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ドン・カミッロの小さな世界  作者: グアレスキ
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第三話:お触れ

 ある午後遅く、街の文具屋であり、二箱分の活字と1890年製のペダル式印刷機を持っている(そんなわけで彼の店舗には「印刷所」と看板が掲げられている)バルキーニ老が司祭館を訪れてきた。彼がドン・カミッロの書斎に少し留まったからには、何か重大な話があるに違いなかった。バルキーニが去った後、ドン・カミッロは祭壇のキリストの元にかけつけ、内容を打ち明けた。



 「重大な情報です!」 ドン・カミッロは叫んだ。


 「明日、我らが敵はある声明文を公表します。バルキーニ印刷所がその原稿を持ってきました」 ドン・カミッロはポケットから一枚の真新しいインクの滲む紙を取り出し、大声で朗読した。



【!最初で最後の通告!】

 昨夜またもやひ劣の特名な人物の手によって、我我の壁かけ新聞に悪口な中しょうがなされた。

 暗やみにじょうじてせん動的行動を展開するいずこかの悪党の手先よ、注意せよ。万が一この行いを止めないなら、必ずや取り返しのつかないほどひどい目を悔やむときはもう手遅れ。

 どんな忍耐にもげん度がある!



 ドン・カミッロは嘲笑した。


 「どうです、傑作だと思いませんか? 明日、人々がこの宣言文を壁に見つけた時の愉快さを想像してみてください。ペッポーネのお触れが張り出されようとしているんです! 笑い死にするほど可笑しいじゃありませんか」


 キリストは返事をしなかったので、ドン・カミッロは驚いた。「どんな有様かお聞きになりませんでしたか? 何でしたらもう一度読みましょうか」


 キリストは応えて言った。「分かったよ、分かったよ。」「誰しも自分にできるやり方で表現する。小学校三年生までしか終わらせていない男に、文法的な小事を要求するのは適切ではない」 ドン・カミッロは感情を顕わに、腕を広げながら叫んだ。


 「主よ! あなたはこの手のむちゃくちゃを言葉の綾だというのですか?」


 「ドン・カミッロ。論戦において犯され得る、もっとも惨めな振る舞いとは、論敵の文法や用語の誤りにひたすら齧り付くことだ。肝要なのはそれらの含む議題なのだから。それよりも、お前は私に、この宣言文に恐ろしい調子で書いてある脅迫について語らねばなるまいよ」 


 「あの宣言文が仄めかしているのは」 ドン・カミッロはドン・カミッロは紙をポケットにしまい、ぼそぼそと話した。「実際、非常に非難すべき脅迫的な脅迫内容です。それはそうと、あなたはあの手合いに何を期待したいのですか? 彼らは暴力という言葉の意味する行為を知らないんですよ」


「だとしても」 キリストは異議を唱えて言った。「彼の振る舞いが不穏当だとしても、あのペッポーネという男は、私には全くの悪人というようには見えないのだ」


 ドン・カミッロは肩をすぼめた。「まるで良いワインを腐った樽に詰めるようなものです。あの手の冒涜的な思想やあの手合いの中に混じれば、誰だって悪くなる」


 しかしキリストは納得したようには見えなかった。「ペッポーネに関して言うなら、まだ判断を下すのは早計だとしても、その実体を詳しく見てみる必要がある。つまり、ペッポーネが生来の悪意に突き動かされているのか、あるいは彼が一種の挑発に対してこのように振る舞っているのかについて。だとしたら、誰の挑発だと思うね?」


 ドン・カミッロは両手を広げた。こうなれば誰だってまったく事情が分からないということはなかった。


 「どんな侮辱だったのか知る必要はあるまい。彼の言うところによれば、昨夜何ものかが壁新聞に悪口を書いた。そこでカミッロ、お前は昨夜、タバコ屋から出てきた時、もしや件の壁新聞の前を通りかかるようなことはなかったろうね? 答えてみなさい」


