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第26話 【守護者】

 茜色に染まる空の下、目の前の光景に、ハンクは自らの目を疑った。

 アリアの探査魔法に沿って、生命核のある場所に来てみれば白髪の男の姿など、影も形も無い。それどころか、大量に放出される魔力によって、剣身が数倍に膨らんだ黒い両手剣(グレイプニル)を構えたリンとハッシュの視線の先には、漆黒のバトルドレスを纏った黒髪の少女が立っており、その下には右腕から血を流した茶色い髪の少年が(うずくま)っていた。

 この状況は、どこからどう見てもリンが少年を傷つけ、それを黒髪の少女が庇っているようにしか見えない。とは言え、生命核の反応をたどって此処へ来たのだ。何か理由があるのだろう。

 そして、この場にはハッシュがいる。もし、何の理由も無くそのような事になったのであれば、今頃、リンの前には、黒髪の少女だけでは無く、ハッシュも立ちはだかっているはずだ。彼なら、リンが魔王であってもお構いなしに、その非道を止めるであろうことは想像に難くない。

 ――なぜだろう? 厄介な事になりそうな予感がする。

 そんな事を思いながら、ハンクが軽く溜め息をつくと、黒髪の少女がこちらを振り向きその口を開いた。

「遅かったなハンクよ。我を待たせるとは、いい度胸ではないか。待つのは好きではないと、あれほど言っただろう?」

「――なっ!」

 玉を転がす様な声で、悪戯っぽく言ったその言葉に、今度は耳を疑った。なぜなら、彼女はあの魔神と同じ物言いだったからだ。さらに、この声。アイアタルの生命核が崩壊した時に垣間見た、ラーナの記憶の中で聞いた彼女自身の声だ。忘れるはずが無い。忘れられる訳が無い。

 神の世界では、太く威厳のある声で喋りかけられたのみで、姿は見ていない。声質から男神だとばかり思っていたが、目の前にいるのは黒髪の少女である。しかも、ラーナと同じ声だ。

 だが、目の前にいるのは魔神であり、あの姿はラーナ本人のもので間違いない。片や神の世界、片や魔力の光を通して、魂のレベルで存在そのものと触れ合ったのだ。目隠ししていたところで、彼等を間違えはしないだろう。

「――お前、魔神だろ? それよりその姿……どういう事だよ!」

 大森林では、魔神の力によって現れたアイアタルを前に、ラーナの事など深く考えもせず、一番簡単な答えで以て、その命を摘み取ってしまった。どういうつもりかはしらないが、よりにもよって、そのラーナの姿で現れるとは、悪趣味にも程がある。

 その為、我知らず、ハンクの口調が荒いものになった。

 返答次第では、例え神であろうと、全力の《アナイアレイション》で消滅させてやる。神に逆らってもいいなどと言っていたのは、魔神の方なのだ。

「ハンク! 落ち着いて。頭に血が上り過ぎてるわ。冷静になって!」

 唐突に、アリアがハンクの前に現れ、その碧い双眸と目が合った。「ね? 落ち着いて」と、再びアリアの声が聞こえる。気が付くと、彼女の周りは青白い燐光に満たされていた。

 勿論、その発生元はハンクだ。怒りに我を忘れて、全力で魔力を練り上げようとしていたらしい。もし、アリアが止めなければ、どれほどの被害を出していたか想像もつかない。もちろん、アリア達も巻き込んでいただろう。その事に気が付くと、頭に上った血が一気に下りて行った。

「……ごめん。ブチギレそうになってた。止めてくれてありがとな」

 ハンクは大きく1つ、深呼吸をしてから、ばつが悪そうに微笑んだ。

「良かった……止まってくれて。……それより、(もや)がかかってた生命核はあの男の子。二つの生命核はリンから。それと、黒服の女の子からは尋常じゃない魔力を感じるけど、あれがキミの言ってた魔神なの?」

 ほっと、アリアはため息をついた後、黒髪の少女を見て表情を強張らせた。

 アリアのその表情を見て、ハンクも一つ頷いてから、視線を正面に戻す。その視界の中央に、こちらを向いて薄く微笑んでいる魔神を捉えると、その下で(うずくま)っていた茶色い髪の少年が、気を失って地面に崩れ落ちる姿が目に入った。

 その少年を良く見ると、上半身の衣服が破れて露になった彼の心窩部で、握り拳大の赤黒い菱形のクリスタルが妖しく脈動している。

(――きっと、あれが冥界竜の生命核か……)

 たぶん、彼がシゼルの言っていた少年なのだろう。なぜ、あの少年が自らの胸に生命核を埋め込んでいるのかは解らないが、この状況だ。魔神がこの少年を利用しようとしていることは明白である。

