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02 姫の奪還

メルクリウスが皇子から資格を剥奪された時から遡って一週間前。


その時、俺は皇子直属の聖騎士団と共に馬車に揺られていた。


日も暮れ始め、そろそろ野営の場所を見つけなければな、と騎士団長に話を振ってみる。

しかし、帰ってきたのは「早く到着せねばならないから今日は徹夜で馬を進める」という言葉。目の下にクマのある騎士団長の必死さに正直ドン引きした俺はこれ以上口を出すことなく、護衛のため周囲の警戒に移る。


「聖騎士団なのにブラックとはこれいかに、だな……ご愁傷様」


誰も聞いてないことをいいことに、寒めの独り言を漏らしながらこの部隊の“目”となるべくササッと馬車の荷台の屋根に登る。


この馬車部隊の編成は1、4両目が警備人員を載せた馬車で、3両目が姫様となっている。


「……そういえば2両目って何運んでるんだ?」


ぼやっとそんなことを考えながら、俺は4両ある馬車の先頭車両の荷台の屋根の上であぐらをかいて森林地帯の木々の隙間に睨みを利かす。


夜の闇は襲撃者にとって都合がいい。

さらに、ここは視界の優れない森の中。

もし、姫の暗殺を狙うのであればここが絶好のチャンス、だからこそ警戒は万全にせねばならない。


そして予想通り、襲撃者の気配を感じる。

俺は運転手に合図を送り、停車するように伝える。


すでに日は落ち、視認は困難だが、道には馬車の走行を妨害するためにワイヤーがピンと張られている。もし、そのまま通過すれば馬の足は傷つき、走行不能となっていたところだ。


「ざっと、80ってところか?よくこんなに頭数揃えたな」


停車した馬車の前方に展開する無法者(バンディット)の気配の数を数え、俺は素直に驚く。

通常、無法者に依頼するような闇仕事は報酬金が高額であることに加え、無法者の多くが自分勝手で統率が取れないから複数のグループに任務を依頼することはまずあり得ない。


正直、敵の頭数がどれだけ増えようが対処そのものには問題がない。

しかし「常識的に考えればあり得ない状況というのは起こりうる。対処しながら裏の理由を考えろ」という師匠の言葉が頭をよぎる。


「ま、相手しながら考えるか……」


痺れを切らしたのか、馬車の近くの茂みから30人近くの無法者が飛びかかる。

俺は魔術の行使を補助する呪文処理装置(ワードプロセッサ)のロングソードを抜き、その鋒を前に突き出して周囲の無法者を対象に転移術を発動する。


「【座標掌握(ポジションハック)不運な事故(アンラックラッシュ)】」


すると、剣の指す先に無法者たちが次々に“転送”される。

同じ場所に次々と転送された無法者たちの肉体は癒着し、まるで手足の生えた巨大な肉団子のようになる。仲間が目の前で肉団子にされていく異様な光景に困惑し、怯む無法者たち。

逃げ出すものもいたが既に遅し。発動済みの転送術から無法者たちは逃れることができず、次第に肉団子は大きくなっていく。

グシャっという肉と肉が潰れる音やボキボキと自重で骨が折れる音とともに断末魔の叫びが聞こえる。

その異様な光景に味方であるはずの騎士団すらもドン引きし、中には嘔吐するものもいた。


「……ウゥッ、ボォエッ」

「おい!勇者様の前で失礼であろうが!……しかし、あれだけの数を一瞬で……敵には回したくないものですな、ガッハッハ」


”転移転送事故”

