一
誰かが言った。
雨の日には、異世界への扉が開かれるのだ、と。
ただの雨じゃない。
周りが見えなくなるほどの大雨。
手を伸ばした先には、大粒の雨が濁った壁を作っている。
普通は、冷たさと、雨の当たる嫌な感触にすぐに手を引っ込めたくなる。
けれども、引っ込めずにさらに伸ばし続けると、異世界への扉を開いてしまうというのだ。
「……中二病かよ」
肘まで濡れた腕を引っ込めながら、俺は舌打ち混じりにつぶやいた。
差した傘に重い雨の感触。雨音が耳に痛い。傘の端から滝のように水が迸り落ちて行く。
降った雨が地面を跳ねて足を濡らした。
俺は、今、自分の通う中学校の屋上にいた。
校舎内にも、校庭にも、まるで人気がない。聞こえるのは雨の音だけだ。
今、中学校は夏休みの最中。この豪雨では、部活動もすべて休まざるを得ないだろう。
朝の九時。俺が屋上に上ってから三十分。ただ、なんとなく校門を眺めていたが、誰一人としてそこをくぐる者はいなかった。
「好都合、だな」
ふうっと、深い息を吐き出しながら天を仰いだ。雨は、まだまだやむ気配がない。
「雨の日は、異世界への扉が開かれる……か」
俺は、自嘲するように笑った。
「もしもその話が本当なら、この世界から離れても、別の世界に行けるのかもしれないな。そこで、新たな冒険にでも出ようか」
はははという乾いた笑い声。それも、すぐさま雨音にかき消されてしまった。
「……わかっている。そんなこと、あるわけない。死んだら、それで終わりだ」
――終わらせるんだ……。
俺は、屋上から身を乗り出した。