 そう、大森林でラーナをアイアタルに利用した様に。

 なんにせよ、碌に止血もしないで放っておかれたのだ、あれでは助からないかもしれない。自らの右腕から流れ出した血液が作った、大きな血溜まりに倒れた少年を見て、ハンクは眉をひそめた。

「愚か者め。やっと話が出来るようになったか。だが、本気で我に逆らおうとした目は、なかなか悪くなかったぞ」

「余りの趣味の悪さに、本気で消し飛ばしてやるって思ったからな。依代がいなくて顕現できないって言ってたアンタが、よりにもよってその姿だ。キレるなって方が無理に決まってるだろ」

 ハンクがギリッと奥歯を噛んで黒髪の少女を睨みつける。そのハンクを横目に見て、アリアが「ホントに魔神なのね……」と呟いた。

「そう言えば、ハンクよ。まだ名乗ってなかったな。――我が名はアルタナ。世界の創造主にして、混沌の魔神だ。人間たちは、我の事を守護神だと勘違いしているが、それは、まあいい。ちなみに、この身体は前回お前の傍で見つけてな。貴様と同じくイレギュラーな魂の持ち主だ。あのままエルフ共に殺されるのは勿体無い。そこで、取引をしたのだ。我の依代となる代わりに、願いを一つ叶えてやるとな。ついでだから、肉体の要らない部分で、ハンクに一矢報いておいてやると。犬死するくらいならと、この少女は快諾してくれた。そして、魂は生命核となり、我が内に在る。我にとって、お前自身が神の世界と現世を繋ぐ通路だが、それだけではいまいちやりにくい。この少女、ラーナを見つけたのは、まさに僥倖(ぎょうこう)だ」

 黒髪の少女――創造神アルタナがそう言うと、ハンク以外の全員が驚愕に目を見開いた。

 なぜなら、神は依代を介してのみ、この世界にその力を顕現させる事が出来る。それがこの世界での神の在り方のはずだ。

 概念だけの存在である神は、依代に生命核を与え、勇者や魔王とする事でその言葉を伝え神意を示す。また、神威の結晶である神器は神と繋がっており、直接力のやり取りを行う事で、神威を現世に具現すると言われている。

 だが、今、目の前にいる存在は、それらすべてを無視して、神そのものがこの場所に顕現している。有り得ない事だ。

 さらに、創造神アルタナ。当然の事ながら、この世界でその名前を知らない者はいない。天上神にも冥界神にも属さないアルタナは、2つの勢力の間で均衡を取り、世界が崩壊しない様に守護するのだという。

 それ故、この世界そのものが彼の眷属であるため、決まった依代を持たない。

 伝承では、700年前に勇者と魔王が各地で争い、その戦いの激しさに人間、魔物、精霊のバランスが崩れ、さらには、天使や悪魔と言った存在が地上に介入することで、世界は崩壊の寸前まで追いやられたと言う。

 だが、その時現れたアルタナの依代は、そう言った者達をことごとく打ち払い、世界の均衡を取り戻したのだそうだ。

 ――その存在を、人々は【守護者】と呼んだ。

 当然ながら、【守護者】に覚醒する成功率の低さは勇者や魔王の比ではない。名前こそ残っていないが、歴史上1人しかいないのだ。

 だが、今、目の前には、創造神アルタナの力を得たハンクとこの黒髪の少女という【守護者】と呼ばれるべき存在が2人同時に存在している。この世界の住人ならば、驚愕しても仕方のない事である。

「まさか、守護者だったとはな……ハンクが出鱈目な訳だ……」

 うわ言の様に、ボソリとシゼルが呟く。

「ホント、無茶苦茶な訳だわ……でも、そんなことより、アイアタルはアルタナがついでに作ったって言うの……そのせいでハンクはどれだけ辛い思いをしたかわかってるの? それに、なんでアルタナと守護者が争ってるのよ……ありえないわ!」

「アリア、そこは俺が怒るトコだろ……でも、まあ、ありがとな。お蔭で冷静でいられるよ」

 憤慨したアリアを、苦笑したハンクが(なだ)めた。

 アリアの言う通り、ラーナの記憶はハンクの心を深く抉ったのだ。一時的にではあるが、帝国に一人で乗り込もうとするくらいには。

 しかし、なぜそのようなモノが読み取れたのだろう? 相手の魂に触れたかのような、あの感覚。それはこの身体なら、出来て当然のことかもしれないし、そうでないのかもしれない。なんにせよ、この身体を作ったのは、目の前のアルタナなのだ。何か知っているかもしれない。

