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ドン・カミッロの小さな世界  作者: グアレスキ
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第六話:禁猟区にて

ドン・カミッロ 第六話:禁猟区にて


 ドン・カミッロは毎朝、教会の塔の有名なひび割れを測りに行くことを日課にしていたが、結果はいつも同じだった。割れ目は広がることもなければ、縮まることもなかった。業を煮やした彼はある日、寺男を役場に使わした。


 「市長のところへ行き、この厄介な有様を見るためにすぐおいで、と言ってきなさい。彼に事態は深刻だとよく伝えておくように」


 寺男は出掛け、帰ってきた。


 「ペッポーネ市長のおっしゃるには、事態が深刻だというのは認めるけれど、もしどうしても割れ目が見せたいのなら、塔を役場まで持ってきなさい、ということでした。夕方5時までは受け付けるそうです」


 ドン・カミッロは瞬きもせずこの報告を聞き、夜のミサのあとで寸評を述べるに留めた。


 「もしペッポーネや奴の仲間の中に明日のミサに参加する勇気ある男がいたら、活劇的なシーンに立ち会わせてやろうとも。とはいえ連中は恐れをなして、現れることはないだろうけれど」


 翌日のミサには、社会主義者たちの影一つなかった。しかし典礼の始まる5分前、参加者達は一隊の男達が隊列を組んで教会の前庭に近づく足音を耳にしたのである。ペッポーネの1・2という号令の元に傲然と行進する完璧に整列した社会主義者たちの中にはこの街のものだけでなく、義足の靴屋ビローや死ぬほど熱のあるプラーティのロルドといった、近隣のセクトの男までが見受けられた。


 教会の側にきちんと並んで腕を組む彼らの顔と来たらまるで戦艦ポチョムキンのような残忍さである。


 ドン・カミッロは説教台に立つと、上品な仕草で良きサマリア人のたとえ話を説明し、信者たちに向き直って言った。


 「皆さん良くご存じのはずで、今さらここで説明する必要は少ないかもしれませんが、あの危険なひび割れのため、塔の堅固さが揺らいでいます。そこで私はあなた方信者の皆さんに、この神の家を助けて貰いたいのです。わざわざ”信者の皆さん”と言ったのは、神へと近づくためにこの教会に来た素直な人々に向かってお願いしたのであって、軍事的教練の見事さを見せびらかすために来た人々にはあまり期待が持てなかったからです。彼らにとっては、塔が倒れようともあまり関係がないでしょうから」


 ミサが終わると、ドン・カミッロは司祭館の玄関の小さな机に腰掛け、人々は誰一人そのまま立ち去ることもなく、行列を作って寄進を行い、また塔の危険な様子を確かめに行った。最後に、完璧に編成された大隊を率いたペッポーネが現れ、ドン・カミッロの机の前で見事な”全隊止まれ”を行った。


 ペッポーネは傲然と進み出た。


 「昨日、教会の鐘は、この塔の高みから解放の夜明けを告げた。明日、同じ鐘が、眩しいプロレタリア革命の夜明けを告げるだろう!」


 そう、ドン・カミッロに向かって宣誓すると、お金で一杯の真っ赤な袋を三つ、彼の目の前に置き、一隊を従えながら肩で風を切って立ち去った。プラーティのロルドは高熱のため立っていることも難しかったが、顔を高くあげていたし、びっこのビローも木製の足を自慢げに鳴らしながらドン・カミッロの前を通り過ぎた。


 ドン・カミッロがお金で一杯の寄進箱を持ち、塔の修理計画が前進したことを告げるためにキリストのもとを訪れると、キリストはびっくり顔で微笑んだ。


 「お前の言うとおりだったな、ドン・カミッロ」


 「はい、世間でも承知の通り」 ドン・カミッロは答えた。「あなたは人間についてよくご存じですが、私はイタリア人についてよく知っているのです」


 ここまでドン・カミッロの振る舞いに問題はなかった。良くなかったのは、彼らの軍事的教練の見事さについてペッポーネを大いに賞賛したことである。


 「ただし、偉大なプロレタリア革命の日のために、君たちは回れ右と駆け足の技術をもっと磨くべきだ・・・」


 ペッポーネはドン・カミッロを待ち伏せして殴った。



        *        *        *



 ドン・カミッロはどこにも非の打ち所のない紳士であったが、自前の猛烈な狩猟熱に加えて、素晴らしい連発銃と、見事なヴァルスローデの弾薬を持っていた。さらには街からたった5キロしか離れていない場所にストッコ男爵の禁猟区があり、野生動物はもちろん近所のニワトリでさえも、その鉄条網をくぐりさえすれば捕まえに来た連中を面と向かって嘲笑えることを学んでいるとなれば、彼はいよいよその熱をかき立てられたのである。


