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第22話 彼女達の事情

 ニヤリと笑みを浮かべるリンと、「大トリ」と言う言葉に一瞬きょとんとした後、すぐに真剣な表情に戻ったアリアを順番に見てから、ハンクは腕を組んで目を閉じた。

 元々、これから一緒に行動するリンの自己紹介を兼ねて、何故ヴォルトがシゼルを坊ちゃんと呼んだのか知りたかっただけなのだ。だが、軽い気持ちとは裏腹に、話が大きく膨らんでしまった。

 最初に天上神ノルンの名前を出したアリアに合わせるように、リンは自らが魔王であるという事と、冥界神フェンリルから、その力を授かったことを明かした。

 ハンクもそれ相応の事を喋らなければ、この場は収まらないだろう。

 ――どうやら、ハンクは見事に藪蛇をつついたようである。

 とはいえ、転生してまだ20日と経っていないのだ。自己紹介と言うほど喋る事がある訳ではない。

 しかも、アリア達に出会う前の事は、記憶喪失と言って誤魔化したままである。かといって、全部話していいものか未だに判断がつかない。魔神の力で異世界から転生して、しかも、この世界を混沌に導けと言われたなど、口が裂けても言える訳が無いのだ。

 なんにせよ、アリア達のいる前で、リンが転生者かも知れないと言う事は、今、詮索するべきではないだろう。話が余計にややこしくなるだけである。

 一つ、ゆっくり呼吸をしながら目を開けて、ハンクが口を開いた。

「俺もリンと同じで、神様に力を貰ったんだ。アリア達に会う前だから、20日くらい前かな。リンと違うのは、多分、依代がいないって所だと思う。好みの依代が作れないとか言ってたからな。その後、目が覚めたら、何にも分からない上に、知らない荒野に投げ出されて、気が付いたらこうなってたんだよ」

 言い終わってから、ハンクはおどけた調子で両手を軽く広げた。もし、リンが転生者なら、今の言葉でハンクも転生者である事に気が付くか、それなりに疑念を持つだろう。今は、それで十分である。ここで転生者である事を明らかにしても、お互いにメリットは無い。そもそも、「大トリ」などと言う言葉を使ったのも、ハンクの能力を見て鎌を掛けたに過ぎないかもしれないのだ。

 それよりも、大事な事を1つ伝えなければならない。魔神のお節介――刺客の事である。

「それと、最後、神様に厄介な事を言われたんだ」

「厄介なこと?」

 思わせぶりに言ったハンクに、リンが怪訝な表情で答えた。

「俺の成長が遅い時は、ギリギリ死ぬか死なないかの、俺より多少強めの相手を送ってやるっていわれたんだ。お蔭で、力を貰った初日に、アイアタルを送り付けられた。それでも練習相手レベルらしい。確証は無いけど、タイミングが悪ければ、リンも巻き込むかもしれない。俺と一緒に行動する以上、その危険がある事だけは覚えておいて欲しい」

 一緒に行動するのだから、この事は伝えておかなければならない。冥界竜の生命核を探すのを手伝っている時に、魔神が介入してくる可能性も無いとは言えないのだ。

 そうなれば、リンも巻き込む事になる。自分より少し強い相手を送り込むと魔神は言っていた。まともに戦えば、リンも自分もタダでは済まないだろう。

「それは……ホント、お節介だね」

 苦笑いするリンに、ハンクが「だよな。勘弁してほしいよ」と嘆息を漏らすと、数秒、工房の中が静寂に包まれた。


「……私も、リンに言っておかなければならないことがあるわ」

 最初に静寂を破ったアリアの声に、全員の視線が集まった。いつになく真剣なアリアの眼差しに、強い決意の様な物を感じる。

「リン。あなたは自分自身を依代ではないと言ったけど、冥界神フェンリルの力を授かってる。厳密な意味での魔王ではないかもしれない。でも、それに近い存在だわ。そして、私達エルフ族は天上神ノルンの眷属。さっきも言ったけど、その依代は私の妹なの。本来なら、あなたに協力することなんて出来ないわ」

「そんな……それじゃ、リンの友達はどうなっちゃうのさ!」

 信じられないと言った面持ちで立ち上がったハッシュが、アリアに食ってかかる。しかし、アリアから返事は無い。

 天上神と冥界神は、遥か数千年の昔より敵対し争っているのだ。今でこそ神々の争いは膠着し、平穏と言っていい時代が続いているが、700年前までは、千年に及ぶ、天上、地上、冥界を巻き込んだ神々の戦いがあったと聞いている。

 その為、魔王であろうがなかろうが、冥界神フェンリルの力を授かったリンは、天上神ノルンの眷属であるアリアからしてみれば敵なのだ。

 そして、冥界竜は古代(エインシェント・)(ドラゴン)の次に位置する上位竜(エルダー・ドラゴン)である。もちろん、高度な知能があり、低位の神に匹敵する強さを持つ。その冥界竜の生命核をフェンリルが吸収したならば、かなりの回復が見込めるだろう。それだけに、協力など出来る訳が無い。

