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第六話

「そろそろ、夏祭りだが」

 素麺を啜りながら碧は言った。碧が都会から取り寄せたものだった。良い物はやはり美味い。ちなみに茹でたのは碧である。美月ではない。美月は吃驚する程、食事に無頓着だった。

 あれから毎日のように通った成果が出ているのか、一週間も経てば、二人は夕食を一緒にとる事も多い間柄になった。偶にはハジメも交えて、三人で食事をとったりもした。

 美月は本当は寂しかったのだろう。

 小さな村の更に人気の無い家に孤独に住んでいて。ハジメ一人しか訪れる事の無い退屈な代り映えのしない日々に、碧と言う異物は新鮮だったに違いない。だからこそ、少女は少しずつ男を受け入れたのだろう。

 夏祭りの話題を出した碧に、美月は嫌悪感を出して答えた。

「ああ、夏祭り。私は行きませんけれど」

「何故だ」

「見世物になるのが嫌だからよ」

 碧から見るとただの美少女なのだが、そう言えば、美月は殺人鬼の親の子供だった。

人の多い祭りに行けば、村人からは奇異の目で見られるだろうことは想像に難くない。

 見世物上等。碧は口を開いた。

「今年は一緒に行こう。俺も見世物になってやる」

 美月はちゅるん、と素麵を啜って、咀嚼しながら考えている様子に見えた。三口程食べてから、漸く口を開いた。

「……ハジメも一緒なら良いわ」

「駄目だ」

 碧は即刻否定して、喉奥で笑いながら告げた。

「男女のデートに、保護者同伴は無粋だ」

「貴方と私で、デート、ねえ……」

 冷たい視線で見詰める美月。しかし、それには最初の頃のような刺々しさはない。家族同様のハジメに向けるものと近いものがあった。親近感と戸惑いが感じられる。

 もうひと押し、と碧は考えた。

「お前となら、逢引の方が言葉として合うな。逢引、しよう」

 美月はその言葉にははなんとも答えずに、素麺を啜り「汁が水っぽい」と文句を垂れていた。




 夏祭りの夜。

 日差しは落ちているけれども、やはり暑いものは暑い。

 碧は避暑に持ってきた中で一等良い青のジャケットを羽織って、おめかしして美月の家へと歩いていった。

 途中までは村の中心から祭囃子が聴こえたのだが、外れに行くと聴こえなくなって、迷い家に迷い込んだ昔話の男のように碧は思えた。

 美月は、いつもの縁側に座っていた。しかし。

「……お前は、何故そんな服装で?」

 美月は全身を包む黒いワンピースを着ていた。まるで喪服のようだった。

 喪に服した少女は、黒い影のように座っている。夜に溶けて消えそうな程、儚げだ。

「他に、良い服がなくて。これが一番良い服なの」

 樟脳の香りのするワンピースは、大事にしまいこまれていた様子で、虫食いの痕などはなかったが。

「陰気だな。お前はもっと明るい色が似合う。今度俺が仕立ててやろう」

「……今度、があったらね」

 どうでも良さそうに美月は言いながら、気だるそうに立ち上がった。真夏の幻か、亡霊か。やたらと黒が似合っていて、とても生きているものとは思えない少女だった。

歩き始めた昭寿は碧とすれ違いざまに呟く。

「これ、母の形見なのよ」

 振り返った碧の目の前に、少女の背中があった。

 淡く、しかし甘い、死の香りが漂った。




 夏祭りは盛況で、村人の殆どが出かけているのだろうと思われる賑やかさだった。

 香具師の出店が軒を連ね、村外の人間も幾らかはいるようで、碧と叶は思ったよりは目立たなかった。それでも、二人が歩くと海を割るように人だかりが引いたように思われる。

「何か食べたいか?」

「特に何も」

 つん、と澄まして美月は歩いている。

 こうして見ると、上品さが際立って、少女と言うより一端の女性らしい。長い艶やかな黒髪と、矢張り黒いワンピースの裾が、生温かい風に吹かれて揺れていた。

 その姿を見て、孤高の黒猫の女王様のようだと碧は評した。猫も女王も群れる事を好まない。自身が絶対的な存在だからだ。少女にはその姿勢を感じた。

「食べ物が嫌なら、射的でも」

「子供ですか、貴方は」

 美月は文句を垂れながらも、楽しそうに目を細めて、離れた露店を眺めている。眺めているだけで近寄ったりはしない。

「お前、祭りには何度来た事がある?」

「……お祭りは、初めて、です」

 少し恥ずかしそうに美月は言った。何も恥ずかしがる事などないと、碧は思った。あんな辺鄙な所にいたのでは仕方ないし、ハジメですら美月を祭りには連れ出せなかったのだろう。それだけ、周囲の刺々しい視線を感じる。

