セクハラ先輩は、ネカフェ男子とデートしてくれるのかもしれない
「あ。おはよう後輩くん」
「……まだ7時です。カーテンを閉じてください」
バッと開かれたカーテン。
窓から差し込む朝の日差しが、真太を照らす。
「何ふざけたこと言ってるの?どんだけ不健康な生活してるの?」
「朝から説教はなかなか……」
このままでは朱音に強制的に起こされる……と、自分からムクリと、ベットから起き上がる真太。
ポリポリと頭を書いてからスマホを開き、LINEの返信を始める。
「美人な先輩を放っておいてスマホをいじるなんて、君はなかなかに鬼畜だね」
「先輩ほどじゃないですよ」
他愛のない話をしながら返信を終え、スマホを置いてふぅ……と息を吐く。
「先輩。では、そろそろ俺は帰らせてもらおうかと思います」
「え?」
「ぶっちゃけ、ネカフェ代が少なくなったので、凄い助かりました。それでは」
「いやいやいや!?」
荷物を持って、玄関口に向かう真太の腕を掴むのは朱音。
「ダメだよ!?何帰ろうとしてるの!?」
「はぁ?そりゃもう泊まったし……」
「君は!これからずっとここで住むの!」
「何言ってんだこの人は……」
目を見開いてそう言ってくる朱音。
嫌そうに朱音の腕を振り払おうとする真太だが……
「は……離してください。腕力強すぎて、普通に痛いんですけど」
「君が帰らないと言うまで掴むのは辞めない!」
「ジ○ジョじゃあるまいし……つか痛いんで……痛い痛い!!やめ……はなせぇぇぇ……」
「だったら、ここで帰らないことを認めて!というか、ほんとに帰ったら、年齢詐称バラすから!」
「こんの悪魔め……」
さすがに退学は宜しくないと思い、力を抜く真太。それと同時に、朱音も腕を掴む力を緩めた。緩めたとはいえ、まだガッチリと掴んではいるが。
「……分かりましたよ。泊まればいいんでしょ泊まれば」
「分かればいいんだよ」
「……こっちはセクハラでお腹いっぱいなのに、あなたは良くもまぁそんな嬉しそうな顔を……」
「こっちからしたらいい事づくめだし」、と言いながらリビングへ戻っていく朱音。
それについて行くように真太もリビングへ戻る。
「あ、そういえば今日買いたい本の発売日だったな……」
ふと思い出した事を口に出すと、それにすかさず朱音は反応する。
「お。書店デートの予感」
「しません。一人で行きます」
「そんな冷たいこと言わずにさ」
「元々1人で行くつもりでした」
「じゃあ、私も連れてってよ」
「嫌です」
「胸を揉ませてあげよう」
「なんで俺が揉みたい前提なんですか……」
「思春期の男の子ってそういうもんでしょ」
「違うと言いきれないからなんとも……まぁともかく一人で行きます」
「なんでそんなに嫌なのさー……」
ぐでーっと机に突っ伏す朱音。
(仮にも)美人なので、それは随分と絵になる光景だが、真太は目を逸らしつつ、
「先輩と二人でいたら、『あいつら付き合ってんじゃね?』とかウワサされて面倒でしょうが」
「え……ヤダ。まさか私のこと心配してくれてたなんて……」
「いやーほんとに心配なんですよ。だから一人で行きます来ないでくださいお願いします」
「おかしいな……前半は棒読みだったのに後半はしっかりと伝えてきた……」
チュンチュンと聞こえる子鳥のさえずり。差し込む日光が照らす部屋。
素晴らしい朝なのに、朱音のせいでどうにもいい朝とは思えない……そんな真太である。
「じゃあさ、ほら。行かなかったらバラすよ。年齢詐称」
「味をしめてる……」
やや呆れ顔でため息を着く真太。
「あーはいはい分かりましたよ連れてけばいいんでしょう。もう埒が明かないので、いいですよ。行きましょう」
「!!」
子犬のような目で立ち上がり、クローゼットをゴゾゴゾと漁り出す朱音。
「今から着替えるから外で待ってて……あ、別に見てってもいいけど?」
「俺は別に年上には興味無いので、出ていかせてもらいます」
のそのそと部屋を出ていく際にも少し聞こえた衣擦れの音が、やけに頭の中に焼き付く真太だった。
「来たぜ!仙台駅!」
「家から徒歩5分の超駅近物件に住んでる人がよくそうテンション上げれますね」
「じゃないとやってらんないでしょ」