 そんなわけで、ある夜、馬鹿でかいファスチアンのズボンとペチコートを身につけ、ぼろぼろのフェルト帽を頭に乗せたドン・カミッロが、男爵の禁猟区の中にいたとしても、何の不思議もないのだった。肉体はいよいよ衰えて来たとはいえ、彼はまだまだ狩猟家である。ドン・カミッロが連発銃をぶっぱなし、彼方の野ウサギを打ち倒したことにも何の不思議もなかった。彼の目の前に突然何ものかが現れたのは、ドン・カミッロが地面に倒れたウサギを見つけ、それを獲物入れにしまい、尻に帆を掛けて逃げだそうとした時である。密猟の咎で司祭が猟場管理人に取り押さえられたなどと世間に知られるのはあまり好ましくないため、彼はすかさず帽子を目深にかぶり直し、相手を宙に舞い揚げるべく胃のあたりを狙って強烈な頭突きを放った。


 厄介なことは相手の男もまた同じ考えだったらしいことである。こうして二つの石頭が道の真ん中で激突し、その威力たるや二人共々跳ね返って尻餅をつき、目を回したほどだった。


 「これほどの石頭の持ち主が、我らが愛しの市長様の他にいるはずがない」 目の前が何とか見えるようになった頃、ドン・カミッロは呟いた。


 「こんな石頭の持ち主は我らが愛しの神父様以外にありえん」 頭をがきがきと掻きながら、ペッポーネが答えた。


 ペッポーネもまた密猟の最中であり、ウサギ捕りの罠を袋の中に携えていたのだが、彼はドン・カミッロを嘲笑って言った。


 「他人の所有物を尊敬すべきと説くあなたのような人が、まさか禁猟区の鉄条網を破って密猟するなどとは、夢にも思いませんでしたよ」


 「同じく私も、まさか我らの代表たる人物、市長同志がこんなことをするとは予想だに・・・」


 「市長だが、第一に同志だ」 ペッポーネはそれを遮って言った。「つまり、これは富の分配という鉄の掟に突き動かされた結果であって、ドン・カミッロ師の言動よりもずっと筋が通っている。そのくせあなたは・・・」


 何ものかが近づいてきていることに彼らが気付いたのは、後ろから一発鉛玉を食らわずには逃げられないほど至近の距離になってからだった。というのも、今度は本当に猟場管理人だったのである。


 「なんとかしないといけないぞ!」 ドン・カミッロは囁いた。


 「俺には関係ない」とペッポーネは返した。「俺はいつでも自分の行いに責任を持てる」


 足音はますます近づいた。ドン・カミッロは巨木の幹に身を寄せたが、ペッポーネはその場から動かなかった。そればかりか、ライフルを携えた猟場管理人が姿を見せた時、彼にむかって挨拶までした。


 「こんばんは!」


 「ここで何をしている?」 猟場管理人は尋ねた。


 「キノコ狩りです」


 「ライフルを持って?」


 「これはもう一人と決めた方法なんです」


 猟場管理人を無害化する方法というのは単純だった。猟場管理人が振り向いたところを、後ろからマントをすっぽり覆い被せ、一発頭を殴りつけるだけである。あとは猟場管理人が目を回しているうちに鉄条網に辿り着き、それを乗り越えれば用足りた。一端外に出てしまえば、もう何も問題はない。


 ドン・カミッロとペッポーネは禁猟区から1マイルほど離れた茂みの陰にへたり込んでいた。


 「ドン・カミッロ」 ペッポーネは囁いた。「俺たちはとんでもないことをしでかしたぞ。法の番人に手をあげた。これはれっきとした犯罪行為だ!」


 ドン・カミッロは両手で頭を抱え、冷や汗をかいていた。


 「良心が私を苛む!」 面目を失い、真っ青なった彼は続けた。「考えるだけで心が千々に乱れる。どんな顔でこの失態の赦しを祈ればいいのやら。ああ、キリスト者の神聖な義務を忘れモスクワの甘言に耳を貸してしまった、今日の日は呪われてあれ」