それは転移転送術を使用する上で一番に気を付けなくてはならない事故だ。

転移先にある物体の座標と転移する対象の座標が被った時、二つのものは癒着してしまう。


「冒険者がダンジョンの壁にめり込んだ」

「転移先にいたモンスターと冒険者が合体して両方死んだ」

「冒険者と装備品の転移がうまく同期せずに剣が刺さった状態で転移した」などなど…


過去に起きた事故は数知れず、故に転移転送術は非常に危険なものとして特別指定呪文に指定され、使用が許可されている者の数はごく一部のみとなっている。


俺が最上位の冒険者として評価される理由はこの転移転送術を自在に操れることにある。

【座標掌握:不運な事故】は転移事故を意図的に発生させ周囲の敵を殲滅するオリジナルの魔術だ。魔力の燃費は悪く、再発動には時間を要するが雑魚を一掃するには丁度いい。


何より、この技の強みは相手の戦意を奪うことにある、なんせグロいから。


現に残りの無法者はかつて仲間だったはずの肉塊を目にしたショックで……まあ彼らに仲間意識というものがあるのかは知らないが我が身大事に背中を向けて逃げ出している。


やがて周囲に敵影がなくなったことを確認した後「た、助かりました……へへッ」と騎士団長は俺に駆け寄り、引きつった笑みを浮かべながら礼を述べる。


しかし、無法者を排除しても何故かモヤモヤが残る。

たとえ俺が護衛してなくても、雑魚をいくら揃えたとして姫の暗殺が成功するとは思えない。そう、何か見落としているような……


「……そうか、そもそも無法者は囮だ!おい!姫様はどうなってる?!」

「へ?」


騎士団長は気の抜けた顔で首を傾げる。

先ほど脅威は排除しただろと言わんばかりの間抜け面だ。

その直後。


「キャーッ!」


後方車両から女性の悲鳴が聞こえる。

この声は、間違いない姫様だ。


「【座標掌握:巨人の一歩(ワンステップ)】」


俺が呪文を唱えると、手にしていた呪文処理装置のロングソードは手元から消え、そのあとを追うように俺も3両目の馬車の元へと転移する。

先に目的地に転移した剣は魔力の残滓を振りまきながら地面に突き刺さっている。


この剣は中長距離転移における転移事故防止の役割を持つ。

剣が先に転移先に跳び、つゆ払いとして障害物になりうる物質を吹き飛ばす。

その後に術者が跳べば、リスクを抑えて転移できるという訳だ。


3両目の屋根の上には皇子の側近と聞いていた魔術師セントマルクが左腕で気絶した姫ラムダ・キュリー・イクシーズの首を掴み、さらにその右手には国宝の入った箱が握っていた。


彼の周りには姫と国宝の護衛についていたはずの騎士が倒れている。


魔術師はいつでも姫の命を奪うことができることを見せつけるかのように姫の首を掴んでいる左手を前に突き出す。人質をとる彼がどのような魔術を得意としているのか不明な以上、俺としても迂闊に手出しすることはできない。


(……どうする?姫を奪還するならヤツが逃走用の魔術を起動した隙か?)


一般的に魔術の並行発動は相当な使い手でなければ不可能な領域で俺の知る限り、この世界に2人しかいない。だから逃走用の魔術を起動している隙を狙えば抵抗はされないはずだ。そんなことを考えていると、セントマルクの方が俺に話しかけてくる。


「クックック……勇者メルクリウス様……少しばかり気がつくのが遅かったようですね」

「……無法者は先頭車両に戦力を集中させるための陽動ということか」

「ご名答でございます、まあこれ以上長話をするつもりもないので、それではさようなら」


そういうと彼もまた手にした杖型の呪文処理装置を起動し、転移術を発動する。

どうやら俺の転移術とは異なり、異なる空間同士をトンネルでつなげる仕組みのようだ。

発動から起動までのラグは俺よりも遥かに長い。


チャンスは今だと判断した俺はすぐさま目の前に「投げナイフ」をふわりと放り投げ、呪文を唱える。


「【座標掌握:不等価な交換(ダーティートレード)】」


ゆっくりと落ちゆく「投げナイフ」と魔術師の腕につかまれ気を失っている「姫様」の座標が瞬時に入れ替わる。転移したナイフはそのまま魔術師の腕に突き刺さり、俺は空中に現れた姫を地面に衝突しないようお姫様抱っこの形でキャッチする。


「チッ……なるほど、既に姫様にはマーキングがしてあったのですね……ですがこちらは頂いていきます」


彼のいう通り、姫様には護衛任務の前に「護身用です」とこっそり俺がさっき投げたナイフと同じものを渡しておいてあった。


右手で国宝の収められた箱を掴むセントマルクは左手に刺さったナイフを魔術操作で抜き取り、その手を振って、トンネルをくぐり俺に別れを告げた。


******


セントマルクは転移して間も無く、主人の書斎へ報告に馳せ参じる。


「我が君、報告に参りました」

「ほう、国宝の奪取には成功したようだな」

「……はい、しかしながら勇者メルクリウスの妨害によりラムダ姫の誘拐は失敗いたしました、申し訳ございません。」

「まあいい、元々国宝だけでも手に入れば良かった話ではある……しかし、腹立たしいことに変わりはないな……さて勇者メルクリウスにはしばらく()()()()()()()()()をやるとしよう」


革張りの格調高い椅子に腰掛ける第2皇子のベータ・フェニキア・イクシーズはセントマルクから受け取った国宝の入った箱を手で弄びながら悪魔のような笑みを浮かべた。


略して「しかくまる」です


「ちょっと面白そう」「続きが気になる」と思ってくれればありがたいです!


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