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第37話 混沌の魔神

 漆黒のバトルドレスを纏って悪戯っぽく笑った黒髪黒目の少女――アルタナは、呆然とするハンクとアリアの方へ悠然と近寄って行き、二人の少し前で立ち止まった。

 アルタナが立つその場所は、先ほど、リンとエルザを攫った魔法陣が出現した場所である。


「2人とも、そんなに怖い顔をすることも無いだろう? 何も、試練を与えようと言う訳では無い。協力してやろうと言っているのだ」


 不敵な笑みを浮かべて、アルタナは左手を自らの腰に当てた。

 今まで、「試練」と言う名のお節介に散々な目に遭わされてきたのだ。急に協力などと言われても、すぐに信じられるものでは無い。

 アルタナが使った、「協力」という言葉の胡散臭さに、ハンクは眉根を寄せて訝しむような視線を送る。


「どういう風の吹き回しだよ? それに、協力って何か企んでるんじゃないだろうな?」

「…………お前ほど、神に畏敬の念を持たない者も珍しい。まあ、そうでなくては楽しみも無いが。そんなことより、我の企みは最初に伝えただろう? 我を楽しませる事だ」


 やれやれと言わんばかりに嘆息を漏らすアルタナに、ハンクは頭を抱えてしゃがみ込みそうになるのを必死に堪えた。(むし)ろ、ため息をつきたいのはこっちだ。そんな事を考えていると、隣にいたアリアが、1つ大きく深呼吸をしてから一歩前に踏み出した。


「創造神アルタナ。自らの眷属であるハンクに魔物を(けしか)けて、何が目的なの? それに、神であるあなたを楽しませろってどういう事? あなたはこの世界の創造神であり、同時に守護神でもあるはずよ。そのあなたが、ドルカスの真横でラダマンティスを呼び出したお蔭で、市街地に大きな被害が出たわ。世界の守護神が、何を考えてるの!」


 何の目的かは知らないが、この世界の住人であるアリアからしてみれば、守護神自ら世界を危機に晒すなど言語道断である。

 神の世界に引き籠もっているなら文句の言いようも無いが、幸いにもアルタナは目の前にいる。文句を言うには又と無い好機だ。

 だが、アルタナはそんなアリアの気勢を削ぐ様に、小首を傾げた。


「エルフの娘よ。ハンクからは何も聞いておらぬのか?」

「何のこと? あなたは、この世界の守護者としてハンクを転生させて、彼に何かをさせる為に試練を与えてるんじゃないの?」


 全く心当たりがない様子のアリアと、気まずそうにしているハンクを交互に見てから、アルタナは可笑しそうに笑い声を上げた。当のハンクは、余計な事を言わなくていいと目で合図を送っているが、アルタナに彼の事情など関係あるはずもない。


「……そうだな。まず訂正なのだが、我は創造神であっても守護神では無い。二つ名があるとすれば、ハンクにも言った通り、混沌の魔神だ。そして、我がハンクに与えた指示は、この世界に蔓延(はびこ)る勇者や魔王に片っ端から喧嘩を打って、弱小の神々共の小細工を潰し、世界の混沌を維持する様に。以上だ」

「は?……何よそれ…………冗談でしょう?」

「冗談などでは無い。なんなら、隣に突っ立ているハンクに聞いてみるといい」


 ふっと笑って、アルタナはハンクの方へと視線を向ける。それに合わせて、アリアも隣へ顔を向けると、気まずそうに後頭部を触るハンクと目が合った。

 アルタナの言っていることは真実だ。ハンクの態度を見れば、今更肯定の言葉など必要ない。今まで、ハンクが何者かと言う話になる度に、彼は何かを言い淀んでいた。

 きっと、この事だったのだろう。

 確かに、転生させてやるから世界中を敵に回して戦ってこいと言われていますなどと、口が裂けても言えるはずが無い。


「時々、キミの態度がおかしかったのはその所為なのね。……通りで、いつも肝心な所で歯切れが悪いハズだわ」

「……その、なんていうか……ゴメン。さすがに、こればっかりは言えなかった。正気でこんな事言ってたら、どう考えてもヤバイ奴だろ? それに俺自身、好き好んで戦いに明け暮れたいわけじゃないしな」

