セクハラ先輩は、色々な表情を見せてくれるのかもしれない
「先輩。ここまで来るのに2時間かかってるんですけど……」
「後輩くんが褒めてくるのが悪いんだよ」
もちろん、早く会計を済ませて、本屋に行きたいからではあるが。
それが逆効果に働いていた事を知り、頭を抱える真太。それよりも、適当に褒めただけなのに、朱音が心から嬉しそうな顔をするものだから、余計に胸が締め付けられる思いをする羽目になった。
そんなことを考えている間に、エスカレーターを使って五階にある書店へと辿り着く。
「相変わらずポップが凄いなここは……」
イービーンズ内にある書店、萬屋書店は、ポップが豪華に作られており、仙台にある書店では一番凄い書店と言っても過言ではない。
真太はラノベコーナーへと進むが、その途中にも様々な作家のサインや、漫画のポップが作られていて、もはや1種の博物館のようだ。
「うわすげぇ。三鷹先生のサインある……ってこれ、先輩のサインじゃないですか」
「え?あ、ホントだ。そういえば書いてた気もする……」
ラノベコーナーにたどり着き、そこに飾られたサインを見ていると、真太の目に止まったのは朱音の──ラノベ作家アカネ先生のサインだった。
「先輩、そういえばラノベ作家ですもんね」
「そういえばって何そういえばって。しっかり作家だよ」
「ほら、昨日は執筆してなかったし」
「私こう見えても締切は守るから。7巻の原稿はもう出してるの」
胸を張ってそう言う朱音。
「へぇ……先輩の事だから締め切り破りまくって監禁されてるのかと思ってました」
「ラノベ作家をなんだと思ってるの?……否定できないけど」
「マジかよ……」
唐突に表情を暗くさせる朱音を見て、真太も思わず顔を歪める。
ラノベ作家の闇が垣間見えたところで、真太はさっさと目当ての本を何冊か手に取ってから、ポップなどでおすすめされているラノベもあらすじを見てから購入を検討する。
「ここの書店、本当に面白いのしか紹介しないから信用できるんですよね〜」
「はえー……。作家からしたらやっぱりポップとかあると売上上がるから嬉しいな」
真太とは別の目線でこの書店を見ていたらしい朱音も、目線は違えど楽しんでいるように思える。
「先輩のラノベもポップで知りましたし」
「へぇ。作られてたんだ。それは書店の皆さんに感謝だね」
「ですね」
「おかげで可愛い後輩くんが私のファンになってくれたわけだし」
「何もおかしいことは言っていないはずなのに、あなたが言うだけで別の何かを感じます」
気のせいだよ、と笑う朱音。
それを横目に、真太はさっさと会計を済ませた。
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「お腹すいたよ後輩くん」
「じゃあ帰りますか」
「デートなんだから、何か食べに行こうよ」
「……何か食べたいのがあるんですか?」
「後輩くんのおち……」
「帰りますか」
「冗談だから!なんでもいい!なんでもいいから!」
イービーンズを出て、再び仙台駅に戻ってきた二人。
わんわん喚く朱音を無視しながら、どこで昼飯を食べようかと悩む真太。
「うーん……先輩、ラーメンとかは食べますか?」
「あぁ、うん。大好きだよ。ウーバーでよく頼む」
「不健康な食生活してそ〜……。まぁいいや。昼飯、ラーメンにしましょうか」
「初デートで初ご飯……これは初夜も間近?」
「安心してください。一生来ないです」
東口から西口方面へ歩いて徒歩7分。
緑溢れる仙台駅西口方面の一角に、そのラーメン屋はある。
「『とうがし』……あれらしいですよ。だいぶこってりらしいですよ」
「こってりは私の愛人みたいなところあるから安心して」
「何を安心しろと……」
昼時には混むと書かれている通り、開店してからすぐに向かったものの、既に店内はほぼ満員だった。
元々店自体が小さいのもあるが、これだけの人が食べにくるということで、真太の期待は上がる。
「らっしゃっせー!!」
店内に入ると、食券販売機がすぐ目の前にある。
「私みそで」と朱音。
「じゃあ俺は醤油で行きますかね……」
購入後、空いていたふたつのカウンター席に腰掛け、店員に食券を渡す。
「スープ、こってり、あっさりの二種類ですがどちらにされます?」
「私こってりで」
「じゃああっさりでお願いします」
「了解しました〜!」と威勢のいい声で返す店員だが、隣を見ると何故か朱音はむっとしている。
「後輩くん、私と同じ注文するの避けてるでしょ」
「ははは、そんなことあるわけないじゃないですか」
「確信犯だこれ……」
はぁ……と溜息を漏らす朱音。
真太はスマホを取り出し、Twitterの確認をする。
……と、
「……あの、さっきから服引っ張ってくるのウザイんですけど」
クイクイっと服を引っ張ってくる朱音。
その表情は不服そうである。
「仮にも女の子とのデート。話そうよ何か」
「……なんの話しするんですか」
スマホをしまって、朱音に向き直る真太。
「最近楽しかったこととか?」
「……」
「私は後輩くんと会えたことが嬉しかったし楽しかったけどね」
「はいはい。ありがとうございます」
「適当だなぁ……」
唇を尖らせる朱音。
朱音はすぐに表情を変え、会話を続ける。
「あ、中学校の時の話とか?」
「何故そこに飛んだ!?」
「んー……なんとなく?後輩くんの過去知りたいし」
ニコニコと、変わらず話している朱音。
……しかし、真太はどこか違和感を感じていた。
「つまんないですよ。俺の過去とか」
「いいじゃん!聞かせてよ!恋人とかいた?告白とか……」
その時だった。
ズキリと、頭が痛んだのは。
「っ……」
苦悶の表情を浮かべ、いたんだ頭に手を当てる。
「こ……後輩くん?どうかしたの?」
心配そうに真太を見る朱音。
「……いえ。過去のことを考えたら、どうやら俺の中の俺が覚醒してしまうようです」
「……本当に大丈夫?」
ふざけた言葉を気にすることもせず、心配を続ける朱音。
その時に、ふと。
真太の口から、その言葉が滑り落ちた。
「中学二年生の時の記憶が、ないんですよ」
言った後に真太は気付く。
今言ってどうするんだ。雰囲気を悪くするだけだ……と。
何故か痛んだ頭から手を離し、朱音の方を改めて見ると、
「……そっかぁ」
儚げに、溜息を着くようにそう言った朱音の顔が、真太の脳裏に焼き付いた。
「美味しかったね、ラーメン」
「ですね。あっさりって言ってる割に、大分こってりだったけど……」
店を出た二人は、明るく会話をする。
だが、それはどこか違和感があり……。
二人がそれぞれ、「あの言葉」についての言及を避けているようだった。
「帰ったら、私と初めての体験だね」
「しません。本を読みます」
「つれないなぁ……」
たはは……と笑う朱音。
空に浮かぶ太陽が、ジリジリと地上のものを焼いている。汗が何故か、止まらない。
それを拭き取るように吹く生ぬるい風。
朱音のあの顔が……脳裏から離れない。