転生したって理解した後
はい、聖女改めシブタニ セイちゃんです。
前世と生まれたて当時のお話が長くなってしまいましたが、生後半年になりましたわ。
ここ半年で明瞭な意思があったり無かったり。ただ周りの状況をはっきり理解できる時は、共通して勇者様が近くにいる事です。
そんな意思がはっきりとしている時に勇者様が“転生”のことを教えて下さいました。わたくし天上の国に還ったのではなく、“前世”の世界とは違う世界で日本人に生まれ変わったようです。そしてわたくしが生まれ変わった先の日本は、勇者様の元の世界にある国の一つであることも。
“前世”の世界では死後に迎え入れられる天上の国を“来世”と指すことはありましたが、別人へと生まれ変わる“転生”といった考えはありませんでしたので本当に驚きました。
お祖父様はよくわたくし達のお家にいらっしゃいます。そしてわたくしを腕に抱いて話し掛けることを好みます。きっと傍からからみたら初孫にメロメロなおじいちゃんが取り留めも無く話をしているように見えたことでしょう。
「ここは日本という国でセイちゃんが前に生きていた魔法がある世界とは違うんだよ」
「おじいちゃんは勇者として召喚された『転移』をしたけど、セイちゃんは『転生』といって日本人に生まれ変わったんだよ」
「お父さんも魔王から日本人に生まれ変わった転生をしたけれど、お父さんには『前世』の記憶は一切無いからね」
「目の色はセイちゃんはピンクでお父さんは紫でおじいちゃんは黄色に見えるけど、他の人には黒とか濃い茶色に見えているからね。お絵かき出来るようになっても気を付けるんだよ」
「前世の記憶とか、聖女とか言うとちょっと痛い子って思われるから喋れるようになっても他の人には言っちゃダメだよ」
「この国はほぼほぼ平民で構成されているから、言葉遣いが高貴な感じにならないように気を付けてね」
これを周囲にははっきりと聞こえる事無く、穏やかな口調で微笑みながら語るのですから、本当に赤ん坊をあやしているようにしか見えなかったことでしょう…。
実際に数年後、その時の様子をこっそり撮影していた“お母さん”が写真を見せて下さいましたが、孫にデレデレのおじいちゃんにしか見えませんでした。とても良い写真です。
絶対乳飲み子には理解出来ないであろう内容ですが、お祖父様、いえ“おじいちゃん”にはわたくしがちゃんと理解出来ているという確信があるようで、遊びに来る度に転生や転移、この世界の常識などを教えてくださいます。
なるほど、この世界には魔法や魔物、エルフなどの非人族という概念はありますが空想上のものとされていて、わたくしの前世の記憶は非常識であるのですね。無闇矢鱈に話すことは良くないようです。
そして瞳の色。おじいちゃんが転生したてのわたくしが“聖女”であると気付くことができたのは、瞳に前世の色を持って生まれたから。この世界には薄桃色の瞳は人工物や創造物以外にはあり得ない事のようです。そしてその色は何故かおじいちゃんとお父さん以外には見えないそう。
おじいちゃんの息子に転生をした“魔王”の紫色の瞳という前例があったから、目の色ですぐにわたくしが“聖女”の生まれ変わりであるとわかったとの事です。
“お父さん”の前世は“魔王”であるものの、その記憶はわたくしのように残っておらず、今生は善良な日本人として生を謳歌しているとのこと。前世の記憶は無いものの、わたくし達三人の目の色が「おかしい」ことは認識していますが黙認しているらしいです。それでいいのでしょうか。
おじいちゃんとお父さんの言葉が理解出来ていたのはおそらく、瞳の色と同様、前世との関係が深いのだと考えられます。思えばおじいちゃんが“勇者様”として召喚された時も、国どころか世界が違うにも関わらず言葉が通じていました。
こちらの世界には魔法は無いとされますが、おじいちゃんとお父さんの言葉だけ理解出来るということは、なんらかの言語相互認識に関する魔法の影響がわたくし達三人には残っていたのではないでしょうか。
こういったことは魔法使いが得意分野のはずです。今となっては尋ねることは叶いませんが、彼もこの世界に転生していたとしたら見解を聞いてみたいものです。
お父さんは魔王とはもう全くの別物であると頭では理解できましたが、どうしても前世の記憶、世界を滅ぼさんとする恐怖の対象であることはなかなか払拭できません。
