09 騒乱の入学式
「ええっ!もう!学園が見えてるなら起こしてくださいよメルク!!!」
「ご、ごめん」
ラムダは目を覚まして早々、窓から見える光景に目を輝かせた。
かと思いきや俺をポカポカと殴りながら開口一番に文句を言う。
「まあいいです……今回のことは不問にしましょう!ま、窓開けてもいいですか?!」
「もちろん」
「うわー!これが海の香りなんですね!」
「そっか、王都は内陸部だからあまり海とか見たことないのか」
ガラリと馬車の窓を開けると潮の香りとともにひんやりとした夜風が馬車の中を満たす。
初めて見る海、待ち望んでいた学園都市を目にしたラムダは楽しげにずっと窓から顔を出している。
窓を開けていると、羊皮紙で折られた紙飛行機がスッと車内に入り俺の膝上に着陸する。
「紙飛行機、一体どこから……?」
「たぶんこんなことしてくる、というか出来るのは姉貴くらいだろうな……なんか連絡か?」
「メルクのお姉さん……って、勇者ディアーナ様からですか?!」
ディアーナ・クロンダイク
「魔弾の射手」の二つ名を持つ冒険者の最高峰、7人の勇者の一人を務める狩人だ。
本人曰く「企業秘密」の固有魔術により姉貴の放つあらゆる攻撃は文字通り、必中。
物理法則や因果関係を全て無視してその対象に命中する。
この紙飛行機によるメッセージも姉貴の固有魔術によるものだ。
若干ブラコン気味の姉貴は定期的にこの手法で俺のもとに手紙を届ける。
憧れの人物の一人であるディアーナからの手紙と聞き、ラムダは「見せてください!」と言わんばかりの顔をしている。
しかし、内容によっては今の雇い主の頼みでも見せられないこともある。
「まずは俺一人で読ませてほしい」と伝えると、「……そうですよね」と彼女は肩を落とし窓の外に目を移した。
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親愛なる メルクスへ
ひとまず冒険者学園への入学おめでとう!
今回の入学は君の本意ではないかもしれないけれど、学園での生活は必ず君の糧になると思うよ!卒業生のお姉ちゃんが保証します!!!
でも羽目外しすぎて粗相を起こさないように、特に君のお友達にはヘンな気を……じゃなかった迷惑をかけないように!!!絶対だよ!!!
それはともかく、お姉ちゃんは君の代わりに冒険者学園に入学する大切なきっかけを与えてくれたおじさんに個人的にお礼を言いたくなったのでちょっとだけ挨拶してきます!お楽しみに!!!
あ、あと、学園のステキなお客様が君と君のお友達のところにお邪魔しにいくかも!だからちゃんとお出迎えの準備を忘れずに!!!って爺が言ってました!ファイト!( ´ ▽ ` )g
君の頼れる姉 ディアより
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姉はメッセージを他人に見られても問題ないようにカモフラージュしているようだ。
要は「学園生活楽しめ、でも姫に迷惑はかけるな」「姉貴はベータ皇子に個人的なプチ復讐をする」そして「学園内に刺客がいるから用心しろ」ということだろう。
ここで俺は一つ不安が過ぎる。
姉貴は強い、強いがそれ以上に……なんというか頭からネジが何本か抜けている。
俺や他の勇者仲間に対する愛情が強すぎる故にこの「ちょっとだけ挨拶」がどの程度のものになるのか、それが原因で姉貴まで資格剥奪になる未来まで見えた気がして少し頭痛がしてくる。
「どうかされたんですか?」
「ああ、ちょっとね」
手紙の内容をかいつまんでラムダに説明する。
すると「きっと大丈夫ですよ」とラムダはニッコリ微笑んで俺を元気付けようとする。
それと同時に開けた窓から拡声魔術で学園からのアナウンスが聞こえた。
「あ、あーーー!テステス、ん?もう入ってる?、そうか……あー、ようこそ学園都市ルーツポリスへ……新入生の諸君は所属の校区に関わらず東校区の大講堂まで集合するように頼む……繰り返す、新入生の諸君は……」
「ついに来ましたね!ルーツポリスに!」
気がつけば馬車はすでに巨大な校門をくぐっていて、そこはもう学園都市の敷地内であった。
「学園都市」と名乗るだけあって道幅は広く、しっかりと舗装されている。
等間隔で並ぶ街燈とその間の花壇は王都に引けをとらないほど綺麗な光景だ。
