あさきゆめみし 2話目
「お前は馬鹿なのか」
『そんなこと言わないでおくれよ、俺はお前の幸せを願って言ってあげていると言うのに』
「そうか。では俺の幸せのためにも戯言を言うのはやめてもらえるかな」
『またまたそんなことを』
俺は仕上がった企画書を保存してパソコンを閉じると、携帯を耳に当てたまま布団にダイブした。
「ではその都市伝説にどんな根拠があるというんだ。俺は神秘的で摩訶不思議なものが大好物で夢見てフワフワしている女子高生じゃあないんだぞ」
『根拠って、それはあれじゃないのか、起きている間にその人のことを強く意識していると夢の中にも出てきやすいっていう』
「じゃあ写真なんか使わなくっても、その人に会えますようにと念じながら寝れば同じだろう」
つまりこいつの言っているのはあれだ。枕の下に夢で会いたい人の写真を入れておくとその通りになるという、ある種のおまじないのことだ。俺の「夢の中でいいから推しに会ってみたいよなぁ」という他愛のないつぶやきを拾って、この怪しい噂を吹き込んできたというわけだ。
「それに、せっかくの写真を枕の下なんかに入れたら、起きたときには見るも無残なシワクチャ状態になっているかもしれないんだぞ。そんなもったいないことができるか」
『じゃあ夢ですら会えないのと写真がシワクチャになるのとだったらどっちがいいんだ!』
「答える価値のない選択肢だがあえて言うなら後者だな」
『それきた!』
こうして、今晩の俺の枕には推しアイドルの写真が仕込まれることとなった。
*
『いいか、ポイントは浅い眠りだ』
「なんだそれは」
俺は、推しアイドルの写真の中でもまだシワクチャになっても許せるものを選びながら、適当に相槌を打った。
『いいか、よく聞けよ。人間の睡眠には二つの種類がある』
「レム睡眠とノンレム睡眠ってやつか」
『その通り。身体がとくとくと眠りについている間、脳が覚醒している状態の眠りをレム睡眠といい、逆に脳がスヤスヤと休んでいる間に身体がゴテゴテと寝返りをうっている状態の眠りをノンレム睡眠という』
「ほう」
『そしてここが重要。夢を見ることのできる眠りの状態というのが』
「レム睡眠というわけか」
『ご明察』
「つまりあれか、あんまり深い眠りにつくと夢を見られなくなるぞっていうことか」
『まあそんなところだな』
さいですか。
俺はこのミッションにふさわしい選りすぐりの一枚を枕の下に入れると、早々に常夜灯を点けた。
「こんなことで上手くいくとは思えないがな。まあたまにはこんな遊びに付き合うのも一興だな」
『そう言ってられるのも今のうちだぜ。ほんじゃ、おやすみ』
「あいよ、おやすみ」
『おう、そこそこよく寝ろよ!』
*
翌朝。
俺は日々のパソコン労働で凝り固まった目をガシガシとこすりながら、枕元の携帯を開いた。
「おい、起きてるか」
『なんだよ、朝から電話なんて。もしかしてあれか、良い夢でも見れたのか』
「まさか。その逆だ」
『逆?』
「俺のお目当ての彼女は、夢にご登場にならなかったよ」
『へえーそうかい、そりゃあ残念だったなあ』
さして残念でもなさそうな声の向こうで、プシッという炭酸ジュースを開ける音が聞こえた。
『まああれだな、その分熟睡できたってことで。良かったじゃないのよ』
「それがそうでもないんだな」
『と言いますと?』
「夢は見たんだ。楽しい夢だった。しかしそこに出てきたのはお目当ての彼女じゃなかった」
俺は枕の下からシワクチャに成り果てた写真を引き抜いた。
「今日の夢はな、あれだ、お前の大好きなアイドルがいただろう」
『ああ、いるな』
「そいつと楽しく浜辺を散歩する夢を見たんだ」
『ほえー、そいつぁ羨ましいや!どうだい、可愛いだろう俺の推しは』
「ああ、この子には申し訳ないが、俺はどうやら心変わりしてしまったようだ」
俺は手元の写真をそっと机の引き出しにしまった。
「まったく、思いがけない結末になってしまったよ」
『ふうん、心変わりねぇ。レム睡眠の間に寝返ってやがるよ、こいつは』