三話 記憶喪失
目を覚ました僕はどこか見覚えのあるように見えるのに、見覚えがない天井が瞳に映った。
なんだか状況が呑み込めない中で上半身を起こすと、毛布がずり落ちるのを感じた。
「ああ、起きたんだ」
目がしょぼしょぼしていて瞼が開けづらいので、腕でこすった後に目を見開くと白髪で大体二十代後半ぐらいかなという感じの見覚えのない男がいた。
「起きてそうそうあれなんだけど、名前教えてくれないかな?」
「……ええっと、福崎です」
僕は起きたばかりで頭がボーとしていたため、何が何だか分からないながらも自分の名前を答える。
「ふうん、変わった名前だね……。で、どこから来たの?」
「えっと……」
僕は少し時間が経ったことと声を出したことによって、だんだんと頭がはっきりとしてきた。
僕は、助かったのか……。
ぐちゃぐちゃになった左腕が動くことによって、生きていることと腕が無事なことに安堵する。
そして、僕は今の状況が目の前の人物のおかげかは分からないが、腕を直してくれ助けられたのだと理解した。
「どうしたの?」
僕が黙っていたからだろう、白髪の男の人が心配したように声を掛けてきた。
黙っていたのは助かったことによる安堵を噛みしめていたというのもあるが、どこから来たのかという質問をどう答えようかと迷っていたからだ。
何故迷っていたのかというと、僕が住んでいた地域が恐らく存在しない。そして、この世界には存在しない地域を伝える場合は、目の前の人物が異世界というもの理解があるとしたら、僕が異なる世界から来たということを伝えることになる。
この世界にとって異世界人という存在はどういう扱いを受けるかが全く分からないし、目の前の人物が信用できるかもわからないため正体を明かすことは賢明ではない。
それに、もしかしたら頭がおかしい奴と判断される可能性もあると考えたため本当のことは伝えない方がいいと判断した。
「あの、分からなくて……」
「分からないというのはどういうこと?」
「自分がどこから来たのかがわからないんです」
「……つまり、記憶喪失ということかな?」
よし、うまくいったな。
僕の意図通り、記憶喪失設定で通すことに成功した。
なぜ記憶喪失で通したかったかというと、ここに関して知識がないためにこの世界については記憶喪失している状態と変わらないため、ぼろがでないと考えたからだ。
それと、こういう状況で記憶喪失であるというのは鉄板ネタであるため、記憶喪失設定がすぐ思い浮かび他の方法が思いつかなかったというのもある。
記憶喪失設定で行くんだったら、できれば名前も言わない方がよかったな。
「えっと、そうなんでしょうか?」
記憶喪失であるならば記憶喪失であると伝えるのはおかしいと思い、僕は聞き返す。
「いや、僕に聞かれてもね……」
白髪の男の人は頭をポリポリとかいた後、僕たちの間に沈黙が訪れた。
「ああそうだ、僕の自己紹介を忘れてたね。僕のことはテオン・クロデル。普段はここで、けがした学生達の治療をしてるんだ」
なるほど、ここは治療する場所なのか。この部屋に既視感を覚えたのは、この部屋が保健室と似ているからか。
つまり、ここは学校ということか?
「それと、君についてきて欲しいところがあるんだ。いいかな?」
「えっと、はい」
突然の出来事の中の寝起きにしては、割かしいい感じに話にもっていけたんじゃないかと自画自賛しながら、この後もうまくいっていくれよと僕は願った。
僕たちは、大体僕ぐらいの年齢に見える少年少女達に視線をさらされながら、そこそこ長い道のりを歩いた。
道中、運動不足な僕は数えるのが面倒くさくなるくらいの階段を登ったので、歩きながらだったが少しだけ息を切らした。
「テオンです」
クロデルさんはこんこんと扉を叩く。
「入っていいよ」
「失礼します」
クロデルさんは良質な木で作られてそうな扉を開いた。
扉を開いた先には、自分より少し年上に見える、金髪で顔が整っている男の人がふかふかで高そうな椅子に座っていた。
「失礼します」
僕はその金髪の男の人よりも年上に見えるクロデルさんが砕けた言葉遣いをしないこととか、最上階の高そうな家具が備え付けてある部屋にいることから、なんかいろいろと目の前にいる男は異常というか強キャラ感を感じてまずいと思い、慌ててお辞儀をした。
「テオン。君の隣にいるのが例の彼だね?」
「はい、そうです。学園長」
やっぱ、そういう感じか。
考えている中で一番ありそうだと思っていた肩書きであったため、当てれたことに少しのうれしさはあったが、自分が考えている感じの人物であるとすると厄介そうだなと内心ため息をつく。
「君、名前は?」
「福崎です」
「どこから来たんだ?」
「ええっと……」
「学園長、彼は記憶喪失らしいです」
「ふむ、なるほど」
僕は学園長がどんな顔をしているのか気になり、学園長の方を見ると目が合った。
やばそうな奴と目が合ってしまったと、すぐ目をそらす。
目をそらしたことで怪しまれるんじゃないかと思ったが、また目を合わせるのも嫌だったので気にしないことにした。
「では君、この先どうしたいか決まっているかな?」
「えっ……。えーっとですね……」
僕は記憶喪失設定とか関係なく、言葉が詰まる。
「……考えついてないと言うことでいいかな?」
「あ、はい、すみません」
「いや、別に謝らなくていいよ。……そういうことなら、ここに入学しないか?」
「……えっ、いいんですか?」
「ああ、もちろん」
ここやっぱ、学校なのか……。学園長がいるんだから当たり前だけど。
てか、そんなことよりここに入るかどうかか……。
ここに入学すれば、この世界の知識を入れられるし、ここから出たら路頭に迷うだろうから、絶対に入った方がいいよな。
でも、どこの誰かも分からないやつに入学を勧めるのとか普通におかしいし……。
しかも、この学園長のことはよく知らないけど、善意でそんなことを勧めるタイプに見えないよな。……まあでも。
「あの、お願いします」
「そうかい。なら、ようこそ我が校へ。君にとって実りある生活になることを願っているよ」
学園長は笑みを浮かべて歓迎した。
「あ、そういえば、お金とかないんですけど……」
「いや、さすがにそれは分かっているから大丈夫だよ。うちは、将来的に払ってもらうのもOKだから、気にしなくて大丈夫だよ」
「……そうなんですか」
そりゃそういう感じになるかというか、物凄くありがたいことなんだろうけど、借金は嫌だな。なんか、逃げられなくなりそうだし。
「じゃあ、テオン。学生寮に案内してあげて」
「……僕は保険医なので、けがしている生徒達のことを見ないといけないのですが」
クロデルさんは学園長の言葉に対して、間接的に断る。
「やっぱり君が適任じゃないか!彼は記憶喪失だし、病み上がりだからね」
「……はあ、分かりましたよ。じゃあ、ついてきて」
クロデルさんはこの人に何言っても無駄だといわんばかりのため息をついた後、学園長室の出口へと向かった。
僕としてはありがたいけど、なんかクロデルさんに悪いな。
「はい」
これからのこととかに不安を感じたけど、なんだかんだ衣食住はなんとかなりそうだ。
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