第二話
時間は少し遡る。
「……書けない」
小説家先生とやらは、くしゃみをしてからそう呟いた。
「また、良い女が俺の噂をしているのだろうか。いや、美少女かもしれん」
クーラーを寒い程効かせた室内なので、恐らくただの風邪であろう。
小説家は「碧」と名乗っていた。
それが筆名なのか、本名なのか、文学に疎い村人には分からなかったが、ノートパソコンを持ち込んで「書き物をしている」と名乗る男は、一躍村の時の人となった。
男が美貌だったのもあるかもしれない。
歳は二十歳位だろうか。二重の大きな凛とした目に、見苦しくない程度に整えられた少し癖のある髪の毛。鼻梁は高くすんなりと伸びていて、唇は薄くも厚くもなく優雅に曲線を描いている。やや優男風ながら、頼りない雰囲気はない。
モデルと言っても通用するであろう風貌は、村の女性たちを沸き立たせるのには十分だった。
「小説のモデルになるような『アバンチュール』でもないだろうか」
とか、この書けない小説家は邪な考えで、ふらりと鄙びた村に立ち寄ったのだったが、鄙びた村には碧の目に適うような女性はいまだに現れなかった
「美女ないし、せめて、美少女……」
碧は、「嗚呼、俺の美意識に適う者はいないだろうか」等と朝食の折に民宿の主に愚痴を零していた。
主は、「それなら、叶の幼子はどうです? 見た目は村一番と有名ですよ。見た目だけなら、ねぇ……」と微妙に揶揄を覗かせた口調で碧に言った。
「幼子?」
碧は首を傾げた。
「ええ。村の奥に、一人暮らしの幼子がいるんですよ。事情があって余り村人が近づかないんですけれどね。まあ、所謂、村八分、と言う奴ですよ」
主は嫌悪感を隠さずに言った。
「幼子か……俺はロリコンではないのだが」
「幼子と言っても、もう十代半ばですよ」
「早くそれを言わないか! ぎりぎり許容範囲だ!」
憤慨しながら、碧は目玉焼きに醤油をかけた。
碧は目玉焼きにはソース派だったので、しまった、と思った。
何も面白みがない村だと思っていたのが、「幼子」の話を聞いて、俄然興味が湧いてきた現金な碧だった。
そして、口の軽い民宿の主によって、「うちに泊まっている小説家先生は、なんとあの幼子に興味を持っている」と言う噂が流れるのは、小さな村では一晩あれば充分だった。