「キミらしいわね。そういうとこ、割と嫌いじゃないわ」

「……そりゃ、どうも」


 クスリと笑うアリアに、ハンクがぶっきら棒に答えた。もちろん、女性に免疫の無いハンクが上手い受け答えなど出来るはずも無い。アリアの言葉に、咄嗟に冷めた態度を取ってしまうのは仕方のない事なのだ。

 真っ白になった頭の中で、ハンクは次に何をするべきか必死に考えを纏めていると、そこへシゼル、ハッシュ、イザークの3人が駆け寄ってきた。


「大きな声が聞こえたけど、一体何があったのさ?」


 ハッシュが怪訝な表情でハンクとアリアを見た後、2人の向こうに立っているアルタナに気付いて息を呑んだ。シゼルも「あなたは……」と呟いてから立ち止まり、表情を強張らせる。

 ただ一人、状況の解らないイザークが、ハンクに「その女は何者だ? エルザも居ない様だし、何があったんだ?」と問いかけた。

 正直、イザークに彼女が創造神アルタナだと言っても、いきなり信じられるものではないだろう。それに、その事を伝えたところで、この場が混乱するだけだ。なんと言ったものかハンクが逡巡していると、アリアが口を開いた。


「彼女はラーナ。ハンクの協力者よ。エルザとリンが転移の魔法陣で攫われたのを見て、出て来てくれたの」

「なっ……! 誰がエルザを攫ったんだ! しかも転移魔法陣だと!?」

「俺とアリアで周辺の気配を探ったけど、2人の気配は何処にも無かった。俺達が付いていながら済まない」


 アリアの説明に呆然とするイザークに、ハンクが謝罪の言葉を掛けた。アリアの言葉に嘘は無い。渡りに船とはこの事だ。ただ、それをさらりと言ってのけたアリアに、ハンクは内心で舌を巻いた。

 そんなハンクをよそに、シゼルが「何か心当たりは無いのか?」とイザークに尋ねるが、イザークは首を横に振る。誰がこんなことをしたのか、イザークにも皆目見当がつかないのだろう。彼は苦虫を噛み潰した様な顔で、くそっ! と一言吐き捨てた。


「でもさ、転移したのはエルザだけじゃないんだよね? リンも一緒だったんだろ? リンがいるなら大丈夫さ。きっと守ってくれる。ただ、何処へ攫われたのか調べようにも、転移の魔法陣を追うなんて高度な追跡魔法、誰が使えるのさ……」


 身の安全は僕が保証するよとばかりに、ハッシュが胸を張る。とはいえ、有効な解決策が無い所為か、その言葉は尻すぼみになった。

 だが、その言葉を待っていたかのように、「ここに誰がいるか忘れてはおらぬか?」と、アルタナが薄らと笑いを浮かべる。

 そして、アルタナは自らの立っている地面に右手を翳した。すると、アルタナの右手がボンヤリと淡く光った後、彼女の足もとには、血のように赤く禍々しい輝きを放つ魔法陣が浮かび上がった。

 先ほど、リンとエルザを転移させた魔法陣である。


「すごい。魔法陣の復元……上級追跡魔法じゃないのさ」

「昔、密偵だったからな。さて……この記述と、魔力が流れた方角からすると、行き先はコルナフースだろう。出口の魔法陣は既に閉じられておる。この魔法陣に入って追いかけるのは無理のようだ」


