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第21話 それぞれの理由

「この騒ぎが一段落したら、どこか落ち着ける場所で話そうよ」

「賛成。この状況は魔物に囲まれるより厄介だな……」

 勝敗が決し、ハンク達を取り囲む冒険者たちの輪が、どんどん狭まって行く。ハッシュの提案に答えたハンクだったが、その言葉を言い終わる前に、彼等5人は冒険者たちの波に呑まれたのであった。

 どよめきながら、めいめいに声を掛けていく冒険者達。

「すげぇなお前! 今度一緒に組もうぜ!」

「強ぇからって、いい気になってんじゃねーぞ!」

「お前のせいで無一文だ!」

 勝ちをリンに譲ったものの、それで何か変わったかと言われると、特に何も変わってないのかもしれない。それがハンクの素直な感想であった。むしろ、賭けに負けたせいで、ハンクに向けられる言葉の大半は文句のような気がする。

 とはいえ、笑いながらハンクの肩や背中を叩いて行くあたり、彼等も本気で文句を言っている訳ではない。これが冒険者流の挨拶なのだ。

 もちろん、先ほどの戦いを見せられた後では、彼等もハンクの実力を認めざるを得ない。リンとハンクの手合わせは、まさに人外の戦いだったのだ。

 当然、今日登録した見習い冒険者のハンクが、アリアやシゼル達上級冒険者のパーティに入った事を、とやかく言う者は出ないはずである。デモンストレーションとしての効果は上々だと言えよう。

 さっきまで野次馬だった冒険者達に揉みくちゃにされ、ハンクは少々荒めの歓迎を受けたのだった。


 しばらくして騒ぎが落ち着いた後、ハンク達5人は、冒険者ギルドから少し離れた場所にある、武器屋の前に立っていた。

 落ち着いて話をしようにも、あれだけ目立った後なのだ。冒険者ギルドの待合室や酒場では、腰を据えて話をすることなど出来そうにない。

 どうしたものかと思案していると、シゼルが打って付けの場所があると、自信満々に、ある武器屋の名前を挙げた。

 武器屋の名前はルポタ商店。――ハッシュの実家である。

 当然、ハッシュは抗議の声を上げた。とは言え、リンとハンクの戦闘を見た後なのだ。人目のある場所で、誰彼無しに聞かれても良い内容では無い事くらい察しが付く。斯くしてハッシュは、ハンク達4人を伴って、自らの実家に行く事を渋々承諾したのであった。


「……ただいま」

 ハッシュは木製の扉を開けて、蚊の鳴くような声で帰宅を告げた。そこでは、店主と思われる筋骨隆々とした、青い髪と目の中年男性が武器の手入れをしており、ハッシュに気が付くと、ギョッとなって作業の手を止めた。

「……ハッシュじゃねぇか! 最近連絡が無いと思ってたが、ちゃんと生きてたか!」

「当たり前じゃないのさ。奥の工房使いたいんだけど、いいだろ?」

「何? 武器も持たねぇお前が工房だと?」

 そこまで言ってから、再度、ハッシュをじろりと眺めて、その後ろから遅れて入ってきた連れに気が付く。

「シゼル坊ちゃんに……後は、見た事ない奴らだな」

「ご無沙汰してます親父さん。外では話しにくい事があって、工房を借りたいんですがいいですか? それと、そろそろ坊ちゃんは勘弁してくださいよ」

 坊ちゃんと呼ばれたシゼルがハッシュの横に立ち、青い髪の店主を親父さんと呼び挨拶を交わす。

 髪と目の色しか共通点は無いが、店主とハッシュは親子と言う事だろうか? それよりも、シゼルが坊ちゃんとはどういう事だ? と、突然の事態にハンクが目を白黒させるが、ハッシュはそれに見えない振りを決め込んで、順番に紹介を始めた。

「紹介するよ、僕の父さんで店主のヴォルト・ルポタ。後ろにいるのは、僕とシゼルとパーティを組んでるハンクと、アリア。両手剣を持ってる彼女は、さっき知り合ったリンだよ」