「落ち着けよハッシュ。本来なら、って事は、あるんだろ? 続き」

 ハンクが、やんわりとハッシュを制止してアリアを見る。アリアはハンクに微笑んでから、リンに視線を合わせた。

 もし、自分が似たような境遇であったなら、崩壊していくイーリスの魂を前に、形振(なりふ)りなど構っていられないだろう。

 だからこそ、ティナの魂の崩壊を必死に食い止めようとするリンを放って置く事など出来ない。

 ――そう、答えは決めてあるのだ。

「リンが友達を助けたい気持ちは、痛い程良く解るわ。だから、手を貸すのは今回だけ。……それを、覚えておいて」

 相反する葛藤を前に、アリアが出した答えは1回限りの協力。アリアにとって、それが最大限の譲歩であった。


「ありがとう。アリア。それで十分だよ」

 真っ直ぐ向けられたアリアの視線を、正面から受け止めて、リンが微笑んだ。

 考えてみれば、4人はパーティーなのだ。ハンクだけ貸して欲しいなどと言うのは、虫がいいにも程がある。当然、4人全ての同意を得るのが筋と言うものだ。

 手合わせを言い出したシゼルと、筋金入りのお人好しであるハッシュの2人はいいとしても、アリアはそうはいかないだろう。彼女にも事情がある。それでも、アリアはリンとティナの関係を自らに重ねて、1回限りと言う条件付きで協力を承諾してくれた。そんなアリアの優しさを、心からありがたいと思う。

 実際のところ、冥界竜の生命核でティナの魂のがどれほど持つかはわからない。弱り切ったフェンリルでは、現状維持が精一杯なのだ。運よく魂を完全な状態に戻せたとしても、反魂の条件に適うかどうかなど、リンには分るはずも無い。そもそも、それが可能かどうかさえ、未だ模索中なのである。

 とはいえ、崩壊していく魂を、ただ指を(くわ)えて見ている訳にはいかない。奪われた生命核を取り戻さなければティナの魂が崩壊してしまう。

 だが、冥界竜の生命核を奪った白髪の男に、自分一人では敵わないだろう。悔しいが、一度戦ったリンには、その事が良く解る。

 そのためにも、強力な相棒がどうしても必要だったのだ。

 冒険者ギルドで、自分と同じか、ともすればそれ以上の雰囲気を纏ったハンクを見かけた時は、あまりのうれしさに小躍りしそうな程であった。だが、先ほどの話から、ハンクは転生してまだ間もない。生命核がどんなものか、よく知らないのだろう。

 ハンクに生命核と白髪の男の事を、伝えておかなければならない。助力を得るのだから、情報の共有は必須だ。といっても、その知識はフェンリルやティナから聞いた受け売りである。

 リンは生命核と白髪の男について、ハンク達に説明を始めた。彼女の話によると、生命核とは、高い魔力を有する生命体の魂が、自身、もしくは与えられた魔力と混じり合って結晶化したものだそうである。

 最強の魔物、ドラゴンでさえ生命核を持つのは、古代(エインシェント・)(ドラゴン)上位竜(エルダー・ドラゴン)の中でも1部の強力な個体だけなのだ。

 そして、一度、生命核を得たならば、それより溢れ出た魔力が全身を循環し、全ての組織を強化することで、生身の限界を超えた能力を得る。そのため、所有する魔力の強さが、そのまま、その存在の強さとなるのだ。

 神降ろしをした依代が、人の限界を遥かに越えた力を発揮できるのは、神から授かった強大な魔力を元に、生命核をその身に宿す為である。そして、ほとんどの場合、その生命核――魂は崩壊する。勇者や魔王たる魂の器を持った、ごく一部の者を除いて。

 当然、ティナも生命核を有している。しかし、現在は生命核の崩壊を防ぐため、フェンリルと同化し、その存在の内部で保護されている。その為、冥界竜の生命核をフェンリルに吸収させて、その崩壊を防ごうとしたのだ。もちろん、吸収した魔力はティナの生命核にも流れ、フェンリルとティナの両方を回復させる事が出来る。

 だが、リンはそれを達成出来ていない。なぜなら、邪魔が入ったからである。

 冥界竜の身体が、生命核を残して霧散するまでの一瞬の隙をついて、突然現れた白髪の男が、その生命核を奪ったのだ。20代前半に見えるその男は、生命核を取り返そうとするリンと、互角以上に渡り合った。その時点で、白髪の男はハンクやリンと同じような存在か、勇者、もしくは魔王なのだろう。