意識、といいますか、自我がはっきりしている時はおじいちゃんが近くにいることが条件のようですが、無意識下でも紫色の目を持つお父さんを“魔王”と認識しているみたいです。
赤ん坊の体は、まだまだ理性より本能による体の反応が強いようで、魔王が怖くて、特に抱っこをされると泣いてしまうことが多いです…。その度にしょんぼり悲しそうにされるのは心が痛むのですが(おじいちゃんが居る時に限る)、感情の制御が難しい今のわたくしにはどうしようもありません。
「日本語」も段々理解できるようになりました。
日本語の方は、周囲の言葉を正に吸収するように自然と覚えていきました。本当にいつの間にかお母さんの言葉もすっかり分かるようになっていました。この赤子の言葉を覚える力、他国の言葉を必死に覚えた前世の令嬢時代にも欲しかったと思うばかりです。
そして日本語で“勇者”、“魔王”、“聖女”という言葉を覚えた時。わたくしとお父さんの名前の由来を自ずと知る事となったのです。そして思いました。
なんて安直な、と。
元勇者の名前であるユウシは完全に偶然でしょうが、元魔王にマオ、元聖女にセイとか、単純過ぎにも程があります。何の拘りがあるのでしょう。
ちょっと大きくなってからおじいちゃんに聞いても「インスピレーション、大事」とほぼ答えになっていない返答しかありませんでした。
せっかく瞳の色が薄桃色なので(おじいちゃんとお父さんにしか分かりませんが)モモちゃんとかサクラちゃんとかもうちょっと考えて欲しいところです。春生まれですし。
え、こちらも安易?
もう少し年を重ねて“わたし”がはっきりした意思をおじいちゃんが側に居なくとも保てるようになったのは、三歳のお誕生日が近くなった頃でしょうか。お父さんに抱っこされても大泣きしなくなりました。多少ぐずったり嫌がったりはしますが。
その度にお母さんに「パパはいつまで経っても抱っこするのヘタクソですね~」と言われてお父さんは悔しげにしています。下手、とか技術面の問題では無くわたしの気持ち的な問題なのですが、それを伝えることが出来ないのは無理からぬことです。
ある程度言葉を話すことは出来るようになりましたが「パパにだっこされるの嫌~」と正直に伝えたらお父さんいろいろ復活できなくなりそうなので黙っています。親を思う子心です。
大人(主にお父さん)に気を使うことも多少ありますが、前世の大人だった記憶に傲ることなく自然に幼児を出来ている、と思います。言葉遣いもちゃんと“幼児”です。
前の人生で一度大人として過ごした記憶のままに、その矜持から淑女然とした態度の三歳児がいたら、普通は不気味に思われることでしょう。特に前世の世界では、幼子の魂を奪いその体を乗っ取ってしまうという恐ろしい魔族もいましたから、そんな饒舌な子供がいたら討伐の対象です。転生という概念もありませんでしたし。
この世界ではさすがにそのような物騒なことにはならないでしょうが、いきなり「触らないで下さいまし」とか「左様でございますか」とか言い出す幼子がいたら、常識的な両親にはビビられること必至です。
そうならなかったのも、おじいちゃんのアドバイスの賜物です。
おかげで前世の記憶に傲ることなく、幼児を見事に演じてみせました。…というか、意識をしないと精神は肉体年齢に影響されるようで、振る舞いは自然と幼子のそれになりました。難しいことを考え無い事、その時の気持ちに正直になる事が一番です。
そしてその結果、前世の記憶の影響もあるのでしょうが、超おじいちゃんっ子になりました。
おじいちゃんの家はそこそこ近くにありましたので、産後落ち着いてから復学したお母さんが大学に通う時はおじいちゃんの家に預けられたり、おじいちゃんとおばあちゃんがわたしの家に立ち寄ってくれたりと交流はかなりの頻度であったと思います。その度におじいちゃんのお膝に乗ってニコニコとご満悦なわたしです。
転生者と転移経験者が三人もいるという、比較的異常事態なわたしの家族ですが、日々は穏やかに過ぎていきます。
そんな中迎えたわたしの三歳のお誕生日の日。
おじいちゃんとおばあちゃんもお祝いに来てくれました。
おじいちゃん(とおばあちゃん)からはプレゼントに薄桃色の可愛らしいウサギのぬいぐるみを頂き、さらに頬にキスを下さったのです!未婚の女性に瞳と同じ色(おじいちゃんとお父さんにしか分からないですが)の贈り物と口づけをするなんて、まるで恋人のようです!
