六
「マリアお姉ちゃん!」
マヤが、下りてくる女の子を迎えようと駆け出す。
「マヤ!」
最後の階段を下りながら、女の子がマヤに抱きついた。
「マヤ、ごめんね。一人にして、ごめんね」
しきりに謝る女の子を抱き止めながら、マヤはにこりと微笑む。
「マリアお姉ちゃん、会いたかった」
俺は、一人取り残されたような心持ちでその光景を眺めていたが、ふと我に返って言った。
「……どういうことだよっ?」
俺のツッコミは、至極当然のことだったと思う。けれども、マヤも女の子も、二人して首を傾げて俺を見ている。
『……なんだよ。おかしいのは俺か……?』
俺は首を横に振り、おかしいのは俺じゃないはずだと自分に言い聞かせる。
「マリアお姉ちゃんって……本当に? この子が? マヤの言っていたマリアお姉ちゃんなのか?」
「ええ、そうよ」
「うん、そうだよ」
マヤと女の子が同時にうなずく。
「いや……おかしいだろ」
「おかしい、かしら?」
「何がおかしいの?」
これまた、二人同時に尋ねてくる。首を傾げるタイミングまで一緒だ。
『確かに、姉妹っぽいけど……』
と思いながら、
「歳だよ。マリアお姉ちゃんとマヤの年齢がさ、どう考えたっておかしいだろ?」
そう告げる。
「歳? あたし、九歳だよ」
女の子が言う。
「私は、マリアお姉ちゃんのふたつ下の妹なの」
マヤが、またあの台詞を言った。
「マリアお姉ちゃんのふたつ下ってことは、七歳か? どう見たって無理があるだろ」
マヤが首を傾げて俺を見てくる。
『……首を傾げたいのは俺の方だ』
俺は、おかしなことは言っていないはずだ。だが、マヤは本当に何がおかしいのかわかっていない様子だ。
「マヤは、どう見たって二十歳前後だろ。なんで、九歳のマリアお姉ちゃんの妹なんだよ?」
「私、二十歳前後……なの?」
「違うのか? でも、少なくとも七歳には見えないよ」
「……」
「あ……もしかして、病気……とか? 体が急成長する病気、なのか?」
「……そうなの?」
「いや、俺が聞いているんだけど……」
「マヤは、あたしのふたつ下の妹なの」
俺とマヤのやり取りを見ていた女の子が、口を挟んだ。
「あたしが、マヤにそう教えたの。あたし、ずっと妹が欲しかったの」
「……欲しかったって……? それも意味がわからないんだけど……」
「マヤが本当は何歳なのか、あたしにもわからないの。だって、マヤがいつ作られたのか、わからないんだもの」
「……作られた……? 何を言って……」
「あたしがもっともっと小さかった頃は、お母さんがまだ優しかった。その頃は、あたしの本当のお父さんもいてね、楽しかった」
「……本当の、お父さん?」
「あたしのお父さんはね、病気で死んじゃったの」
「なら、虐待していたお父さんって、お母さんの再婚相手か……?」
女の子はそれには答えず、続けた。
「昔、お父さんとお母さんとあたしで、お祭りに行ったの。赤い明かりの灯るお店で、栗色の髪の可愛いお人形さんを見かけたんだよ。あたし、そのお人形さんがすごく欲しくて、お父さんとお母さんに強請って買ってもらっちゃった」
一体何の話をしているのか……。俺は、とりあえず続きを聞いてみることにした。
「それからすぐにお父さんが死んじゃって、しばらくして、お母さんが新しいお父さんを連れてきたの。新しいお父さん、あたしをよく殴った。お母さんも……。お母さんは、お父さんの機嫌をいつも気にしていたから」
「……」
「あたしは、いつも家に一人……。一緒にいてくれる人が欲しかったの」
「一人って……マヤがいただろ?」
「……あたし、マヤにいっぱい話しかけた。マヤはあたしのふたつ下の妹なんだよ、マヤのことはお姉ちゃんが絶対に守ってあげるんだからねって」
「……」
「そしたらね、マヤが本当に動き出したの」
「……は?」
「マリアお姉ちゃん」
マヤの声にそちらを見る。俺は、ぎょっとした。
……マヤの体が、光っている。
「……何だよ、これ」
俺は、まばたきも忘れて見入っていた。光が、しだいに白い泡のようなものに変わっていく。
『……人魚姫みたいだ……』
そう思った刹那、ひときわ大きな泡が弾けた。
「……マ、ヤ……?」
……言葉にできなかった。