六話 かっこよすぎ
結局あの後はどうするかを決断することはできなかったけど、とりあえず村にゴブリンの軍勢のことを伝えるというルヴィエさんにお願いされたことを実行することにした。
時間が経てば経つほど、ルヴィエさんの身が危なくなるということを頭の隅に追いやって……。
「なるほど。福崎様ありがとうございます」
村長は村を出たばかりの僕が帰ってきたことに驚いていたが、今さらされている状況を伝えたところ、冷や汗をかきながらお礼を伝えてきた。
「おいデリック、聞いていたな。すぐにここから離れるよう村の衆に伝えるのだ」
村長は強い口調でゴブリンの存在を村に伝えた人――デリックさんに言い払う。
「大量のゴブリンがここを来るぞー!お前らー、ここから離れる用意をしろー!」
デリックさんは村長の言葉に従い、村の者達に聞こえるように大声で叫んだ。
僕は馬鹿でかいデリックさんの声が聞こえてきて、耳がキンキンとするので指を耳の穴に突っ込む形で耳を塞いだ。
声が収まった後、村人達の家からガサゴソと慌ただしい音が聞こえだす。
「申し訳ありません。あやつの声は馬鹿でかくてかなわない」
僕と同じく耳を押さえていた村長は、いつも福崎達に見せる人好きする笑顔をみせた。
「……そういえば、ルヴィエ様は?」
「あー……」
村に入る前からこの質問は来るだろうなと思ってどう答えようか迷っていて、いまだに何を言えばいいか分からないので考える――本当に考えているのだが考えが進まなくて思考停止して言葉が詰まってしまう。
「そうですか」
村長は僕の反応によってか、それともルヴィエさんがこの場にいないことからか納得した表情をした。
「それで、福崎様はどうしますかな?私たちと一緒に来ますか?」
村長にどことなく圧を感じていた。
もちろん、罪悪感を抱いているからそう感じてしまうだけかも知れないが、今まで感じた村長の人間性からしてわざとそうしているのだろうと思う。
いつも通りの僕なら腹が立つので、じゃあお願いしますなどと即答していただろうが、……今は何も答えられなかった。
「もし私たちと一緒に来るのなら、私に声を掛けてください」
村長は準備をする為か、それとも僕に用がなくなったためかはわからないが、ここから去って行った。
僕は慌ただしく行き交う村人達の邪魔にならないところに、誰もいないところにポツンと立っていた。
「はー、どうするかな」
僕は気分転換というか何かしゃべってないと気分が落ち着かなくて、この数分間に意味もない独り言を何回もつぶやいていた。
「というか、あんなの無理でしょ。普通に考えて」
僕は、数はわからないがゴブリンの軍勢のことを思い浮かんだ。
いくらゴブリンが強くはないとはいえ、あんな量がいるゴブリン達相手にできるわけがない。
確かに異世界転移とか言う物語の主人公っぽい境遇だけど、僕は物語の主人公じゃないし。
ただ……。
「おい、お前」
僕はここには誰も来ないと思っていたため、びっくりしながらも声を掛けられた方向を振り向く。
目を向けた先には大柄の男がいた。僕がこの村の中で名前を唯一知っているデリックさんだ。
「ゴブリン達はどこにいる?」
どこか覚悟を決めたように見えるデリックさんから出た声はとても低く、……僕にとって耳障りなものになるような気がした。
「どうしてそんなことを?」
こんな一秒も無駄に出来ない事態のなかで、普段でも用がないような家と家の間にある隙間に来たということは僕を探していたのだろう。
こんなわかりづらいところにいる僕を、こんな時にわざわざ探し出したデリックさんが何を考えて行動していたのかはなんとなく想像はつく。
「ゴブリン達を蹴散らす為だ」
デリックさんはすぐ頭に血が上りそうな見た目をしているくせに、僕に怒鳴りもせず感情を乱したような表情さえせずに理由を答える。
「どうしてですか?」
聞かなくても大方どういう理由か想像できるから、聞きたくないなと思いつつも僕は理由を聞いた。
「一人の娘が全く関係のない村のために命をかけている。本来は俺達の役目なのに、だ。だったら、俺がやるべきことは決まっている」
「……どうしてですか?」
もうデリックさんは理由を言ったはずなのに、僕はもう一回理由を聞く。
デリックさんの何かを否定したくて。……デリックさんから何かを引き出したくて。
「……ゴブリン達はどこにいる?」
デリックさんは目を閉じて黙った後、最初の質問に戻る。
「……あっちです」
いつもの方向音痴気味の僕だったら数秒迷うけれど、このときは一切の迷いもなくゴブリン達がいる方向へと指をさせた。
「そうか」
デリックさんはゴブリンの軍勢がいる方へと走り出していった。
あーあ、かっこいいな。
デリックさんの後ろ姿を見て浮かんだその言葉は、皮肉という感情も少しあるがそれ以上に心からでた言葉でもあった。
そして、自分が何でこんなことに陥っているんだという現状への不満と、たいして羨ましいわけでもないため嫉妬とは違うけど僕の中で溜まっている感情を表に出さなくてよかったとも思った。
……正直僕は青臭い感じというかなんというか、人としての義を貫く、みたいのが苦手だ。
そんな暑苦しいのは性に合わないし、僕みたいな適当に生きられればいいやと思っているような人間にとってはエネルギーが必要すぎる。
だからこそ、そんなことが出来る人間は自分みたいなしょうもない人間よりも価値があるんだろうなと感じるし、凄いなと思う。
だからと言って、自分が一番である僕は他人事だと思いわざわざ命をかけようとは普段は思わなけど。だって、それで命をかけられる人間ならしょうもない人間じゃないし……。
でも、ルヴィエさんのゴブリンの方へと向かっていく姿を思い出すと、本心ではあるけど僕のそんな何もしないことに対しての言い訳めいた理論が揺れてしまう。
僕が袖をつかんで足止めしたあのとき、彼女の足は止まっていた。彼女と僕の実力差を考えれば簡単に手を振り払えるはずなのに。
そして、僕にいろいろなものを背負わせないための逃げる理由を話した彼女。
死が怖くない訳ではないだろう。真面目な彼女は、僕のような適当な人間のことは好ましく思ってないと思うから、僕じゃなくともこういう選択を取ったんだろうな。
「かっこよすぎでしょ」
そして卑怯すぎる。だって、戦力になれるかもしれない――無力でない僕が逃げるという選択肢を選びづらくしているのだから。
「……あー、行くか」
僕は恐怖や青臭さを感じて生じる羞恥といったような感情を気にしないように努めながら、ゴブリン達がいる方角を向き自分の次に取る行動を決断した。
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