 どうやら本当にハッシュと店主は親子であったようだ。ハッシュの紹介を受けて「うちの息子が世話になってるみたいだな。よろしくな」と、ハッシュの父親――ヴォルトが精悍な笑みを浮かべた。ハンク達もそれぞれに「よろしく」と挨拶を交わす。

「奥の工房、使っていいぞ。だが、道具には触るなよ」

 ヴォルトは一言釘を差してから、カウンターの椅子にドカッと腰掛けた。ハッシュが4人を工房に案内する前に礼を言うと、ヴォルトは無言で片手を上げて応えたのだった。


 ハンク達が奥の工房に案内されると、20畳程の室内には煙突に繋がった火床(ほど)があり、壁に何本も鍛造用のハンマーが掛けられていた。ハッシュ曰く、このハンマーは絶対触れてはいけないとの事である。他にも触れてはいけないものがあるらしく、ハッシュの指示に従って、他の4人はそれぞれに座る場所を見つけて腰を下ろした。

「落ち着いたところで早速なんだけど、自己紹介してくれないか。リンもだけど、シゼル。お坊ちゃんってなんだ……?」

 この手の話は大抵の場合、藪蛇である。しかし、ヴォルトの言ったこの言葉が、ハンクは気になって仕方なかったのだ。

「なんだ? そんな事、気になるのか?」

「……気になる。というか、エルフの街からこっち、ずっと俺の正体がなんだとかの話ばかりで、良く考えたらシゼルやハッシュの事、何も聞いてない。不公平だろ?」

 明らかに目を逸らしたシゼルに、ハンクが口を尖らせた。異世界であろうとなかろうと、人の過去を詮索するのは、余り勧められた事ではない。冒険者などしているのであれば尚更だ。だが、決してタブーと言う訳では無い。要はタイミングである。

 シゼルとハッシュの言葉を、ハンクが手ぐすね引いて待っていると、リンとの手合わせ後から、ずっと機嫌悪そうにしていたアリアがクスッと吹き出した。

「ハンク、私も同じこと思ってたわ。キミに」

「なんだよ急に……」

 突然、水を向けられたハンクがたじろぐ。

「エルフの街で私の事ばっかりだったから、不公平だって思ってたの。なのにキミは、さっきの勝負で心配させるだけさせて平然としてるし……。でも、今のでバカらしくなっちゃった。こうなったら、しっかり自己紹介してもらうわよ。――特にリン、シゼル、ハッシュにはね」

 可笑しそうに笑いながら、アリアが被りっぱなしだったフードを脱いだ。初めて見るアリアの素顔に、リンが「わあ!」と感嘆の声を上げる。

「私はアリア=リートフェルト。ハイエルフ。ランクはゴールド。女神ノルンの依代たる預言者の候補として育てられた一人よ。よろしくね」

 左手首の金色に輝くマナクルタグを(あらわ)にしてから、アリアはリンに微笑みかけた。

 普通、アリアが自分の事を語るとき女神ノルンの御名を出すことは無い。だが、リンはハンクと渡り合える力を持っていた。多分、人の世で勇者や魔王と呼ばれる存在のどちらかだろう。出し惜しみしている場合では無いのだ。

「よろしくね、アリア。ところで、あなたは将来女神の依代になるって事なのかな?」

「それは無いわ。預言者は妹が継承したから。でも、彼女に何かあった時、女神に求められればそういう事だって無いとは限らないわ」

「依代……だもんね。出来れば、そんな事が無いといいな」

 依代と言う単語を聞いた途端、リンの笑顔が曇った。彼女は「依代」と言う言葉が持つ、本来の意味を知っているのだろう。

「――神降ろし、知ってるのね」

 アリアの言葉に、リンが無言で頷き、そのまま下を向く。そして、ゆっくりと口を開いた。

「私の友達がね、依代だったんだ。言葉の通り、彼女――ティナはもういない。神様の力をその身に降ろして同化したから。でも、そのお蔭で私と神様の命が助かったんだけどね。ただ、神様はティナと力の同化を解除しないでくれてる。崩壊した魂が無くならない様に、今も神様の力でその体内に留めてくれてる。頼んだのは、私なんだけどね」

