが悪いんだよ! ちっちゃい頃は一緒にお風呂入ってたのに、最近誘っても一緒に入ってくれないし!」
「当たり前だろ! 俺たちもういい歳なんだから!」
「いい歳だからだよ! セイくんの幼馴染ってだけじゃ私は満足できないの! セイくんお願い! 私と付き合って!」
「おふっ!」
幼馴染からの不意の告白に面食らう。
俺は今まで、共に幼少期を過ごし、家族のように身近な存在である彼女に特別な感情は抱いていなかった。
だがこうして、そんな渚から熱い想いを伝えられるとなると悪い気はしない。いや、むしろ心地いい。
「わかった。付き合うのはいい。だけど、そのマスクは人前で着けないでくれ。というか捨ててくれ……」
「やったぁ~! セイくんの彼女になれた! やった! やった! やった!」
よほど嬉しいのか兎のようにぴょんぴょん跳ねる幼馴染。そしてその明るい笑顔を俺に向けて一言。
「あ、でも、マスクは捨てないといけないから、新しいマスク作らないと。セイくん、使ってないパンツ頂戴! 恋人になったんだから、いらないパンツくらいくれるよね?」
こいつ……。
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