 きっと、アルタナなりのユーモアなのだろう。ハンクを一瞥してから、アルタナはクスリと笑った。

 しかし、当然、ハンクにとってそのユーモアは、笑って受け入れられるものでは無い。思わず眉を顰めると、そのハンクを見てアルタナが柔らかく微笑んだ。


「そう怒るな。いつか逢わせてやる。今は、どちらにも時間が必要な時だ」

「え……? 意識があるのか?」

「当然だろう? 最初からあるに決まっている」


 てっきり、アルタナに支配された事で、ラーナの意識は無いものだとばかり思っていた。

 だが、今、この瞬間も彼女には意識があり、そのすべてを認識しているのだとしたら――――


「ラーナ! あの時は…………………………いや、やっぱいい。ちゃんと逢ってからにする。一方的に言うのはフェアじゃないしな……」

「お前がそう望むなら、それでいいだろう」


 魔法陣の光に照らされたアルタナが軽く目を閉じた。一呼吸の後、再び目を開けたアルタナが、地面に手を翳すのをやめる。それと同時に、禍々しい光を放つ魔法陣が消失した。

 光が消えると、そのやり取りを見ていたイザークが、ダークブラウンの瞳を真っ直ぐハンクに向けて口を開いた。


「彼女の魔法は確かに凄い。だが、信用できるのか?」


 会話の内容から、ハンクとアルタナが協力関係にあっても、100%信頼を持てるような関係では無い事を見抜いたのだろう。イザークはハンクを射抜く様に、力強い視線を向けた。

 イザークは神殿騎士だ。しかも、派遣元のパルメイア連合国では、精鋭部隊と名高い第1騎士団の一員である。当然、色々な人物を見て来ているだろう。そんな彼に中途半端な言葉は返って不信感を煽るだけだ。

 ハンクはイザークの視線を正面からしっかりと受け止めて、ゆっくりと頷いた。


「大丈夫だ。アイツは小手先の嘘をつくような奴じゃないよ」

「信じていいんだな?」

「ああ。それに、俺達もエルザと一緒にリンが攫われてる。此処で俺を騙す様なら、アイツに協力するのなんてこっちから願い下げだ」


 ただ、大事な事を言わなかったりするけどな……その言葉を飲み込んで、ハンクはイザークと視線を合わせた。

 そんな2人を見ながら、くだらんとばかりにアルタナが嘆息を漏らす。


「信じる信じないはお前の勝手だ。だが、きっと寂しい思いをしているだろう。早く行ってやった方がいい」

「言われるまでも無い! 恩に着る。急ごう、馬車を出すぞ」


 その言葉を言い終わる前に、イザークは踵を返して馬車へ向かって駆け出した。シゼルとハッシュもすぐさまイザークに続く。だが、ハンクはその3人を横目に見てから、再びアルタナに向き直った。もちろん、最初にアルタナが自分も混ぜてくれと言った真意を確かめる為である。

 一緒に旅をすることを想像するだけでも気が滅入りそうだが、帰れと言ったところで聞きはしないだろう。正直、憂鬱だ。そんな事を思いながら、ハンクが口を開こうとすると、アルタナが近寄ってきて、そっと耳打ちをした。


「これでは騒がしくて、とても一緒に旅など出来そうも無い。我は退散するが、力をセーブしたままのお前がどれ程のものか、期待しているぞ。あと、楽しみが一つ増えた」

 ちらりと、アルタナがアリアを見る。

「相変わらず、物好きなこった。でも、今回は礼を言っとく。ありがとな」

「それが神に対する態度か? ……まあ、いいだろう。また会おう」


 ぶっきら棒にハンクが礼を言うと、アルタナは薄らと笑いを浮かべ、そのまま夜の闇に溶けるように消えた。


「……まったく。なにしに出て来たんだよ。話がややこしくなっただけじゃねえか……」

「ふふ。でも、アルタナのお蔭でリンとエルザの場所が分かったわ。行きましょ。イザークに置いていかれるわよ」


 ぶつくさと文句を言うハンクに、馬車ヘ向かって歩き出したアリアが声を掛けた。

 ハンクはイザークの慌て振りを思い出して、「急ごう」とアリアに言葉を返す。そのまま、ハンクとアリアは馬車のすぐ傍まで走って戻ると、荷物を積み終えたシゼルが御者台の上で不敵に嗤っていた。


「急ぐんだろう? 御者は任せておけ!」


 アルタナの選択は正しかったのかもしれない。そんな事を思いながら、ハンクは大きく溜め息をついた。

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