四話 依頼
学園長の計らいで、僕は一年生として魔法学園エスクウェスに入学することになった。
まだほんの数週間だけど、学園生活を振り返ってみると、というか今も本当にしんどいし忙しい。
まず、とにかく勉強面がきつい。
確かに数学は前の世界の知識が通用するけど、それ以外の魔法とかいう摩訶不思議な現象とか前の世界の知識がすべて意味ない歴史とかの授業が全く分からないからだ。
途中入学という形なので授業内容も途中からなのも、さらに拍車をかけている。
だから、前の世界ではほとんど復習なんてしたことなかった僕も、さすがに毎日勉強している。
一応記憶喪失という設定なので、先生側から理解していなくともしょうがないといったスタンスで配慮してもらっているためなんとかなっている。
あと、僕の魔法はユニーク魔法という特異な魔法を使えて他の魔法の適性がなく、自分でいろいろと見つけていくしかないらしい。
火の魔法とか水の魔法といった属性魔法は習得できないので、個人でやらないといけないため自分の裁量に任せられるから、膨大な勉強量にならなくて済んだと安堵している。
本格的に自分を高めるということになってきたら、むしろ苦労するんだろうけど。
そういう事情で魔法に関しては、他の人よりはやることが少なくてすんだ。
それでも魔法についての知識は覚えないといけないし、僕でも使える魔法はユニーク魔法以外もあるため、一切楽ではないけど。
他には、人間関係がすべてリセットされるというのも大変だ。
言って、過去に友人などはいなかったため、友人と会えない悲しさみたいのはないけど顔見知りがいない中の生活というのは大変なものがある。
「はあ、はあ、待たせてすみません」
僕はかなり急いで走ってきたので息が上がっている。
腰を丸め手のひらが膝につく体制を取りながら、荒い息をつく。
「別にいいわ。ちゃんと時間ぴったりだから」
僕の言葉に応えたのは、水色の髪の色をした少女だった。
この少女の名前はレイン・ルヴィエ。スタイルも良く成績優秀でクラス内の男子では人気らしい。
真面目で授業態度もいいのだが基本誰に対しても密接な付き合いをせず、誰に対しても必要最低限のやりとりしかしない。
クールといえばそれまでなのだが、僕はこの少女に恐怖とか畏怖みたいのを感じている。
なんか怒らせたらいろんな意味で怖そうだし、自他ともに厳しそうだからだ。
そのため、前の世界では寝坊して授業に遅刻したりとかが珍しくなかったルーズな僕が、あまり付き合いは長くないというのもあるけど一切約束の時間から遅れたことはない。
だから寝坊した今日の朝、前の世界の学校で遅刻しそうなときも十分くらい掛けて取る朝食も抜いて走ってきた。
「今回の目的はエスパルト村に現れたゴブリンの討伐よ」
「はい」
ルヴィエさんが今回の目的といったことからも分かるかも知れないが、今回のように一緒に行動することは初めてではない。
エスクウェス学園では授業も勿論あるのだが、他にも学生生活を送るうえで義務づけられていることがある。
それは、今回のゴブリン退治のように実践を行うといったものだ。
普通、魔物退治をするときは複数人でパーティーを組むことが前提となる。
そして、パーティーメンバーは毎回コロコロと変えるのではなく、いつも同じメンバーでことにあたるのが普通だ。
毎回違う人間と組むよりも同じメンバーで組んだ方がお互いの人柄が分かるし、連携もしやすくなるため当然だと言えるだろう。
よって、エスクウェス学園側からパーティーを決められ、そのパーティーで学園側から依頼を達成するというふうになっている。
で、もうおわかりかも知れないが、僕はルヴィエさんとパーティーを組んでいる。
まあ、僕とルヴィエさんの二人しかいないからパーティーというよりも、ペアというのが正しいのだろうけど。
僕の中でのルヴィエさんをペアとして組む相手としての評価は、ちょっと怖いので当たり障りのないような人がいいなとは思うけど、かなり優秀なので依頼で苦労せずに楽できるので悪くはないという感じだ。
「私がゴブリンを相手するから、あなたは打ち漏らしをお願い」
