第76話 恩讐の人造神器
僅かな時間の後、エステルを包む眩い光が消えて、ハンクとアリアが最初に見たものは、長身の見知らぬドワーフの女性だった。
「なんだよそれ……反則だろ」
「嘘でしょ……まさか、成長したの?」
信じられないと言った表情のハンクとアリアに、アルタナが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「我にかかれば造作もない事。さあハンクよ、彼女が目を覚ました時が、開戦の合図だ」
「クソッ。お前こそ俺に一体何をさせたいんだよ! 毎度、訳分んねぇタイミングで試練を嗾けてきて……アリアッ、少し距離を取っててくれ。見極めてみる」
言うが早いか、ハンクは頷くアリアを顧みることもせず、エステルに向かって駆け出した。
「先手必勝とは、多少成長したようだな。だが、もう遅い。我が眷属のお目覚めだ。神器ダインスレイフの産みの親であり、初代ドワーフ王マリクリス=ダイン。これは、その姿を写したものだ」
ハンクが駆けるその先で、初代ドワーフ王の姿を写したエステルが、すっと目を開く。
気合い一閃。
鋭い刃物を思わせる様な咆哮が轟き、エステルの身体がその場から消えた。
「――がっ!?」
気が付くと、ハンクの身体は地面に叩き付けられており、眼前にはエステルの拳が迫っていた。
咄嗟の判断で首を動かして初撃を回避するが、そこへ、もう片方の拳が襲い掛かる。
「このっ!」
ガードしても間に合わない。そう判断したハンクは、足を蹴り上げてエステルを吹き飛ばした。
「ったく。一族そろってステゴロかよ……俺は29年間、素手でケンカなんてした事ないってんだよ」
そんな事をボヤきながら、服に着いた土を払ってハンクが体勢を立て直す。
そのまま正面のエステルに目を向ければ、彼女は不敵な笑みを浮かべてハンクを眺めていた。
「……誰だ、お前。エステルじゃ無いだろ」
思わず感じた違和感をハンクが口に出した。すると、彼女は口元をニッと持ち上げる。
「さっきアルタナ様が紹介しただろう? アタシの名前はマリクリス=ダインさ。それにしても、最初の連撃を捌くなんて、アンタやるねえ。大概の魔獣はアレで瀕死なんだけど」
「そりゃ、どうも。一体何が目的か知らないけど、エステルを返してもらうぜご先祖様」
「ご先祖様か……アッハッハ。そりゃあ違いない。でも、もう少し見定めさせて貰わないとね」
言い終わるが早いか、マリクリスがハンクに向かって突進した。
拳、蹴り、フェイント。それらを織り交ぜて、ハンクとマリクリスが打撃の応酬を繰り広げる。時折、徒渡りで空中に舞ったハンクが、死角から強襲するも、互いに致命的な攻撃とはならず、闘いは拮抗したものとなった。
「アルタナ様に頂いたこの身体。子孫だと聞いたけど、とてもいいねぇ。きっといい戦士……いや、器になるよ」
「……知った事かよ。試練って言うくらいなんだから、どうせ殺すつもりで闘えとか言われてるんだろ」
「その通り。アタシはアンタを殺すつもりで闘う。アンタはこの試練が何なのか、その答えを見つける。単純で解りやすいだろう?」
マリクリスの蹴りが、渦を巻く突風となってハンクに襲い掛かる。
(クソッ! アルタナのやつは一体俺に何をさせたい? 今までみたいに、倒してお終いってわけじゃ無さそうだし……。そんなことよりもエステルは生きてる。今までと同じじゃダメだ!)