 碧はなんとも思ってないように振る舞った。実際、少女の為なら見世物位なんともない。

「たこ焼きとお好み焼きと焼きそばを買おう。そして射的と金魚すくいをしよう」

「馬鹿」

 いつも通り、その一言で吐き捨てながら、喪服の少女は、出店に群がる家族連れを眺めていた。

 ああ、こういう風に家族で来た事がなかったのだな、と碧は思う。

 美月にとって、家族の象徴は、その身に纏った喪服なのだ。

 ふらふらと、なにをするでもなく二人は祭りの道を歩いた。開けた場所では、盆踊りを踊っている。

「……あ」

 不意に、美月が何かに目を取られた様子で立ち止まった。碧はその方向を見た。

『硝子細工くじ』の看板。看板の下の露店には、ちゃちな子供向けの硝子細工が並んでいる。

けれど、それを見る少女の視線もまた、子供のようにきらきらと無邪気なものだった。目を見開いて、光を反射して煌めくそれに見入っている横顔は可愛らしかった。

「女王様、これが好きか」

「うん」

 女王様とか言われたら、いつもなら即座に文句が飛んでくるのだが、硝子細工に目を奪われた美月は、上の空で答えた。それでも、美月は露店に近寄ろうとしない。遠巻きに眺めているだけだった。まるで、手に入らない象徴(アイドル)を見るかの様に。

 碧は溜め息をつく。そうしてから、すたすたと硝子細工の露店に近付いた。

「店主。一回幾らだ?」

「一回五百円です」

 赤ら顔の店主がそう答えた。村の外から来た香具師らしく、碧や美月に対して、友好的な笑みを見せた。恐々と美月が寄って来て、碧の背中に隠れる。

「では、二十回引かせてくれ」

 万札を香具師にひらりと渡し、碧はそう言った。

「……碧」

 背中で絶句する美月に、振り向いた碧は片目を瞑ってみせた。

 美月は、そろり、と前に出た。

「本当に良いの?」

 怯える子供のように美月が碧に訊ねる。碧は黙って、美月の手を引いて、紙のくじが入っている箱に導く。

 美月は碧に促されるまま、くじを引いた。

 最初に当たったのは、ウサギの家族だった。美月は、目映いものを見る様に、怯える様に硝子細工の家族連れを見て。結局は嬉しそうに笑った。

 それから、美月は夢中でくじを引いた。何度も何度も。店主に「次で終わり」と言われた所で、一旦その手が止まった。

 存在を忘れられていたかの様に棒立ちになっていた碧に振り向いて、美月ははっきりと言った。

「最後は碧、貴方が引いて下さらない?」

 美月の表情が、提灯の明りに照らされて、やけに生き生きとしているように見えた。もう、亡者の顔をしていない。生きている人間の表情だった。

 こんなにも変わるものか、と。今までやってきた事は無駄ではなかったと碧は思う。肩を竦めて、言われるままにくじを引いた。

 碧の引いたくじの結果は、緑色の風鈴だった。

「碧。今日の想い出に、貴方に……」

「これは、お前にやる。お前の為に引いたのだから」

 美月が言い掛けたのを遮って、碧が言うと、少女は首を傾げながらも、頷いた。

「沢山の家族。それに、緑。碧。貴方の色の風鈴。うふふ」

 そんな事を囁きながら、両手に硝子細工を持って、美月は嬉しそうに歩く。

「風鈴、ずっと飾ります。貴方の事を忘れないように」

 美月が弾んだ声で言うのに、碧は少し驚いて目を見開いた。嫌われている自信は無かったが、好かれている自信も無かったからだ。

「……意外だ。俺は、お前に気に入られていたのか」

「私、嫌いな輩は、傍に置きませんので」

 また、女王様の顔に戻る。けれど、手に一杯の硝子細工は女王にしては子供っぽくて、黒猫にしては人懐っこくて。碧はくすり、笑った。

「忘れようにも、忘れなくさせてやるから」

 碧の決心は、固まった。もう、美月について、碧がどう接するか結論を出した。

なんの変哲もない村の夏祭りの夜。それは、一人の少女の運命が決まった夜だった。


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