街路の両端には先輩に当たる学生たちが「今年の新入生はどんな奴らなのか?」と野次馬のようにワラワラと馬車の中身をのぞき込もうとする。
そして新入生に興味津々の先輩方に応えようとラムダは窓から身を乗り出し、笑顔で手を振る。
「なんかめっちゃ可愛い新入生が俺に手ー振ってくれたぞ!」
「いやいや俺だろうが!!!」
「ってかちょっと待て!今のってラムダ姫じゃね!?」
「姫って、今年入学するって噂の?」
「へー、あの新入生が?!」
また、別の人集りでは
「何、あの女ちょーし乗ってんじゃん……」
「ムカつく新入生ね」
「ってかアレ姫じゃね?」
「あー、あの王位継承から外れた姫ね……」
一国の姫が入学するというのは既にウワサになっていたようで多くの学生に気づかれたようだ。
かわいい上に愛想の良い新入生がいることにテンションが上がる男子学生やそれを見て媚を売っているとレッテルを貼る女子学生で街路は一気にざわつく。
「これは師匠ではなく護衛役としてのお願いなんだけど、あんまり目立つ行動は謹んでもらえると助かるかな、姫」
「す、すみません……」
「ところで俺たちってどこの校区に所属なんだ?」
「あ、それならさっき渡した生徒手帳に……えーっと私たち2人とも東校区です!」
学園都市ルーツポリスは東西南北で4つの校区に分かれていて、生徒の性格や適正によって割り振られる。
俺たちが同じ校区に配属されたのは組合長が学園長に掛け合ってくれたためだそうだ。
たしかに、護衛任務のことを考えるとそちらの方がありがたい。
陸地から唯一学園へ繋がる道に一番近い東校区は1番生徒数が多く、全校生徒を収容できる講堂があり、都市としても賑やかだ。しかし生徒数が多い割には冒険者として抜きん出た実力者がいないようで、他の校区からは舐められているという背景があるようだ。
アナウンスにあった大講堂の前にある馬車の停車場。
到着した俺たち二人は長い旅を共にした馬車から下車し、新入生の列に並んで入学式の会場へと入る。
入ってみて気がつけば、どうやらこの大講堂の中は外から見たよりも遥かに広い。
おそらく魔術によって拡張されているのだろう。
学園都市には制圧されたダンジョンの一部を利用した施設が数多く存在するらしく、ここもその一つなのだろう。
壁や天井、床に至るまで魔力の流れを感じる不思議な空間だ。
だがそれに気がついている様子の新入生はごく一部のようだ。
ほとんどの新入生は待ちに待った学園生活に浮き足立ってそれどころではない。
もちろん、俺の隣で座る新入生もその一人だ。
「わぁ、メルク!ほんとワクワクしますね!」
「ああ、これほどまでの空間拡張魔法は中々見たことがないな」
「あ、そっちですか……コホン、ええ確かにこれはとてもすごい……」
同じ冒険者の卵がこれほどいるということに浮かれていたラムダは一つ咳払いをして精密な彫刻が施された椅子の手すりをなぞりながら大講堂をぐるりと見渡す。
ぐるりと見渡した視線の行き着いた先、講堂の中央にルーツポリスの制服を着た学生が登壇する。
「あー新入生の諸君、ようこそ学園都市ルーツポリスへ……東地区生徒会長ニューロ・ウォッチャーだ」
生真面目そうな詰襟の学生が大講堂の真ん中で拡声魔術を用いて新入生に簡潔な自己紹介をする。この声は馬車で聞いた案内と同じ声だ。
ルーツポリスでは校区ごとに生徒会があり、それぞれの生徒会がその校区を仕切っている。
ここ東地区生徒会を仕切っているのが彼、ということだろう。
確かに生徒会長を務めるだけあって、その佇まいから実力者であることがうかがえる。
「ここ、学園都市ルーツポリスで共に暮らすことになる在校生を代表して、君たち新入生に挨拶をしたい……のだが、個人的、いや全生徒に関わる大事な話を一つ話しておきたい……少しばかり時間をいただいてもいいかな?」
ざわざわと妙な緊迫感が大講堂を支配する。
新入生はもちろん会場にいる一部の在校生や教師陣も含め、誰もが東地区生徒会長が口を開くのを待っている。
しかし、この騒めきを破壊したのは生徒会長の言葉ではなく彼の額を撃ち抜く一発の魔術だった。
略して「しかくまる」です
この話からようやく学園編です!!!(さようなら生徒会長……)
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