 「はい、その通り私はそこを通りましたとも」 ドン・カミッロは白状した。


 「よろしい。なら、ひょっとして、新聞を読むために、その場にちょっと立ち止まるようなことはなかったかね」


 「読む、まったくあり得ません。横目で窺っただけです。それが何か悪いとでも?」


 「結構なことだよ、ドン・カミッロ。私たちの羊の群れが何を言い、何を書き、できるならば何を考えているかまで、常に趨勢を気にかけていなければならない。私が言ったのは、単に、君がそこに留まった時、何か妙なことが書いてあることに気付いたりしなかったかどうか、ということが知りたかったからなのだ」


 ドン・カミッロは頭を振った。「私が立ち止まった時、掲示板に変なことはまったく書いてなかったことを保証できます!」


 キリストは少し考えていた。「ならば、君が立ち去った時、ドン・カミッロ、君は何か変なことが書いてあるのを見なかったかね?」


 ドン・カミッロは縮こまったが、ついに言葉をひねり出した。「ええと、それについてよく再考してみますところ、私が立ち去る際、紙の上に赤鉛筆で何やら書いてあったのが見えたように思えます・・・・・・失礼、司祭館に来客の気配が・・・」


 ドン・カミッロは素早くお辞儀をすると、猫のように素早く香部屋を抜け出そうとしたが、キリストの声がそれを妨げた。


 「ドン・カミッロ!」


 ドン・カミッロは後ろ向きにのろのろと戻って来て、ふてくされながら祭壇の前に留まった。


 「さて、ということは?」 キリストは厳しく問いただした。


 「ということは、はい・・・」 ドン・カミッロはぼそぼそと呟いた。「私は何かを書いて立ち去りました・・・私は”ペッポーネはマヌケなロバ”と書いて立ち去りました・・・でも、あんな回覧文を読めば、きっとあなただって・・・」


 「ドン・カミッロ! お前は自分のすべきことを理解していない。何か思い上がって、神の子のすべき仕事とお前の仕事とを混同しているんじゃないかね」


 「許してください。私は馬鹿な振る舞いをしましたとも。よく思い知りました。とはいえ、ペッポーネは今や例の脅迫的な宣言文を張り出していますから、私と彼とはこれでおあいこです」


 「何がおあいこだ。」 キリストは叫んだ。「昨夜ペッポーネはお前のせいでロバ扱いされた。彼は明日、町中でロバ扱いされるだろう! 大衆指導者ペッポーネの失態を面白がるために辺り中から押し寄せる人々は、あの文章を読んで、今度は本気で心配することになる。全部お前のせいだ。これで愉快なのかね」


 ドン・カミッロは元気になった。「ええ、しかし、大局的政治的な目的からすれば・・・」


 「大局的政治的目的などどうでもよい!」 キリストは遮った。「キリスト教の愛の目的のために、彼がたった小学三年生までしか終わらせていないという理由で、ある男を嘲笑うという動機を人々に与えるのはあまりにもふしだらな行いだ。しかも、ドン・カミッロ、これはそもそもお前のせいではないか!」


 「主よ」 ドン・カミッロはため息をついて言った。「仰ってください。私はどうすればいいのでしょう?」


 「”ペッポーネはロバ”と書いたのは私ではない! 罪を犯したものが贖うのだ。お前がなんとかしろ、ドン・カミッロ」


 ドン・カミッロは司祭館に逃げ込み、階段を登って自室に入った。彼には掲示板の前に集まり、ペッポーネの告知を読んだ人々の高笑が聞こえるかのようだった。


 「ちくしょうめ!」 彼はいらいらして叫んだ。それから振り返って聖母の彫像を拝み、「マリア様、助けてください」と頼んだ。


 「この件は、私の子の管轄に属するものです。干渉することはできません」 聖母は囁いた。


 「そう仰らず、どうか何か良いアイデアを下さい」


 「考えて見ましょう」


 その時、突然ペッポーネが部屋に入ってきた。「聞いてくれ」 彼は続けた。「これは政治とは無関係の話だ。問題を抱え、聖職者にアドバイスをもらいに来た一人のキリスト教徒がいる、そういう問題だ。こういう場合、聖職者はきっと・・・」