ルヴィエさんは口ではお願いと言っているが、冷たい表情と声色が反論を許さないことをものがたっていた。
「はい」
やっぱおっかないなと思いながらも、目の前の人間が打ち漏らしなどしないことが分かっているので、今回も楽そうだな。
「本当にありがとうございました」
ゴブリン討伐の依頼を出した依頼主である村長が頭を下げた。
前の世界的に考えたら、年上である村長がまだ高校生と同じ年齢の人間に丁寧な口調で頭を下げることには違和感があるだろう。
勿論、感謝の気持ちを込めて相手を敬っているという可能性もあるけど、この村長からは媚びが感じられる。
この世界では、相手が貴族ならばいくら年下でも敬うものになるらしい。
また、力あるものが村で暴れられたりしたら誰も止めることは出来ないし、将来性のあるエスクウェス学園の生徒というだけでも媚びを売ることに意味があると誰かが言っていた気がする。
「たいしたことはなかったので礼を言われるほどでもないです」
ルヴィエさんは年上が相手だからか丁寧な口調で答えた。
たいしたことないか、まあそうだろうな。
僕は本心であろう強気な言葉から、ゴブリン達に魔法を一切使わずに一刀で切り捨てていくルヴィエさんの姿を思い出した。
正直言ってルヴィエさんが戦ったゴブリン達ぐらいなら、クラスメイト達や一ヶ月である程度成長した僕でも一人で相手できるだろう。
クラスメイト達のなかには身体強化の魔法を使えば肉弾戦でもなんとかなるかも知れないが、一切魔法を使わずに複数相手するのは多分厳しいと思う。
というか、魔法学校の生徒なんだから魔法を使わないで戦うって普通じゃないし。
「そうだ!日も落ちてきましたし、今晩はうちで止まりませんか?」
人との会話中にもかかわらず思考が会話以外のことに飛んでいた僕は、村長のとんでもない言葉を聞いて会話の方へと思考がいった。
今日中に帰って学生寮で過ごしたかった僕からすれば、村長の好意は一切うれしくない。
いろいろとモノがあふれていた前の世界と違って、この世界では冷蔵庫とか洗濯機みたいな家電は魔道具という高価なものでしか再現できない。
そんな世界でも学生寮は、現代人であった僕でも割かし居心地がいい部屋なのだ。そして、村は本当に村という感じであるため、圧倒的に学生寮の方がいい。
「お言葉に甘えさせていただきます」
ルヴィエさんは何を考えているかわからない表情で、僕の願いとは裏腹に村に止まることをお願いした。
「あのー、すみません」
「何?」
僕はルヴィエさんに恐る恐る声を掛けた。
基本的に人に声を掛けない僕だが、どうしても聞きたいというか抗議したいことがあったので声を掛けた。
「どうしてここに止まることにしたんですか?」
「……どうしてそんなことを知りたいの?」
どうしてって……。普通に考えてそこは教えるものでしょ。
……いや、苛立っちゃだめだ。心を落ち着けろ、僕。
「いや、どんな目的があるか知っておけばこちらはこちらで行動できると思いまして」
「……そう。別に帰りたいなら帰っていいわよ」
僕はルヴィエさんに今の心境を見抜いているような言葉にドキッとし、少しイラっともした。
ルヴィエさんはそんな僕に時折見せる冷たい視線をちらっと見た後、もう用はないといった感じで村長に割り当てられた部屋へと入っていった。
「いや、一人だけ帰るわけにもいかないでしょ」
ルヴィエさんが部屋に入っていたのを確認した僕は愚痴を吐く。そして、凄く嫌だったけど、仕方なく今日この村に泊まることに腹をくくった。
学生寮よりも質の悪い枕や布団を見て一瞬本気で帰ろうかなと思ったが、時間的に帰るに帰れないし、僕は方向音痴なところがあるからどこかで迷いそうだからあきらめた。
それに、これからも組むルヴィエさんとの溝を広げるようなことをするわけにもいかないし。
ちなみに、次の日の朝に起きた時、目の前の壁に虫が張り付いているのを見てめちゃくちゃテンションが下がったし、すごく気分が下がった。
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