2日目:異常な日常
目を覚ます。見慣れた天井、変わらぬ風景、カーテンの隙間から挿す陽光、響き渡るアラーム。そこまで認識した私はベッドから飛び起きる。
先日の酷い惨劇、鏡に映る笑ってる自分。そこまで思い出した私は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
ひどく荒れる呼吸、襲いかかる絶望。溢れ出る涙が止まらない。死んだ、親友が。また彼女に救われた。
一体どれほどそうしていただろう、下からママがいつもの調子で声をかけてきた。
「ナタリー?まだ寝てるの?そろそろ時間よー?」
返事ができないでいるとママが部屋に入ってきた。なんとか涙を拭いママの方に顔を向けると、そんな私の様子を見たママは心配した様子で声をかけてくる。
「どうしたのナタリー。大丈夫?何があったの?今日は学校お休みする?」
「え?なんで?だって……昨日……」
「昨日がどうしたの?」
「え?だって恭香が……車に轢かれて」
「そうなの!?あれ?でも昨日普通に夜電話してたじゃない」
会話が噛み合わない。何かがおかしい、昨日は自分で帰った記憶がないからママも事故のことは知ってるはず。違和感を覚えた私は今日の日付けをママに聞く。
「ねぇ、ママ今日って何日?」
「え?19日でしょ?」
ママの口から返された答えは昨日の日付けだった。余計に頭が混乱する。
「え?それ昨日じゃ……今日20日じゃないの?」
「何言ってるの?今日は19日よ。何か悪い夢だったんじゃないの?」
その言葉を聞いてハッとする。そうか、夢なのか。昨日のあれは悪夢だったのかもしれない。そう思うと気持ちがだんだんと落ち着いてくる。
「そうだね、ごめんねママ心配かけて。多分寝起きだったから混同したんだと思う」
「それならいいのよ。さ、早く支度しちゃいなさい」
ママに言われて支度をする。机の上に出されたスムージーを飲み歯を磨いて着替える。いつも通り支度をして家を出た。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
夢の内容が内容なだけに普段よりも足取りが少し重くなる。
しばらく歩くと校門近くで見慣れた後ろ姿が見える。その光景に既視感を覚えた私は話しかけるのを一瞬躊躇したが後ろから声をかける。
「おはよう、恭香。珍しいね、こんな早くに」
「ん?あぁおはようナタリー。最近、高性能な目覚まし時計拾っちまったみたいなんだよ」
夢で見たのと同じ返答。やはり夢じゃなかった?そんなことを考えていると恭香が不思議そうな顔をして声をかけてくる。
「どうした?ナタリー。急に黙って」
その言葉に再度ハッとする。私は曖昧な笑みしか浮かべることができないまま曖昧な返事を返した。
「あ、ううんなんでもないの」
校門を通り教室に入る。席について支度をする。一度聞いたホームルーム。夢の内容とまったく同じ内容の授業。私は違和感を覚えながらも過ごしていく。だが、その違和感とは別の変化が起こったのは昼休みだった。
4時間目が終わって昼食を食べようとした時、その変化が姿を表した。
いつもなら私の机で一緒に食事をする恭香が今日は心音のところで食べ出した。不思議に思って心音のところへ行って声をかけてみると2人はこっちを見向きする様子すらなく談笑をしながら食べている。
「それでさぁ、気づいたら0時回ってんのよ」
「恭香がそこまでしてあげるなんてよっぽど可愛いんだね」
「ねぇ、2人とも?なんの冗談?」
「まぁな、子猫ってだけでも可愛いのにな懐かれたらそりゃあ、な」
「ねぇ!心音!恭香!」
どんなに声を張り上げても周りの人すら見向きをしない。肩に触れても全然動かない。試しに恭香の物を地面に落としてみても何事もなかったかのように自然に拾うばかり。
とりあえず自分の席に戻って落ち着く。少しして落ち着きを取り戻した頃には予鈴が昼休みの終わりを告げる。時間が経っても相変わらず誰にも私の言葉や行動は届かない。
「なんで……なんで……なんで誰も私を見てくれない……?ねぇ……私はここにいるよ?ねぇ!」
私がどんなに声を出しても周りは自然に時間が過ぎていく。ただ誰とも話せない、その時間が数時間過ぎるだけで私の精神はボロボロだった。帰りのホームルームが終わる頃には騒ぐだけの体力は無くなっていた。
ホームルームが終わると聞き慣れた声が耳に入る。
「うぇ〜疲れたよ」
「ね〜疲れたね。帰りどっか寄ってく?」
「あ〜そうだなぁ。テスト近いし勉強教えてくんね?」
「いいよ〜でも珍しいね恭香が勉強しようなんて」
「ん?あーまぁそうか、でもテスト近いのはホントだしなダメだったか?」
「いや?ダメじゃ無いよ?それで、どこでやる?」
「サイゼでいいんじゃね?」
そこまで聞いた私が咄嗟に声を出す。
「ダメ!」
私は不安になる。ここまであの夢と同じように進むとやはりあれは夢じゃなかったのかと脳裏に嫌な考えが浮かんだ。
「あーいいね。じゃあ行こうか」
いやまだ大丈夫。帰るタイミングであの車をなんとかすればいいんだ。5分10分帰る時間がずれるだけでもあの事故は起きないはずだ。
昨日と同じ店、同じ席、同じ飲み物を飲む2人。けどまたしてもここで昨日とは違う出来事が起こる。勉強を終わるタイミングは同じだけど帰るタイミングが違ったのだ。そうだ、私が昨日帰るのタイミングを提案したから私がいなければ変わるのか。そう思って少しほっとする。
恭香は昨日帰った時間でドリンクのおかわりをしていた。あの時間に帰らなきゃ事故に遭うことはない。しかしその束の間の安心はすぐに崩れ去る。恭香は持ってきた飲み物を飲むとしばらくして喉を押さえて苦しみ出す。
「あ……グッ……!カハッ!あぁ……!あ……あ……」
「恭香!?嘘……なんで……!どうして……!」
心音が近くに寄り添って叫ぶ。その顔には戸惑いと驚きが見えたような気がした。
しばらくして恭香は動かなくなった。口からは血を流し目は大きく見開かれて、その手は自分の喉元を抑え顔には苦しみの表情が浮かんでいる。親友の2度目の死を目撃した私は再度悲しみと絶望により意識が落ちかける。
眩む視界が最後に捉えたのは店のガラスに映る私の姿。そして、その私の後ろに映るまったく同じ顔をした、しかし不気味な笑いをその顔に貼り付け薬のような物を手にしている私自身だった。