終
俺は、全身を打つ痛みに我に返った。
寒さと、ぐっしょりと濡れた服の重みとで見動きが取れない。
さっきまで差していたビニール傘が、ぼやける視界の端に入り込んだ。
傘はひっくり返り、水溜りができている。
俺は、かじかむ腕をなんとか伸ばし、屋上の手すりをつかんだ。
「何で……」
震える声が耳に届く。
俺は、貯水タンクの梯子に座っていたはずだ。
雨だって、さっきまでやんでいたのに……。
『まさか……白昼夢……?』
「……それとも、魔法……なのか?」
マヤが、あるいはマリアが見せた、魔法だったのだろうか。
俺は、傘の柄をつかんで持ち上げると、開いたままだった傘を閉じた。傘の中から溜まった水が迸るように流れ落ちてくる。そして、手すりから離れ、校舎の方へと向かった。
『……俺は、今までどこにいたんだ……?』
冷え切った体を摩りながら考える。
「……あの話……本当だったのかな……」
――雨の日には、異世界への扉が開かれるのだと言う――
しかし、それは、ただの雨じゃない。
周りが見えなくなるほどの大雨。
手を伸ばした先には、大粒の雨が濁った壁を作っている。
普通は、冷たさと、雨の当たる嫌な感触にすぐに手を引っ込めたくなる。
けれども、引っ込めずにさらに伸ばし続けると、異世界への扉を開いてしまう。
……と、そう言うのだ。
「……開いてしまったのかな……」
――信じることができないから……――
まただ。
また、マヤの声が耳元で聞こえる。
「わかったよ、マヤ……」
震える声でつぶやく。
「わかったよ、マリアお姉ちゃん」
俺は、頭から滝のように滴る水を払い、顔を上げた。
「俺……もっと、一生懸命に生きるよ。一生懸命に、みんなが幸せになれる道を探すよ。そして、必ず、明るい未来が待っているんだって……そう、信じるよ」
ふと、雨音が遠退いたような気がした。
雨が、確かに弱まっている。
雲の切れ間から、一筋の太陽の光が射し込んできた。
「あ……」
思わず声が漏れた。
太陽の光が雨に反射して、大きな虹の橋を空にかけている。
そして、その橋の頂には、にこにこと笑い合う、マリアとマヤの姿が見えたような気がした。