セクハラ先輩は、時にシリアス展開をぶち壊すのかもしれない
「……眠い」
朝のホームルームが終わり、ガヤガヤとした喧騒に包まれる教室の中で、1人ボソリと呟く真太。
クラスメイトが多種多様な雑談をする中で、真太だけが机に突っ伏している。
眠い理由は明確で。
「……考えすぎで寝れなかったな」
何故朱音が、真太の過去を聞いて、あんなに寂しそうな顔をしていたのか。
何故、どこか納得したような顔をしていたのか……。
それが真太には分からない。
考えても考えても分からなくて、結局眠ることが出来ず、1日オールしている。
「あんなに昨日疲れたのになぁ……」
窓から差し込む日光が教室内を照らす。
じわりと汗ばんできた額を、ハンカチで拭った。
「そういや、あの痛みは……」
頭を触った時にふと思い出す。
昨日起きた謎の頭痛。
『告白とか……』
朱音がそういった時に、真太の頭がズキリと痛んだ。無論、これまでの人生で告白なんてしたことないし、そもそもするような人生を送っていない。
真太とは無縁のその言葉。
それなのに、なぜ頭は痛んだのか。
いくつもの謎に頭を抱える。
「ほんとに……なんなんだよ」
中学二年生の時の記憶が無い理由は覚えていない。
すっぽりと抜け落ちているのだ。
中学一年、三年の時の記憶はあるのに、何故か二年だけない。
結局も分からない……。その無力感に、真太は思わず苦笑いをうかべた。
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4時限目が終わり、昼ごはんの時間となった訳だが、もちろん一緒に食べる友達なんて真太には居ない。
朝に朱音が寝ている間キッチンを借りて作った弁当を、1人モソモソと食べ進める。
周りではクラスメイト達がそれぞれのグループで集まり笑いながら話している。
陽キャリア充共め……と戒めを込めた念を送る真太。
「俺にはああ言う誰かと飯食うとか言うのは絶対にないだろうn……」
「後輩くーん!ご飯食べよー!!」
シーーン……と。
教室が静まり返る。
数秒の沈黙後、ザワザワと小声で何かを話し出すクラスメイト。
『あれって朱音さんだよな……?』
『うわ本物。可愛いすぎる。朱音様……』
『後輩って誰のこと??俺?』
『んなわけねーだろ』
『凄い……綺麗……』
などなど。
そして、当の真太は……
「居ないふりをするのが、吉……」
「後輩くん……あ、宮本真太くんいますか?」
ザワっとなってから、クラスメイトの視線は一斉に真太の元へ。
30の目が真太へ向けられる。
そうだった……この人学年トップクラスの美少女なんだった……と、この数日間のせいで忘れ去っていたことを思い出す。
さすがに無視で通すのは無理そうだな……と、椅子から腰をあげて、朱音に向き合う。
「えと……朱音先輩、なんでしょうか」
「あ、名前で呼んでくれたね」
えへへ……と頬を若干赤く染める朱音。
それにまたもザワザワし始める教室。
「要件をお願いします」
「実はさ、伝えたいことがあって。屋上来てくれないかな?」
モジモジしながらそう言った朱音の破壊力は抜群だ。
それにまたザワつくクラスメイトたち。
『告白?』
『なんで宮本が?』
『に……似合わねー……』
「うるせぇよ」、と言いたい真太だが、似合わないのは確かなので、なんとも言えない気持ちを胸の奥にしまいつつ……。
ダラダラと流れ続ける冷や汗。
このままではまずい……と悟り、真太はすぐに結論を出す。
「そうですか。では行きましょうか。屋上」
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「先輩、あれは流石にタチが悪いですよ」
「だって後輩くん、あれくらいしないと来ないでしょ?」
屋上には人はおらず、二人だけ……とは行かない。
なんせ、やはり後をつけてきたクラスメイトが何人か……こういう事が簡単に出来てしまうのが陽キャの恐ろしいところだ……と思いつつ。
「……まぁいいです。それで?伝えたいことって?」
「まぁまぁ。そう急がなくても。その美味しそうな卵焼きをちょうだい」
朱音のその態度に若干イラッとしながらも、卵焼きを適当に箸で突き刺して、無理やり朱音の口の中にねじ込む。
「これで満足ですか?早く話して……って箸を舐めるな!」
「んふぅ……。全く、自分の箸を突き出して関節キスを狙うなんて大胆だね後輩くん」
「もうここまで来るとセクハラどころかわいせつ罪になるんじゃないかと思ってきました」
ジト目で真太はそう言うが、朱音はそっぽを向いて聞く耳を持たない。
真太はそんな朱音に「はぁ……」とため息を着く。
──しばしの沈黙の後、朱音が真太に向き直る。
「後輩くん。話なんだけどさ」
「あ、はい。なんでしょう」
箸と弁当を置いて、真剣に朱音の目を見る真太。
朱音はすぅ……と息を吸って……
「君、総合文化部に入ることになったから」
「そうですか。部活に…………って、え?」
「だから、総合文化部にはいるの。部員になるの」
「な……なぜ?」
「君帰宅部でしょ?」
「それとこれとなんの関係があるので!?」
突然の発言に絶叫する真太。
だがそんな真太を気にすることなく、朱音は続ける。
「いや実際はさ、私が部活に行ってる間、後輩くんは私の家にいるわけでしょ?そしたら何されるかわかんないし」
「その辺で時間を潰しますよ!先輩の家に一人とか死んでも嫌だ!」
「ほら、真太くんも思春期真っ只中の男の子なわけで。私の下着とか見つけたら何するか分からないでしょ?」
「流石にしないわ!少なくとも俺はそんなド変態じゃない!」
「じゃあなんてわざわざ、私の下着が干してある洗濯物干しに前触れてたのかな?」
「俺の靴下を取ろうとしたんです!不可抗力でしょあんなの!」
「そう言って誤魔化すのはどうかと思うよ」
「あんたのそのどピンクな頭の方がどうかと思うわ!」
ゼェハァと絶叫し尽くす真太。
朱音は「つまんないのー」と言いながらもニヤリと笑みを浮かべている。
「まぁとりあえず、そういう訳で今日から君には総合文化部に行ってもらうから」
「んなめちゃくちゃな……あのですね先輩。こっちにも事情ってもんが……」
「陰キャで内気でクラスカースト最底辺の君がなにか予定あるの?」
「たまに先輩って人の心を抉ってきますよね」
朱音は立ち上がって、「じゃあ、部室で!」と言い残し、真太を残して先に屋上から下に降りる。
真太はしばしその場に立ち尽くしたあと、
「昨日までのシリアスムードは……何処へ……?」
考えていた自分があほらしい……と、輝く太陽に向かって一人笑みを浮かべるのだった。