 「もちろん私の義務だとも」ドン・カミッロは答えた。「で、誰を殺したのかね?」


 「俺は誰も殺しちゃいない、ドン・カミッロ!」 ペッポーネは答えた。「もし誰かが俺のウオの目を酷く突くようなことがあったとしても、強烈な平手打ちで天にふわり舞わせてやるだけだ」


 「リベロ・カミッロ・レーニンはどうしてる?」 ドン・カミッロはどことなく陰険そうに質問した。ペッポーネは洗礼式の日に受けた仕打ちを思い出し、首をすぼめて無関心を装った。


 「状況はご存じの通りだ」 ペッポーネはぼそぼそと語り出した。「平手打ちは旅する品物なんだ。平手打ちはあちらへ行き、またこちらへ戻ってくるもので・・・。何にせよ、これは関係ない。つまり、ある街に、悪党がいる。酷い卑怯者だ。毒に満ちたイスカリオテのユダだ。で、その男は、我々が掲示物を張り出す度に、”ペッポーネはロバ”と書き加えるのを楽しみにしているんです」


 「それだけかね!」 ドン・カミッロは大声で言った。「私にはそれほど悲劇的な話だとは思えないのだが」


 「11週連続で”ドン・カミッロはロバ”と書き加えてある典礼式次第を見つけた時にも、あなたがそれくらい理性的であって欲しいと私は願うのですが!」


 ドン・カミッロはそれが耐えられないたとえ話だと言った。一つは教会の掲示物であり、もう一つはある政党の掲示物だ。一方は神の司祭に対してロバと言っているのであり、もう一方はやりたい放題の気違いたちのリーダーに対するものだ。


 「それが誰に対するものか、ということに思いを馳せてみる必要がある」とドン・カミッロは締めくくった。


 「怒らないで貰えるといいのですが」 ペッポーネは残忍な調子で答えた。「件のならず者は、まるで彼の心のように真っ黒な二つの目をしてうろついているのです。彼が私の掲示板に悪戯をしたのはこれで11回目、あのバッタ野郎め、それが毎回同一人物であることは確かなので、今回、彼にもう事態は限界であることを警告したいと思います。とはいえ私が彼をちょっと小突くだけでメッシーナに地震が起こるので、手加減というものは必要でしょう。そんなわけで、私は宣言文を印刷させて、彼と彼の仲間がよく読むことができるように、壁という壁に貼ろうとしているのです」


 ドン・カミッロは首をすくめた。「私は植字工じゃないぞ。それと私と何の関係が。印刷所にいきたまえ」


 「既に行きましたとも」 ペッポーネは陰鬱な調子で説明した。「とはいうものの、私も不細工な様を晒すのは好きではないので、バルキーニ印刷所が印刷する前に、あなたに草稿を確認して貰っているはずですが」


 「そうは言うが、バルキーニは物を知らない男ではないから、何か不具合があれば君に伝えているはずだが」


 「お分かりの通り」 ペッポーネは無遠慮に言った。「それが、一人のクソ司祭が・・・・・・私が言いたいのはつまり、ここに彼自身の魂のように悪質な一人の反動主義者がいて、もしも私が”心(cuore)”という単語をqを二つ使って綴っていたとしても、それを教えようとしないし、もちろんその数を減らせようともしないのです」


 「だって君には手下たちがいるじゃないか」 ドン・カミッロは言い返した。


 「そうとも、俺はすっかりへりくだって、子供の頃の宿題を彼らにやらせてみたんだ。そうしたら見事なもんだ、連中の誰も、アルファベットを半分も書けないんだ!」


 「見てみよう」 ドン・カミッロは言い、ペッポーネは彼に草稿を差し出した。


 「うーん、大きな間違いはさて置くとして、全体的に強すぎやしないかね、その、調子が」


 「強いだって?」 ペッポーネは大声を上げた。「だって奴は忌むべきごろつきで、酷いペテン師で、無頼の扇動者の類で、こうして悪名をあげつらうのに辞書が二冊必要なくらいの男だぞ!」


