01 無資格勇者
「……メルクリウス・クロンダイクッ!貴様、それでも勇者かッ!」
冒険者組合の組合長室、そこにいるのは3人の男。
口角泡を飛ばし怒りをあらわにする40代前後の男はこの国の王位継承順位2位の皇子、ベータ・フェニキア・イクシーズ。彼のゴツゴツと骨張った両手には悪趣味なほど大きな宝石の指輪がはめられている。
そして、そんな彼をなだめるドワーフ族の男はこの冒険者組合の支部長を務めるジン・リッキーライム。
かつては名高い冒険者で“竜殺し”の異名で世の尊敬を集めていた。身長が低いながらも普段は圧倒的な存在感を誇る鍛え上げられた肉体もご立腹な王族を前に、萎縮しているのかひとまわり小さく見える。
「勇者という存在でありながら、我が国の国宝が無法者に奪われるとはどういうことだ!」
「まあまあ、今回の任務失敗は”任務内容の未伝達とベータ様の右腕にあたる方の裏切り”、というイレギュラーもございましたので……」
皇子が発令した「王位継承順位11位の姫ラムダ・キュリー・イクシーズの護送」という任務において、護送団が無法者と呼ばれる高額な報酬と引き換えに違法行為に抵触する任務を請け負う冒険者崩れの襲撃を受け、結果的に皇子が極秘裏に移送していた国宝が盗まれたというのがコトの発端である。
だが組合長が指摘する通りだ。
そもそも国宝の移送について組合側は知らされていなかった事、そして無法者の襲撃のタイミングで皇子の側近である魔術師が裏切ったのが今回の任務失敗の一番大きな要因。
一時的にではあるが護送中の国宝級アイテムと姫の両方が彼の手に落ちた状況から、姫だけは奪還したのだから少しくらい感謝の言葉があってもいいくらいのはずだ。
「……そ、それを見越して私は勇者である貴様に依頼したのだ!襲撃は予測済みだった!」
「はぁ……だったら、それは依頼の事前情報に『国宝も移送してます』ってちゃんと盛り込んでくださいよ」
この場にいた3人目の男、つまり俺が痺れを切らして口を開く。
俺の名はメルクリウス・クロンダイク、16歳。
最上位の冒険者にのみ与えられる称号“勇者”を持つ7人の内の1人で、転移転送術を自在に使いこなすことから“跳躍する死神”という二つ名で知られている。
「き、貴様ッ!それが王族に対する口の利き方かッ?!」
「内通者がいるならその旨を事前に伝えるべきだし、そもそも国宝も守ってほしいなら伝えておくべきだったと言ってるんです。不完全な情報では不完全な任務しかできないのは当然のことです」
「クッ……国家機密なのだから雇われの冒険者ごときに伝えるわけがなかろう!」
「……はぁ、ベータ様は勇者を神か何かとお思いですか?」
「何ィ?」
「第一、伝えられていたとしても国宝と姫様であれば姫様の命を最優先に対処するのが最善だと判断しただけでしょうね……それとも、皇子様は『姫を見捨てて、古臭い呪文処理装置を優先せよ』とでも言いたいのですか?」
「まあまあ、メルクもその辺に……」
ベータも俺も立場は違うが、依頼者と冒険者の仲介役である冒険者組合にとってはどちらも大事なお得意様。ジンとしてはこの一触即発の状況をどうにか丸く治めたいところだろう。
この二人を相手するくらいならまだドラゴンの4、5頭を相手する方が遥かにマシなんじゃが……と、ドワーフ族の老人は胃をキリキリと痛めながら内心ため息をつく。
「この私に楯突こうとは生意気な小童め……」
と聞こえる大きさの独り言をベータがこぼす。
「その王族に対する反抗的な態度含め、今回の任務失敗の責任を私、ベータ・フェニキア・イクシーズの名において貴様の冒険者資格を剥奪するッ!【勅命】ッ!」
ベータはそう言うと、腰掛けていたソファーから立ち上がり、メルクに向かって人差し指を指す。すると、指輪の一つが光り輝き、徐々に彼の身体の周りは光に包まれる。
光に包まれた俺は自身の中で結ばれていた“冒険者としての資格”が解かれていくような、スルスルと失われていくような不思議な感覚にとらわれる。
“冒険者としての資格”
それは組合からの契約魔術で、国家間の戦争行為への魔術使用を制限する代わりにダンジョンと認定された地区への入場許可や冒険者組合を経由した任務の受領、アイテムや武器防具などのサポートなどなどが受けられるようになる。
つまり、この資格が失われたメルクは最強クラスの実力を持ちながらも、ダンジョンにも潜れず、依頼も受けられないただの16歳に成り下がったということだ。
自身の魔術によりメルクの冒険者としての資格を剥奪したベータは
「フンッ、これで貴様は二度と冒険者としての活動をすることは出来まい。私の前にもその生意気なツラを今後一切見せないでくれたまえ、それでは」
と言い残し、鼻息荒く足早に組合長室を出る。
王族に楯突いたことを理由に勇者メルクリウス・クロンダイクが資格剥奪され無職になったことはその日のうちにスクープとして全国を駆け巡るのであった。
略して「しかくまる」です
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