ハンクは打撃の切れ目に注意深くマリクリスを観察する。
ドワーフに一般的とされる、小麦色に近い褐色の肌に明るい茶色の髪。年齢は20代後半だろうか。
体格は中肉くらいだが、身長は180センチほどで、ザカリアを二回りほど小柄にした印象だ。
ドワーフとしては破格の体格であるが、それだけでこんな戦闘力は発揮できない。当然、人造の神器ダインスレイフのおかげだ。
「アタシのカラダに見惚れてると、火傷じゃ済まないぜ!」
不意に、マリクリスがハンクに向かって背を向けた。一瞬、面食らったハンクに、マリクリスがその背中を強烈にぶちかます。
盛大に吹っ飛ばされたハンクが地面に背を着けたところで、マリクリスは裂帛の気合と共に追撃に移った。
「どうしてダインスレイフが魔剣と呼ばれたか、見せてやろう! 奥義 《ブレイドダンス!》」
魔力を剣の様な形状に硬化させ、それを両手に持ったマリクリスが高速の斬撃をハンクに放った。
刹那、甲高い金属音がして、ハンクは魔剣グラムでマリクリスの斬撃を受け止めた。
「怒りの魔剣グラム……アンタ面白いモノを持ってるじゃ無いか」
「ちょっと訳ありでね。物騒だから、俺が使う事に…………」
嬉々とした顔で2本の魔法剣を押し込むマリクリスにそう答えて、ハンクは言葉を彷徨わせた。
「まさか……」
「フフン。気が付いた様だね。でも、そこからどうするんだい!」
その顔に満足そうな表情を浮かべたマリクリスの斬撃が速度を増す。魔法剣は手のみならず、肘、肩、膝、爪先と身体の各所から出現してはハンクに襲い掛かる。それは剣舞と言うよりは、もはや嵐だった。
「――きっと、あんな戦闘狂ばっかりだったから、長老たちはドワーフに余り良い感情を持ってないのね」
「フン。我にはどうでもいい事だ。それより、相棒なんだろう? 助けに入らなくてもいいのか? 我はそれを禁じてはおらぬぞ?」
距離を取ってハンクとマリクリスの戦いを見守るアリアが、アルタナの言葉にあからさまなため息で応える。
「あんな斬撃の嵐の中に私が入って行ったところで、足手まといにしかならないわ。それよりも、ハンクが何かを掴んだようだし、信じて見ててあげるってのも相棒の仕事よ」
「ククク……ハーッハッハッハ。なるほどな。通りで我が眠り姫が目を覚ます気になった訳だ」
愉快そうに笑ったアルタナが、唐突に自分より上背のあるアリアの頬に手を当てた。そのまま、頬の輪郭をなぞる様に指先を移動させて、アリアの形の良い顎をクイっと掴む。
「覚悟しておくといい。ラーナは強敵だ。なにせ、ヴィリー以来、700年間見出せなかった逸材なのだからな」
「な……どう言う意味よそれ」
「ハンクだけではなく、お前とラーナも我を楽しませてくれそうだと思ったに過ぎん。重畳であるぞ」
言ってから、アルタナは空いたもう片方の手を使って、アリアの腰を引き寄せる。そして、唇をアリアの耳元に近づけると、何事かを耳打ちしてポンポンと肩を叩いた。
そのすぐ後、いろいろな感情が浮かんでは消えるアリアの顔を楽しげに見つめながら、アルタナは交戦中のハンクに向かって、ゆっくりと近づいっていったのだった。
「守ってばかりで退屈じゃないのかい? それとも……何かいい手でも思いついたのかい!?」
荒ぶる闘気を魔法の刃――神器ダインスレイフに変えたマリクリスが叫ぶ。幾度も眼前を掠める神器ダインスレイフを捌きながら、ハンクが口を開いた。
「……ようやく分かった。マリクリス。アンタは神器ダインスレイフそのものなんだな。きっと、この魔剣グラムと本質的には同じものだ。余りに強い、製作者の残留思念を飼い慣らせなくて、使用者はそれに呑まれる」
「正解。そこまで怨念込めたつもりは無かったんだけどさ、チョットね、死に方がよく無かった」
この子の父親と一緒さ。マリクリスが口だけでそう言ったのを理解して、ハンクが眉を顰めた。
「それでもっ! エステルは今を生きてる。これから先、アンタの残留思念に支配される事で、散っていい命じゃない!」