あまりに嬉しくて思い切りはしゃいだわたしは、おじいちゃんへの思いの丈を、前世の聖女時代に抱いた恋心を、幼子の衝動のままについに告げるに至りました。
「おおきくなったら、おじいちゃんとけっこんするー!」
「おじいちゃんはミチル(おばあちゃん)一筋だから駄目」
秒で振られました…。
齢三歳にして初恋&失恋(前世からの思いも加算)のコンボでそれは派手に号泣です。
おばあちゃんは「いくつになっても大人気ない!」とおじいちゃんを叱り、「そういうのって普通パパと結婚するじゃないのか…」とお父さんが落ち込み、お母さんは抱腹絶倒という言葉を体現するままに床を転がり回っています。ちなみにおばあちゃんに叱られているおじいちゃんはなんだか嬉しそうです。
落ち込みつつも泣き続けるわたしを抱き上げ、背を優しく撫でてくれるお父さんの胸に涙に濡れる顔を押し付けるばかりでした。
前世からの勇者様への思いは、おばあちゃんが大好きなおじいちゃんを前にあっけなく散ってしまいましたが、それを残念には思いません。むしろようやく前世の心残りが解消されて気持ちは晴れやかです。お父さんのシャツをぐっしょりびしょ濡れにするくらい泣いてスッキリしたせいもあるかもしれませんが。
縋り付いているお父さんがちょっと嬉しそうにしていることが少し遺憾なので、もうしばらく抱きついてシャツを重たくしてやりましょう。
ですがスッキリした気持ちがある一方、何かを忘れているような気もします。大事なことだったような気がしますが、(わざと)泣き続けて頭がクラクラしてしまい思い出せません。
「セイちゃん、ほら泣き止んで美味しいケーキ食べよ?セイちゃんが好きなイチゴがいっぱい入っているよ?あと大きくなったらパパが結婚してあげるからね?」
お父さんが三本のロウソクを吹き消したばかりのケーキを一口差し出しました。芳醇な香りを漂わせる地球産のイチゴが乗ったケーキを前にしたら、かぶりつくしかありません。なんて美味しいのでしょう!夢中になってお父さんが差し出すケーキを食べていくうちに、考えていたこともすっかり忘れてしまっていました。
思考をコントロールするなんて、元魔王の誘導術は流石としか言いようがありません。なお、お父さんの最後の一文については無視です。
告白・失恋・大号泣という一幕はありましたが、皆で美味しいケーキを食べて、たくさんのプレゼントを貰って、何より大好きな家族に囲まれて、わたしの転生して三回目のお誕生日はとても幸せな日となったのでした。
勇者の瞳の色はおじいちゃんは黄色、セイちゃんは金色と言っていますが、同じ色です。個人の表現の違いによるものです。