お人形イラストレーターは、ネカフェ男子にいじられるのかもしれない
「よう上茶谷」
「……っ!」
部室のドアをガラリと開けそう言うと、ビクリと体を震わせる上茶谷が。
「どうした上茶谷……いやばかなめこ先生……」
「その名前で呼ばないでっ!」
「朱音先輩は読んでただろ」
「アカネはいいの!でも真太はダメ!」
「名前呼びとは大胆だなお前」
「なっ……違う!バカじゃないの!?」
顔を赤くに染めて椅子にへたり込む上茶谷。
真太はそれをニヤニヤしながら見てから、自分も椅子に座る。
「なぁ上茶谷」
「……何?」
「触手イラストって、お前の体がモチーフだったりするのか?」
「な…………ば……ばばば……ばっかじゃないの!?」
「ほら。お前にそっくりな体つきを……」
「実物を出さないで!しね!しね!」
真太が右手に掲げるのは、「創世記の幻始竜」の第3巻。
メインヒロインが触手に襲われるシーンで、いわゆるサービスシーンな訳だが……。
その体つきは、上茶谷──ばかなめこ先生の圧倒的な画力により、上茶谷の体つきをそのまんま写真で起こしたくらいに、緻密に描き込まれていた。
「額縁に入れて部室に飾るか?」
「もうほんとにしね!」
耳まで真っ赤に染まったまま、真太に罵倒を浴びせ続ける上茶谷。
真太はまぁいいや、と「創世記の幻始竜」をカバンの中にしまう。
「……もう見ないでねそのイラスト」
「創世記の幻始竜の3巻は神巻だから、不可能かもしれない」
「イラストだけ飛ばせばいいじゃない」
「イラストも神だし。神イラストって日本を超えて世界中から言われてんの知らない?」
「……知ってるわよ」
「上茶谷の裸体は、全世界に知られてるわけだな……」
「も……もういい!あんたなんて嫌い!」
冗談冗談、と朱音のように笑う真太に、上茶谷は、
「……なんかアカネみたいね」
「俺も朱音先輩に毒されてるのかもな」
「なんでそう言いながらニヤけてるのよ」
「……え?俺にやけてた?」
上茶谷に言われて、顔をぺたぺた触る真太。
「なに真太。朱音のこと好きなの?」
「……好きじゃない」
「それは本当に……、いえ、本当見たいね」
真太の神妙な顔つきに、上茶谷は察したようにそう言った。
「……アカネは、あなたのこと好きみたいだけど?」
「そうらしいな。理由は全くわからん」
ガラッと椅子から立ち上がり、ふと窓の方に目を向ける。
ヒラヒラと風に煽られるカーテン。その隙間から日光が差し込み、その眩しさに真太は目を塞いだ。
「……カッコよく黄昏れるのって、意外とムズいんだな」
「馬鹿じゃないの」
ごもっともです……と、再び上茶谷に向き合う。
「そういえばだが、ここの部員は俺と朱音先輩と上茶谷だけなのか?」
「いいえ?他に3人いるわ」
「へぇ?……幽霊部員多すぎだろ」
「幽霊部員と言うか……まぁ1人はその類だと思うけど、後のふたりは色々忙しくて」
「と言うと?」
真太がそう聞き返すと、上茶谷はなにやらパソコンでカタカタと何かを調べ始めたようだった。
「何調べて……ってVTuber?お前見るの?」
調べていたのはVTuberで、『虹川しずく』と検索ワードに打ち込まれていた。
VTuberをあまり見ない真太でも、名前は聞いたことある……と言うくらいの、なかなか有名なVTuber。
「……んで、この人がどうした?」
「だから、これが部員の1人」
「は?」
「この虹川しずくってVTuberの中の人が、部員なの」
一瞬思考がフリーズした真太だったが……
「まぁ、100万部作家とド変態イラストレーターがいるくらいだもんな……」
「ド変態イラストレーターって言うな!」
はいはい、と軽く流して、話を続ける真太。
「んで?あともうひとりは?」
「声優。まだ有名じゃないけど」
「嘘だろ。ここでなんも出来ないの俺だけ?」
「そんなことない」
「上茶谷。慰めはいらないんだ」
「本当にそんなことは、ない」
突然のやけに真剣な声色に、真太はぴくりと瞼を動かす。
「真太は、すごく優しい」
「馬鹿言え。出会って2日のお前に何がわかるんだよ」
ヘラヘラとした笑みを浮かべてそう言う真太だが、上茶谷は顔色を一切変えない。
「その優しさで救われる人も出てくるはずよ。何も出来ない、なんて悲しいこと言わないで」
「……ばかなめこ先生がご所望なら、仕方ない」
その名前で呼ばないで……と、少し表情を緩ませる上茶谷。
「上茶谷は、優しいやつだな」
「何よ急に」
「俺みたいなやつにも気をかけてくれるなんて」
「だったらアカネも優しいんじゃない?」
「……あの人は悪魔だから例外だ」
なにそれ。と微笑んだ上茶谷。
その顔に一瞬、見蕩れる真太。
「……上茶谷。お前、すげー美人だな」
「え……?」
「いや、深い理由はないけど」
「なにそれ……」
まぁ、ありがとう。と、呟いた上茶谷。
「……美貌を褒めてこんな反応されたのは、初めてだなぁ」
朱音のことを思い出して、しみじみとそう言った。