「じゃあ、どうしてくれるって言うんだい! アンタがこの憎しみを受け止めてくれるのかい!?」
一際大きな金属音が鳴り響き、2人の動きが止まった。
「そうじゃないだろ! アンタと同じ目に合う人間を、これ以上出さない事を考えるんだ!」
「へぇ! アタシが意識を支配する事で、神器ダインスレイフは本来の力を発揮していたんだ。これから先、それ無しでドワーフはどうやって国を護るのさ!」
「このッ! 分からず屋が!」
ハンクは魔剣グラムに力を込めてマリクリスを後方へ吹き飛ばすと、その剣身にマナを集束させた。
「エステルには俺たちがいる。1人じゃ無い。マナの使い方だって、もっと広く伝えれば、きっとその助けになるはずだ」
「理想論だねぇ! ……だったら、それを証明して見せておくれよ!」
「言われなくても!」
叫ぶように答えて、ハンクが剣身に集めたマナを解き放つ。魔剣グラムを構えたハンクは、そのまま雷光の如くマリクリスの懐に潜り込み、両手の魔法剣を叩き折ると、左手を彼女の心窩部に当てた。
「目を覚ませ、エステル! ザカリアがいなくなった分は俺達が守る。だから、戻って来い!」
ハンクの左手から流し込まれたマナが、エステルの外側を包むマリクリスに流し込まれた。本来、受け止め切れるはずのない超高圧のマナを流し込まれて、ニヤリと笑ったマリクリスの身体がグニャリと歪む。
「さすが、アルタナ様が入れ込むだけの事はある。…………エステルの事、よろしく頼むよ。守護者殿」
声にならない声がそう聞こえたそのすぐ後、マリクリスの身体が強烈な光に包まれた。
数秒の後、光は消えて、替わってそこには気を失ったエステルが現れた。ハンクはすぐにエステルを抱きとめて、その頬を数度叩いて呼び掛ける。
反応はすぐにあった。
「ん……お兄ちゃん? エルフのお姉ちゃんを助ける事は出来たの……?」
「当たり前だろ。……それに、お前もな」
何のことを言っているのかよく分からないといった様子のエステルに、ハンクは「すぐに戻って来るって約束しただろ」と声を掛けた。
「そうだった。わたしもだった。ありがとう、お兄ちゃん」
照れ笑いをするエステルにハンクは破顔して見せると、安堵のため息を漏らした。だが、すぐにあることを思い出してその表情を強ばらせた。
ハンクの持つ特殊な魔力が起こす、魂に残された記憶への干渉。
あれだけ盛大にマナを集めて叩き込んだのだ。それはいつもの様にハンクを苛むだろう。そして、マリクリスが神器ダインスレイフに怨念として残した記憶は、彼女の悲しみの記憶に違いない。
そんなことを考えていると、エステルがハンクの顔を覗き込んだ。
「どうしたのお兄ちゃん? なんだがつらそうな顔をしてるよ?」
「あ、いや……大したことじゃないんだ」
咄嗟にそう言って誤魔化したハンクに、エステルが大丈夫? と首を傾げた。
――助けた相手に心配されるとは、余程酷い顔をしていたんだろう。とは言え……
いつ来るともしれない記憶の奔流に身構えながら、いつまで経っても訪れないそれに、さしものハンクも違和感を覚えた。
――どうして何も起きない? いつもと何か違うのか?
「本当に大丈夫?」
「ん? ああ、すまん。助けに来た俺がエステルを心配させてちゃダメだよな」
どうしてかなんて事は後で考えればいい。今はそれよりも、エステルのこれからの方が優先だ。
咄嗟にそう決めて、ハンクはエステルに笑顔で答えた。
それにしても、エステルと別行動していたのは僅かな時間でしかなかったはずである。しかも、目の届く範囲内の出来事であったはずだ。だというのに、色々な事があり過ぎて、手短に話せる気がしない。なにより、ザカリアの事だってある。
これからどうしたものかと思案するハンクに向かって、頭上から声が掛けられた。
「一番は私だ、ハンク。後で沢山用事があると言っただろう?」
玉を転がす様な声で、悪戯っぽく言ったその言葉に顔を上げてみれば、涼しげな笑みを浮かべたラーナと、表情の硬いアリアがそこに立っていたのだった。




