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優しい七不思議

作者: 16

「すみませ――ん。年に一回の点検なもんで……毎年忘れて同じ間違いするんだよね――」

 そう苦笑しながら、作業着姿の男は雑巾で水浸しになった廊下を、がさつに拭いた。

 ようやく状況を理解した女も、苦笑しながら小さくうなずき、ポケットから手帳を取り出した。


―― 七里小学校 七不思議 第一の怪 自殺した少女の涙で濡れる視聴覚室前の廊下 ―― 


 女はメモ欄に書かれたこの項目を、二重線で丁寧に消した。

「先生この春からの新任でしょ? 大変だね――そんな若いのに小学校の宿直だなんて。今時、先生が宿直する学校なんて珍しいよ」

 黒縁の眼鏡に、ベージュのスーツ。どこからどう見ても教師にしか見えない女に、初老の男は同情の目を向けた。

 女は「はあ」とだけ返事し、その場を男に任せて、宿直室へ戻った。


 やかんに水を入れ、火にかけた。古びて形がいびつになったやかんは、蓋がうまく閉まらず、半ば力ずくでねじ込んだ。

 女は畳に座り、傷だらけのちゃぶ台に手帳を広げ、ため息をついた。

 生徒達が脅える、どこの学校にでもあるような七不思議。その第一項目目に載っている視聴覚室前の廊下は、自殺した少女の涙ではなく、年に一度の水道管点検で、旧式バルブを毎年閉め忘れる水道局局員によって水浸しになるのである。

 自分も小学生の時には、どこからともなく噂で聞く七不思議に好奇心を掻き立てられたが、実際はやはりこんな事だろうと鼻で笑った。


 しばらくちゃぶ台に突っ伏して、うとうととしていると、突然中庭の方から子供の声が聞こえた気がして、目が覚めた。

 ドアの上にある掛け時計を見上げると、もう夜の十時を回っていた。

 女はゆっくりと立ち上がり、中庭に面した窓を開けた。

 眠たい目をよく凝らして見ると、池の向こう側の草陰で、いくつかの小柄な影が動き回っている。


「あなた達何してるの!? 今何時だと思ってるの!」

 池の周りで捕まえた、五人の影を目の前に女は声を荒げた。

 問いただすと、六年生一組から五組の学級委員だと言う。

「何で学級委員が、夜の十時に学校に用があるわけ?」

 女は腰に手を当てて、ランニングに短パンの、可愛い丸坊主に顔を突き出して聞いた。

「先生って新しく来た先生でしょ? 何にもしらないのな――」

 見た目とは違い、案外生意気だったので、女は「何が?」と顔をしかめた。

「俺等六年の各クラスの学級委員は、毎年一学期の初めの夜に、七不思議確認しに学校に忍び込む事になってんの!」

 丸坊主は口を尖らせて、めんどくさそうに答えた。

「何よそれ、この学校のしきたり?」

「まあな。俺等も去年の六年に言われて来たし。代々そういう風になってんじゃない?」

 女は腰に手を当てたまま、深いため息をついた。

「……で、ちゃんと七不思議は確認したわけ?」

 呆れながら聞く女に、少年は不貞腐れたように「まあな」とだけ答えた。


 少年達の七不思議に関する調査結果を聞いた女は、またポケットから手帳を取り出し、メモしてある項目を二重線で消していった。


―― 第三の怪 生徒会室から聞こえる病死した少年の泣き声

   第四の怪 中庭に出没する河童

   第五の怪 一段減って十三段になる屋上への階段

   第六の怪 交通事故死した先生の血に染まる音楽室のピアノ ――

 

 合わせて四つの項目が消えた。

 五人の学級委員の調査によると、生徒会室から聞こえる泣き声は、ただの窓の閉め忘れによる風の音で、中庭に出没するのは、河童ではなくヌートリアという学校に住み着いたでっかいネズミ。屋上への階段は毎日十三段で、最後の段を入れるか入れないかだけの数え方ミス。血に染まるピアノにいたっては、先程の水道局局員による功績が大きく、日頃使われていない水道を開けるために起こった、錆を含んだ水のつたい漏れだった。