 ドン・カミッロは恥ずかしさで泣きたいほどだったが、反面、一発殴りつけたいほどこの不幸に酷く憤慨もしていた。ペッポーネも同様に泣き言をいうのを止めた。


 「忌まわしい誘惑め!」 ペッポーネはそう怒鳴ると、獲物袋からウサギを掴みだし、遠くに放り投げた。


 「本当に忌まわしい!」 ドン・カミッロも叫び、雪の積もった地面にウサギを投げ捨てると、うなだれてその場を離れた。ペッポーネも彼に従ったが、ガッジエで右に曲がった。


 「失礼、この近隣に、心の重荷を下ろしてくれそうな良い司祭をご存じありませんかね?」 ペッポーネは立ち止まって尋ねた。


 ドン・カミッロは拳を握りしめると、まっすぐな一撃を食らわした。



 なんとかキリストの前に出る勇気を見つけ出したドン・カミッロは、両手を広げて言った。


 「私自身のためにしたことではないのです。もし私が密猟していることが知られれば、私自身よりも教会のためにならないと思って」 しかしキリストはひと言も返事をしなかったし、こんな場合の慣例に違わずドン・カミッロは四日熱に罹り、キリストが不憫に思って「もう十分だ」と言うまでパンと水だけで過ごすことになるのだった。


 今回はキリストが十分と言う前、ドン・カミッロがパンと水だけで過ごし始めてちょうど七日目の夜、もはや壁に寄りかからなければ立つこともできず、空腹が胃の中でうなり声をあげているころ、ペッポーネが告解に訪れた。


 「私は法とキリスト者の愛徳の双方に背きました」とペッポーネは言った。


 「知ってる」 ドン・カミッロは答えた。


 「おまけに、あなたと別れた直後、後戻りしてウサギを二匹とも持ち帰り、一匹は猟師風丸焼きに、もう一匹はサラミにしたんです」


 「そうだろうと思ってたよ」 ため息を一つついて、ドン・カミッロは答えた。それから、彼が祭壇の前を通りかかった時、キリストは彼に微笑んだ。それは彼の七日間の断食に敬意を示したわけではなく、彼がペッポーネの頭を叩きつぶそうなどと思わず、むしろあの夜、彼自身が後戻りしてペッポーネと同様の振る舞いに及びたい誘惑にかられていたことを恥じて、「そうだろうと思った」とだけ返答したことに感心させられたからであった。


 「可哀想なドン・カミッロ!」 キリストは感動して囁いた。


 ドン・カミッロはまるで、彼は時々間違うけれど、それは悪意によるものではなく、自分ができる精一杯を務めているのだと言うかのように両手を広げた。


 「分かっている。分かっているよドン・カミッロ」 キリストは答えた。「さあ、司祭館に行きなさい。そしてペッポーネがお前のために持ってきた、美味しいウサギ料理を食べるといい」



訳注と解説:


 無駄に長い話でした。前半と後半の繋がりは相変わらず良く分かりません。幾つかの部分について、訳注を述べるに留めましょう。「彼らの軍事的教練の見事さについて褒めた」の行は、つまりプロレタリア革命の日に後ろを向いてさっさと逃げられるように訓練せよ、という皮肉です。原文では「ペッポーネはドン・カミッロを待ち伏せした」とだけ書かれていますが、恐らく棒きれで一発殴るくらいはしたでしょう。後半ではいらいらしたドン・カミッロが逆に一発を食らわしたので、ペッポーネがいつか言っていた、張り手は往復するものという話が実現されています。


 禁猟区、という訳語は今ひとつうまくはまっていない気がしてなりませんが、つまりはストッコ男爵の所領です。おそらく夏用の別荘かなにかが建てられていて、森や野原が広がる、とても大きなエリアにまたがったもの。あちらの別荘は本当に大きく、王族のそれになると建物だけでも部屋が二千部屋とかあったりしますから、野原や森や小川やなにやを含めたその敷地総面積ときたらとんでもないものがあります。比喩ではなくでトイレまで半日、とかそんな感じ。

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