五
「なあ、マリアお姉ちゃんのお母さんって、どういう意味だ?」
しばらく沈黙が続いたのち、ついさっき疑問に思ったことを尋ねた。空に浮かぶふわふわの雲を見つめていたマヤは、その視線をゆっくりと俺に向ける。
「その言い方だと、マヤのお母さんじゃないみたいに聞こえるけど……」
「そうね」
俺の考えを、マヤがあっけなく肯定する。
「マヤは……もしかして、マリアお姉ちゃんとは腹違いの姉妹、なのか?」
「え、そうなの?」
尋ねたのは俺のはずだが、逆に聞き返されてしまった。
「そうなのって……俺が聞いているんだよ」
「私、わからないわ」
「いや、だから……マリアお姉ちゃんのお母さんは、マヤのお母さんじゃないんだろ?」
「そうね」
「マリアお姉ちゃんのお父さんは、マヤのお父さん?」
「違うわ」
俺は驚いた。なら、マヤは、一体どういう繋がりでマリアお姉ちゃんの妹になったんだろう。
「マヤは、養子なのか?」
「養子?」
「マリアお姉ちゃんの家に、引き取られたんだろ?」
「それも、たぶん、違う」
「何だよ、たぶんって……。わからないとか、たぶんとか、自分のことだろ!」
俺は、つい、大声を上げて怒鳴ってしまった。
「タケル」
マヤが、俺をまっすぐに見つめている。
「マリアお姉ちゃんのお母さん、それからマリアお姉ちゃんのお父さんは、私とは何の関係もないの。私に、お父さんもお母さんもいない。私には、マリアお姉ちゃんだけだったの」
「……どういうことだよ」
「……」
「それに、もしもマヤが養子だったなら、おかしいよな。どうしてマヤじゃなくて、マリアお姉ちゃんが虐待されるんだよ? マリアお姉ちゃんは実の娘だったわけだろ?」
「……」
「マヤは、何で虐待されなかったんだ? いくらマリアお姉ちゃんが守ってくれていたって言ってもさ、子供なんだし……限度はあるだろ?」
「……わからない……」
「……何でだよ」
「わからないのよ、私には……何も。気がついたら、私はそこにいて、そして、マリアお姉ちゃんが笑いかけてくれていたの」
そう語るマヤの言葉に嘘は感じられなかった。けれども、俺にはその意味がまるでわからない。俺はただ、マヤの次の言葉を待った。
その時だった。
頭上に光を感じた。見上げると、空一面に白い光が満ちている。
俺は、驚きのあまり、何をするでもなく茫然とその光を見つめていた。
ほどなくして、空が割れた。
その割れ間から、何かが降りてくる。
階段だ。
白い、幅の広い階段が、天から伸びるように降りてきた。
また、他にも何か、降りてくる。
それは、一歩一歩、まるで弾むように、軽やかな足取りで階段を下りてきているようだった。
「マヤ!」
俺は、はっとして辺りを見回す。……誰もいない。
「マヤ!」
また、聞こえた。まるで、降ってくるかのようなその声……。俺の視線が、階段を駆け下りてくるものを捕らえた。
「……女……の子?」
半分ぐらい階段を下りてきて、ようやく姿がはっきりとした。
それは、女の子だった。
十歳にも満たないような女の子が、羽でも生えているかのような軽やかさで、長い長い階段を下りてきている。そして、しきりにマヤの名を呼んでいるのだ。
「……知り合いか?」
返答がない。俺は、女の子から目を離すと、マヤの方へ顔を向けた。
「……マヤ?」
息を呑んだ。
こんな表情、俺は知らない。
この十四年の人生で、初めて見たような気がする。
その時のマヤは、これまでの無表情からは考えられないような表情をしていた。
悲しいような、喜んでいるような、泣きたそうな、安心したような、それでいて、長年の願いがようやく叶った時のような……そんな、一言ではとても言い表せないような複雑な表情を浮かべていた。
そして、次の瞬間、マヤの口をついて出た言葉に、俺は驚愕した。