「こんなことだろうと思った……諸君、全然不思議じゃなくて残念だったわね」

 女はちょっと威張りながらそう言った。

「別に……。俺等は最初から卒業生に教えられてたし、全然残念じゃね――よ。先生こそ、何メモってんの?」

「ん?ちょっと気になってね。学校新聞の題材にでもしようかと思って……ついに明かされる七不思議の真相!ってね。どう? 読みたくなるでしょ?」

 すると、五人の小学生はわっと一声に怒り出した。

「先生何言ってんの!? ばっかじゃねーの!」

「そうだよ! なんで俺達わざわざ学校に忍び込んでると思ってんだよ!」

 女は、こんなにひんしゅくを受けるとは思っていなかったので「なんで?」と間抜けな返事を返してしまった。

「七不思議が今年もちゃんと実行できてるか、確認するためだろーがよ! 一つでも減ってたら、ちゃんと新しい不思議作って、来年の六年に伝えなきゃいけないんだからな!」

「せっかく俺達代々作って伝えてきたのに、七不思議全部ばらしちゃうつもりかよ! 先生が生徒の夢壊すような事していいと思ってんのか!?」

「そうだ! 低学年の奴等なんか七不思議が消えたら、学校なんて全然面白くとも何ともなくなっちゃうんだからな!」

 女は唖然とした。そして自分の浅はかな考えを恥じた。

 どうやら、この学校の七不思議とは、卒業していく者からの、在学生への優しい嘘であったようだ。それは同時に、自分よりも年下を思いやるという心が芽生えた小学六年生が、一歩大人に近づいた証でもあるような気がして、女には目の前の少年達が少しくすぐったく映った。

 女は手帳をポケットにしまった。

 

 突然何かが宿直室の方から飛んできて、足元に落ちた。

 女と少年達が「わっ」とそれをよけて一歩下がった。 

 よく見ると、地面に落ちたそれは、やかんの蓋だった。

 女が宿直室に戻ってみると、止めたはずのコンロの火がまだ小さく点火していた。古くなったコンロのスイッチに遊びがあって、ちゃんと火が消えていなかったようだ。そのせいで空焚きになったやかんの蓋が、窓から中庭に飛んできたらしい。

 女はホッと肩を落として火を止めてから、また手帳を開いて

―― 第二の怪 校庭を浮遊するUFO ―― という項目に二重線を引いた。


 女は五人の愛すべき生徒達の親に電話をし、向かいに来るように言った。


 それぞれの親に「すみませんでした」と手を引かれ少年達が帰っていく。

 最後に残った丸坊主の少年は

「先生!あの約束絶対だからな! 先生が約束破るなよ!」とまた口を尖らせて念をおす。

「うん。ちゃんと七不思議の秘密は守ります」

 女は膝を曲げて、少年の顔の高さでニコリと笑った。

「あんた!先生になんて言葉遣いすんの!」と怒られながら、母親に手を引かれて暗闇に消えていく。


 少年は、七不思議を全部確認出来ず、自分達の任務を遂行出来なかった事に、実にしょんぼりとして、うつむき加減で歩き出した。

 三四歩、歩いた所でハッとして振り返った。


 校門の傍にあったはずの女の姿が消えていた。


―― 七不思議 第七の怪 校舎を歩き回る裏庭の女教師の像 -―  

  

 少年は母親の手を繋ぎ直し、笑った。

読んで頂きありがとうございました。

いかがだったでしょうか?

思いついたので、またまた連載を浮気して執筆してみました。

一瞬でもほのぼのとした時を過ごしていただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心が温まりました。 先生が実は・・・みたいな展開はありがちかもしれないですが 私はこの話以上にじんわり来るものを知りません!最高!! 素敵な話をありがとうございました。
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