「なあ、一つだけ聞いていいか? アイアタルの生命核が壊れた時、ラーナの記憶が見えた。あれは何だったんだ?」

「要らぬ部分からアイアタルの生命核を作った時に、強い記憶も一緒に複製されたのだろう。元はこの娘の身体だからな。魂の残滓、とでも言おうか……しかし、与えた覚えは無いが、お前は魂に触れる力を持っているのか。興味深いな」

 ハンクの問いに、アルタナは軽く目を開いてから、興味深そうな顔でハンクを見た。つまり、この力はそうではない方、後者だったという事である。

 そして、ハンクがアルタナと喋っている間に、大きく円を描く様にして移動していたリンとハッシュが、ちょうどこちらへ辿り着いた。 

「ごめん、シゼル。ヴァンを、あの子を助けられなかった……冥界竜の生命核を持ってたのは、あの子だったんだ」

「気に病むなハッシュ。やれるだけやったんだろ?」

「うん。当たり前じゃないのさ」

 シゼルがハッシュの肩にポンと手を置いてそう言うと、弾かれたようにハッシュがシゼルの方を向いた。たった一言で、俯いたハッシュの気持ちを上向きにするとは、付き合いの長さがなせる業なのだろう。そんなやり取りを横目で見ながら、ハンクは口を開いた。

「みんな、ごめん。やっぱり魔神の奴は、俺をそっとしておいてくれないみたいだ。そのヴァンって子を使って魔物を召喚すると思う。なにが来るか分らないけど、危なくなりそうなら、すぐに逃げてくれ」

「逃がしてもくれそうに無い時は、頼りにしてるわ。ハンク」

「そういえば、魔神の刺客が来るかもって言ってたね。それより、あの生命核、何とかして回収しないといけないから、私はすぐに逃げられないな」

 エルフ王曰く、上級冒険者は引き際もしっかりと見極める事が出来るはず、なのである。しかし、肯定を促すつもりで言った言葉は、真逆の言葉であっさりと返されてしまった。

「素直に聞いてくれよ……まったく」

 シゼルとハッシュとは対照的に、好戦的なアリアとリンに、ハンクは軽く溜め息を漏らした。

「では、ハンクよ。お喋りはこれくらいにして、本題と行こう。生命核を無理やり自らに埋め込んだ、この少年が今回の試練だ。既にこの少年は助からん。普通の生命核では、何をした所で肉体の蘇生は叶わんのだ。お前の様に、魂に記憶まで刻んだ特別製でもなければな。こうなっては、只の魔力の塊となった生命核を、この少年から分離することも出来ないだろう。気に病むことは無いから全力で来るといい」

「わざわざ気を使ってくれて、お優しい事だな」

「なに、お前の為と言うばかりでもないのだ。それと、折角だからそこにいるお前と同じ転生者の娘にも手伝ってもらうといい。助けを得る事はルール違反だ、などと言う気は無い。我を楽しませてくれよ」

 アルタナはリンを一瞥してから、含みを持たせた笑みを浮かべる。  

「フェンリルの転生者よ。ところで、最後にフェンリルの声を聞いたのはいつだ? そろそろ潮時なのは、解っているのだろう?」

「――そんなの、やってみなきゃ分からない! いくらあなたが神様だからって、私は……私は、諦められないよ……そんな事、出来ない……」

 アルタナの言葉に、思い当たる節があるのだろう。珍しく大きな声を出したリンの言葉は、尻すぼみになっていった。

「……まあ、いいだろう」

 そんなリンをみて、一言呟いてから、アルタナは倒れているヴァンの耳元で何事か囁いた。すると、気絶していたはずのヴァンが、うっすらと目を開いて笑みを浮かべる。

「あり……がとう。……ラーナ姉……ちゃん」

 再び立ち上がり、アルタナがヴァンに手をかざした

「さあ、祝福しよう、我が眷属よ!」

 そう言ってアルタナがヴァンの身体に手をかざすと、彼の身体は血溜まりごと、一瞬でドス黒い血のような色をした、握りこぶし大の球になり、それはハンク達の目線の高さに浮いた所で停止した。

「戦闘力だけなら本物の冥王竜を凌ぐだろう。その代わり知性が無くなって獰猛になっているがな。――冥王竜ラダマンティスとでも名付けようか」

 そして、ドス黒い血の様な球体は数度脈打った後、一気に膨張を始めた。

 そのまま、その球体は5階建てのビルをすっぽりと飲み込むほどの直径まで膨らんだ所で弾け、その中から、全身を漆黒の鱗に包まれた、異形のドラゴンが現れたのだった。

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