 大きく一つ呼吸をしてから顔を上げて、リンは再び笑顔を浮かべた。あまりの内容に、工房の中はしばしの沈黙に包まれた。


「依代って、そんな危険な役目なのか? ……それより、リンが死にそうになるって、何が襲ってきたらそんな事になるんだ?」

 そんな中、最初に沈黙を破ったのはハンクであった。

「神様たちはそれぞれに自分の眷属を持ってる。その中から、魂の器が大きな者を選んで依代にするのよ。普段は神様の力の一端を貸し与えながら、依代の魂が成長するのを待つの。そして、魂の成長が最大に達した時、神降ろしが行われるわ。神降ろしは、依代が魂の成長を経て次の段階に昇華する為の儀式でもあるの。ただ、神降ろしって言っても、神様がその体を支配する訳じゃないわ。神の力を依代の魂に同化させて、その身に宿らせる事を言うのよ。

 キミは、その力を神様からもらった時に説明が無かったって言ってたけど、元々、勇者や魔王は全て神様の依代なの。天上に住まう神々の力を得たなら前者、冥界に住まう神々の力なら後者。ただし、その領域にたどり着けるのは、ほんの僅かな者だけよ。

 そして、どんな神にせよ、魂の器が神の力を受け止めきれなければ、一時の力と引き換えに、依代の魂は消滅するわ。それでも、依代にとって神降ろしは、自らの信仰する神とより近づくことの出来る尊い行為だとされているわ」


 どこか悲しげに答えたアリアの言葉に、転生する前に聞いた魔神の言葉が重なった。曰く、他の神々は自らの信仰心を集めるための依代として、この世界の住人を勇者や魔王に仕立てている、と。

 その言葉が具体的にどういう意味を持つのか、あの時は良く解らなかったが、アリアの説明のお蔭で、仕立てると言う言葉の意味が理解出来た。

 頻度は分らないが、依代たちは率先して神降ろしに挑戦するのだろう。自らの魂を掛けて勇者や魔王となった依代は、その力で持ってさらに信仰を集め、敵対する神々への尖兵となる。魔神の言っていた通り、まさに代理戦争である。

 そして、悲しげに言ったアリアの脳裏に、イーリスが浮かんでいるであろうことは、容易に想像がつく。それと同時に、神々の争いにそのような犠牲を強いる事に、ハンクは怒りを覚えた。

「まったく……、神様ってやつらは碌でもないな」

 吐き捨てるように言って、ハンクは奥歯を強く噛んだ。

「でも、リンの神様は依代の友達を消さない様に保護してくれてるんだろ? いい神様じゃないのさ。そうなると、リンは勇者って事?」

 勇者などというのは、伝説上の存在と言ってもいい。裏を返せば、依代が神の力を受け入れる事が出来るのは、それほど低確率であると言う事だ。そのような存在が目の前にいると思うと、自然とハッシュの声がうわずった。

「依代を二人持つ神なんて聞いたことが無いわ。基本的に、1柱の神様が持つ依代は1人のはずよ」

 伝説の存在を前に浮足立つハッシュへ、アリアが待ったをかける。そして、再び、わずかな沈黙が流れた後、リンが口を開いた。

「私は依代じゃないよ。でも、神様に力を貰ったんだ。だから、その力を貰った私と依代のティナは一緒に育ったの。その頃は神様にも結構、力が残ってたんだけどね。でも、ある日、まだ小さかった私たちは、神様の力を奪い取りに来た魔王に殺されそうになったんだ。そして、ティナは神降ろしをした。それが、13歳になる少し前かな」

 依代では無いが、神様に力を貰った。その言葉に、ハンクの肩がビクッとなる。

(――まさか、リンも転生者なのか?)