仙台駅の東口。
太陽が煌々と照りつけるのは、高層ビル立ち並ぶ仙台の街並みと、数え切れないほどの人々。
「……流石東北一とか言うだけありますね。土日だと人が多くて頭おかしくなりそうだ」
「こんくらい慣れておかないと、東京に行ったら死んじゃうかもね」
冗談交じりに笑う朱音を、ぐったりとした表情で見る真太。
「どこから行く?私はどこからでもいいんだけどさ」
「俺は早いところ本屋行って帰りたいなと思ってます」
「せっかくのデートなのに、そんなこと言わないでよ」
「デートのつもりはありません」
キッパリと言い切り、東口を出てからほぼ正面にある 建物──『イービーンズ』を目指し歩く。
イービーンズとは、所謂複合施設のようなもので、書店やゲマズなどのオタク系を始め、ゲーセン、飲食店、服屋など様々な店舗がイービーンズ内に存在する。
「もちろん、メイトとゲマズも行くよね?」
「さっきも言ったと思いますが、本屋行ったら帰ります」
「冷たいなぁ……」と笑う朱音をよそ目に、真太は歩みを進めた。
「みてこれ。この服とかどうかな」
「……いいんじゃないですか」
何故だ……。俺は確かに書店に行って帰ると言ったはずだ……。
そう心の中で唱え続ける真太は今、イービーンズに入ってすぐの服屋で立ち止まっていた。
「この服可愛くない?似合う?」
「うわぁーすげーガチ恋不可避だわ」
「また棒読み」
むー、と軽く頬を膨らませる朱音。
これである。
ぶっちゃけ、なんでもいいから早く買ってくれよ……と真太は思う。
思い返せば、誰もが言っていた。女の買い物は長いと……。
「こういうのに付き合わされそうだから連れてくの嫌、ってのもあったんだけどな……」
小声でそう呟きながら、朱音の方を見ると、いくつかの服を手に取り、うんうんと悩んでいるようだった。
「うーん……悩むな……どれを買おうかな」
「先輩」
「ん?どうしたの?」
「俺、左手の白いヤツの方がいいと思いますよ」
「な、なにゆえ?」
突然話しかけられたからか、キョドり出す朱音。
それに動じることなく、真太は続ける。
「先輩って、白が似合うと思うんですよね」
「いつかは後輩くんの白いので染めて欲しい気持ちもあるよ」
「……」
ド下ネタに一瞬言葉が詰まるが、なおも続ける。
「ま……まぁ、その話はいいとして、その白い服を着た先輩は、もう……さながら天使でした」
「ほ……ほんと?」
疑うようにジト目で真太を見つめる朱音。
「見てくださいよ。この純粋無垢な瞳を」
「若干クマがある、腐ったような目にしか見えない」
「ははは、まぁとにかく、白いのでいいと思いますよ」
唐突なボディーブローをモロに食らい、表情が崩れるが、なんとか話を進める。
「そっかぁ。……そんなに似合う?」
「天使って言ってるでしょう?」
疑心暗鬼に真太を見続ける朱音。
「……わかった。後輩くんがそう言うなら、そうするよ」
「その言葉を待っていた……」と、心の中でガッツポーズ。
「あぁ、天使のような先輩がまた見られると思うと、本当に楽しみですよ」
「そこまで言わなくても……」
左手に持っていた服をひょいっと持ち上げる朱音。
「じゃあ、お会計してくるから、待っててね」
「いつまでも待ちます」
パタパタと走って行く朱音。
「よし……ミッションコンプリート……」
会計を始めた朱音を見て、清々しくそう言った真太。
会計中も、どうやら店員と話しているようで、随分と楽しそうである。
「……まぁとはいえ、俺は、『女の買い物は長い』に打ち勝ったのか……」
片手を空に突き上げ、昇天ポーズ……。
「さぁて、やっとのこさ本屋だ……。買いたい本を確認するかね」
ネットで、今日発売の本を改めて調べる真太。
と、会計が終わったらしい朱音が戻ってきた。
「先輩、意外と会計時間かかっ……て……?」
「あー、実はさ、後輩くん。こういうのも店員さんにおすすめされたんだけど、どうかな?いやさー、彼氏さんが喜びますよって。私たちカレカノに見えるんだって。きゃっ!」
頬を赤く染める朱音をよそに……。
「……は?」
両手に抱えたその服を見て、真太はぽかんと口を開けるばかりだった。