 ドン・カミッロは鉛筆を取りあげ、丁寧に草案を修正し始めた。



 「さあ、校正済みの草稿に目を通したまえ」 ドン・カミッロは作業を終えて言った。


 ペッポーネは打ち消し線と注意書きで一杯になった用紙を悲しそうな顔で眺めた。


 「思い起こせば、あのバルキーニの卑怯者は、何も問題はありませんよと言いやがったんだ・・・・・・あなたにはどうお礼をすれば良いやら」


 「何も何も。どちらかと言えば、その役立たずの口をしっかり閉じておいてくれると有り難い。私の仕事はアジテーションやプロパガンダ関連ではないから」


 「あなたには生卵をくれてやりますよ」



        *        *        *



 ペッポーネは帰り、ドン・カミッロは就寝する前に、キリストに挨拶をしに行った。


 「私のところに相談しにくるよう、彼に思いつかせていただいてありがとうございます」


 キリストは微笑みながら答えた。「少なくとも私にできることだったから。で、どうだったね」


 「少々骨が折れましたが、まあ良しとしましょう。昨夜の犯人が私だとは、彼は少したりとも気付いていませんでしたよ」


 「ところが、彼は全部お見通しなのだ」 キリストはあっさりと否定した。「彼は昨夜の件がお前の仕業ということを良く知っているし、11回の全てがお前だということも知っている。幾度かの夜には、お前の姿を見てすらいるのだ。ドン・カミッロ、注意せよ。”ペッポーネはロバ”と書く前に、自らを7回は省みるのだ」


 「外出する時は」 ドン・カミッロは厳粛に約束した。「鉛筆を家に置いておくことにします」


 「アーメン」 キリストは微笑して締めくくった。






訳注と解説


 Sei un'asino! セイウナージノ、はナーにアクセントを置いて使う悪口で、お前はトンマだよ、程度の意味になります。近頃は使用頻度がぐっと落ちているのではないでしょうか。少なくとも若者が使っているところを目にした記憶はありません。もっとずっと強烈で端的な悪口のラインナップがあるので、わざわざこんな古典的な言い回しを使うのは、せいぜい親が子供に向けて叱る時くらいでしょうか。ちなみにasinoはロバを意味する名詞ですが、同時に頑固で物わかりの悪い人、というニュアンスも持ちます。


 今回の内容は若干地味なので、ストーリーをざっくり追ってみましょう。ペッポーネはドン・カミッロたちの住む街の左派勢力のリーダーであり、毎度アジテーション活動に励んでいる男ですが、当然のごとくカトリック司祭であるドン・カミッロとは犬猿の仲です。一方、ドン・カミッロは司祭のわりに短絡的な男なので、ペッポーネの張り出す新聞に毎回落書きをして嫌がらせをしていた。それに耐えかねたペッポーネが最終通告を突きつけようとしたものの、学の無さから酷い文章になってしまい、大恥をかきそうになる。


 カトリック教会と社会主義勢力の中の悪さは有名な話で、一方が「宗教は貧者の麻薬」と言えば一方は「社会主義よりは資本主義のがまし」と勅書を出すなど、ガチでシャレにならないレベルですが、作中の二人は比較的少年漫画のライバル的なホモ、もとい依存関係にあって、片方が度を超して酷い目に遭いそうな状態になると助け船を出す傾向にあります。いちおう大衆指導者のペッポーネが小学校を三年生までしか終わらせていないとなれば、彼の今後の活動に支障を来すことは間違いない、なんとかせねば、という話。


 個人的にはドン・カミッロが手を入れて、すっかり上品になった(と思われる)脅迫的な脅迫告知文がいかようなものか、ちょっと読んでみたい気もしますが、案外後でまた触れてくれるかもしれません。残る34話に期待しましょう。

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