 魔神は他のそういった存在の力を取り込んだり、従えたりしてもいいなどと言っていたが、そのような事が本当に起きていたのだ。

 流石に、この事は軽々しく口にすることも(はばか)られる。

 そんな事を考えていると、再びリンが口を開いた。

「まずは、自己紹介しなきゃね。私は冥界神が1柱、フェンリルの眷属、リン。何者かって言われたら、魔王って事になるのかな? ただ、私の神様は今まで何度も殺されかけてるから、もうほとんど力が使えないくらい弱ってる。でも、ティナの魂を維持してもらう為に、魔力元になる高純度の生命核がいるから、エルダー火山で冥界竜を倒して神様に取り込ませようとしたんだけど、白髪の人に生命核を奪われちゃって……。

 それで、ハンクに手伝ってもらいたいのは、その冥界竜の生命核を取り戻す事。私の調べだと、城壁の外にある難民街に運び込まれたみたいなんだ」

 しれっと言うリンに、ハンク達4人は驚愕の表情を浮かべた。特に、アリア達3人からしてみれば、リンの語る内容はお伽噺に出て来るような内容なのだ。

 冥界神フェンリル、冥界に繋がっているとされるエルダー火山最深部とそこに住まう冥界竜。どれも神話級の出来事である。特級冒険者だけで集められたパーティですら、リンの語る内容を実行することは不可能だろう。しかも、そのリンから冥界竜の生命核を奪った白髪の男。にわかには信じ難い話ばかりだ。

「あ、あのさ。冥界竜なんて神話に出て来るような魔物、どうやって倒したのさ? 沢山の冒険者を率いて討伐隊でも組んだのかい?」

「まさか。私一人だよ。神様にもらった両手剣もあるし、7、8割本気出したかな。昔、神様を縛り付けてた紐だか鎖なんだって。私が持ったらこの形になったんだ。でも、もし火山にいたのが冥王竜だったら、私が死んでたかも」 

 事も無げに言うリンに、ハッシュが二の句が継げずにいると、にまっと笑みを浮かべて、シゼルとハッシュの二人を指差す。 

「次はあなた達の番だね。どんな話が出て来るか、期待してるから!」

「期待されても無理に決まってるじゃないのさ! 僕は単なる武器屋の息子ってだけだよ。ランクはシルバー、武器屋の息子なのに魔法が得意ってくらいしか喋る事が無いよ!」

 突然水を向けられたハッシュが、しどろもどろになりながら答える。冒険者同士の自己紹介なら、それだけでも十分インパクトがあるはずなのだが、リンの話を聞いた後では流石にパンチが弱い。

(なんか、見てるこっちがいたたまれないな……)

 ふと、そんな事を思いながら、ハンクが視線をシゼルに向けると、他の3人も既にシゼルを凝視していた。

 ――そう、坊ちゃんとはどういう事か。すべてはそこである。

 シゼルは一つため息を吐いてから、左手首のマナクルタグを、リンに見せるように(あらわ)にした。

「俺もつまらないぞ……。見ての通りランクはゴールド。男爵家の5男だった。自由な冒険者に憧れて家出したんだよ。それから俺の名前はシゼル=ランドルフ、それだけだ。冒険者に余分な名前は要らない。貴族に戻りたいとも思わないしな。ハッシュの親父さんはランドルフ家に出入りしてたから、小さい頃から知ってるんだよ」

 ばつが悪そうに言うシゼルを見ながら笑みを崩さないリン。

「シゼル、冒険者に余分な名前は要らないなんて、かっこいいね」

 その言葉に、シゼルが腕を組んで目を閉じる。珍しいことに、照れているのだろう。

 そして、リンがニヤリとしてから、びしっとハンクを指差した。

「さあ、大トリはあなただよ。ハンク」

 大トリと言う言葉にアリア達3人がきょとんとする。その姿を見て、ハンクは額に手を当てた。

(――転生者、確定だな……)

 異世界から来た、などと言っても話がややこしくなるだけである。もしもの時は同郷とでも言っておこう。それだけ決めて、ハンクは4人を視界に入れた。

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