 そして、遂には白髪の男に生命核の強奪を許してしまった。経験もさることながら、戦闘力もリンより上だったのだ。一人でどうにか出来るような相手では無い。

 とはいえ、生命核を奪われたまま黙ってなどいられない。生命核を持つ魔物は、そうそうお目にかかれないのだ。すぐさま、リンは白髪の男の足取りを追った。そして、その男がドルカスの難民街に向かったと言う情報を得て、リンはこの街へとやって来たのである。

「最悪の場合、難民街に持ち込まれた冥界竜の生命核の近くで、暴動や大量殺人が起きたら、難民たちの血肉が贄となって、新たな冥界竜が召喚されるかも。もし、そんな事になったら、白髪の人と、冥界竜を同時に相手するなんて、そんなの無理。だから、どうしてもハンクに手伝って欲しかったんだ」

 リンはエルダー火山での顛末(てんまつ)を、そう締めくくってから、にまっと笑顔を浮かべた。

「そんな事になったら、ドルカスなんて一溜まりも無いじゃないのさ! 止めなきゃ!」

 事の重大さに、ハッシュが色めき立った。

 難民街とは、天災や魔物の被害で住む場所を追われた人々が、貧困の為に入街税を支払う事が出来ず、ドルカスの城壁のすぐ外で集落を形成した場所である。初めは行き場を無くした小規模の難民たちが、簡易テントで暮らしていただけであった。しかし、年月が経つにつれて、どんどん難民達が集まり、粗末な家屋が次々と建てられた。もちろん、治安や衛生状態も悪く、難民街はスラムと化している。

「でも、可能性の話だろ? 白髪の男がどんな奴かは知らないけど、そんなヤバい奴なのか?」

「ゴメン。ちょっと話を大きく盛り過ぎたかも」

 ハンクの問い掛けに、リンが悪戯っぽく笑みを浮かべるが、「でも、可能性はゼロじゃないよ」とすぐに真剣な眼差しで4人に釘を差す。何の目的で、白髪の男が冥界竜の生命核を奪っていったのか、その理由は誰にもわからないのだ。最悪の事態を想定しておくのは、当然の事である。


「まずは、白髪の男が潜んでいる場所の特定だな。難民街を重点的に聞き込んでみよう」

「シゼル。その前に、宿を確保しないといけないじゃないのさ。もうすぐ夕方だよ」

「そうだな。冒険者ギルドの宿屋が空いてるといいが……、急いだほうがいいな」

 気が付いてみれば、かなりの時間が経過していた。5人がルポタ商店に到着した時は、まだ昼を少し回った程度であったが、今は傾いた太陽が家屋の影を長く伸ばしている。

 これからしばらく、パーティはリンを加えて5人となるのだ。当然、男女で別の部屋がいる。さらに、アリアとリンが同室でいいかとなると、先ほどの話の流れからして、難しいかもしれない。男3人が同室としても、最大で3部屋いるのだ。いつまでも、のんびり話し込んでいる訳にはいかない。

「ハッシュ。ここを出る前に剣を1本買いたい。親父さんに良さそうな剣を頼んでくれよ」

「あ……私が折ったんだっけ。お金、私も出すよ」

「いや、判断をミスって剣が折れたのは、俺の力不足だしな。自分で買うよ」

 元々、シゼルとの無茶な稽古で、大分痛んでいたのだ。それを知らないリンは、何度かお金を出すことを申し出るが、ハンクはそれを固辞した。

 その後、5人は工房から店舗内へと移動し、ハンクは長剣(ロングゾード)を1本購入した。

「ハンクだったか? 一体何と戦ったんだ、お前さん? ここまで剣がボロボロになる相手なんぞ、余程の魔物だぞ」

 エルフの街で、マレインからもらった長剣(ロングゾード)はボロボロに刃こぼれし、所々歪んだ挙句に真っ二つに折れているのだ。武器屋を営み、腕利きの鍛冶屋でもあるヴォルトが不思議がるのも当然である。

「父さん! なんてこと言ってんのさ!」

「いいよ、ハッシュ。私、気にしてないから……」

 父親に食って掛かるハッシュを、リンが遠い目をしながらなだめたのは言うまでもない。

 斯くして、5人はルポタ商店を後にし、冒険者ギルドに併設された酒場兼宿屋へと向かった。

 幸いなことに、空き部屋が3室残っており、男3人は同室、アリアとリンはそれぞれ1室で、宿を確保することが出来た。

 そして、荷物を部屋に置いて、少し休憩してから、1階の酒場で5人が今後の打ち合わせをしようと集まったものの、昼間の手合わせを見ていた冒険者たちに囲まれて、それどころではなくなったのであった。

 結局、なにも決まらないまま、5人は次の日の朝を迎えたのである。

とうとう、今回で10万字突破しました。

先週は書く時間が全然とれず、気が付いたら2週間経ってた……

平成の内に、もう1話くらいは投稿したいなと考えつつ、頑張ってみようと思います。


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