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第一話

 その村は盆地になっていて、夏は暑く、冬は寒い。

 地方の一田舎である。

 資源となるのは林業と農業位で、それも高齢化が進み年々廃れて行っている。

 緩やかに訪れる停滞の影。

 それでも、夏はやってくる。

 夏だけは、その村も活気付いて見えるのだった。


「……暑い、わ」

 みーん、みーん、みーん……

 日がな一日中、和室の縁側で盥に水を張って、足を突っ込んで蝉の声を聴いている少女がいる。

 夏だというのに色は白く透けるよう。痩せてはいるが、肝心な所は豊かな膨らみを持っている。浴衣を捲り上げていて、そこから見えている脚は、肉がない上に体毛は無く柳の様にたわんで、月の様に白い。

 顔立ちは、割合整っているが、何処か冷たい。、切れ長の一重瞼が涼しげで知性を感じさせる。

 癖のない豊かな黒髪が背中の中頃まであるのを、紐で適当に括ってあげている。一筋二筋の髪の束が白皙の肌を縁取り、それが少女を気怠そうにかつ病的に見せている。

 全体的に、薄く何処か果敢ない。日差しに当たれば溶けて消えそうな印象の持ち主の少女である。

 少女は棒アイスを齧りながら、生温くなった盥の水を交換しようかどうか、悩んでいた。

「こう暑いと……暑気避けのひとつもしたくなりますね」

 べとり。

 棒アイスが溶けて、盥の中へと落ちて、じわりじわりと溶けていく。

「それか、逆に……暑い事でも宜しいのに」

 ぼんやりとそうしている事、数時間。

 少女はただ、綺麗な人形めいて縁側に座っていた。

 日は傾き始め、幾らかは涼しい風が吹いてくる。

 ふらり。

 唐突に少女は縁側に倒れ伏した。板張りの縁側は冷たく、いまだ火照った身体に快い。

 そのまま寝てしまおうかとうとうとしていると、少女の上から笑い声が降ってきた。

「美月。また疲れたまま、そこで寝るのか。風邪引くぜ?」

 美月は目蓋を開けなかった。聞き覚えのある声。そして、少女を『美月』と呼ぶ男は、一人だけだったから。

「……ハジメ。だるい」

「自堕落だな。自業自得だ」

 笑い声は、何かをことん、と少女の隣に置いた。

 ようやく少女――叶美月――は目を開ける。

 そこには、冷やし中華とビールが載った盆と、生まれた頃から知っている、眼鏡をかけた男の笑顔があった。

 男の年は二十代半ば位。スーツの上着を脱いで、ワイシャツだけになっている。暑いから当たり前と言うのに、それが涼やかに見える。一見して優男である。

「美月、晩飯を食おう」

「……未成年にお酒を勧めるの、貴方」

 ビールを見て、美月は言った。

 く、と笑ったハジメはひたり、と美月の顔の近くに蒼い瓶を置いた。

「お前にはラムネを買って来たぞ?」

「……ハジメ。お友達のいない貴方の晩酌に付き合って差し上げるわ。仕方なくなんですからね!」

 美月の素直ではない言葉に、ハジメは、はは、と笑った。この男は、美月の世話をするのが生きがいなのか、ちょくちょく様子を見に来る。

 こうして年の離れた兄弟のように見える二人で夕食をとる事も珍しい光景ではない。

 ハジメは、この村の出身で、大学進学と共に都会に出て行ったが、母校の教師になると言って帰って来た。近くの高校の教員だった。

 大概の者は都会に出ると二度と戻ってこないような田舎で、ハジメは珍しい存在だった。

「どうにもな。お前が気になって帰ってきたんだ。妹みたいで放っておけない」

 と、ハジメは美月に快活に笑って言う。

 それが本当かどうかは、美月は知らなかった。ただ、二人で共にとる夕食は一人で食事をとるよりも楽しくて美味しかった。

 ハヂメは綺麗な顔立ちをしている男で、女に持てる。しかし、浮いた噂の一つも立たなく、村でも期待の若者だ、好青年だと評判であった。

 都会的な洗練された印象を与える風貌とその容姿で、村の女性の憧れの存在だった。そんなハジメは当たり前の様に、美月に家族のように接してくれたし、美月も家族に対するように接していた。

 美月が生まれた時からハジメは少女の事を知っている。子供の頃から知っている家族だから、互いに何でも許せたし、話し合えた。

 その日も、いつものように過ぎていく――はずだった。


「そう言えば、聞いたか? 余所者の話」

「何、それは?」

「お前は世間様に疎いな」

 呆れたようにハジメは笑いながら美月を小突いた。

「今、村で話題になっている。子供でも知っているぜ。村に一軒だけある民宿があるだろう?そこに連泊している、男の話さ」

「……別にこの時期には偶にある事でしょう。夏祭りが近いのですから、変わり者がやって来ることはあるし。……村人たちは、又、そんな下らない事で騒いでいるの?」

 この村は観光地と言うには程遠いが、逆にそれが良いと風変わりな客人が都会からやってくる事もある。フィールドワークと称した民俗学関係の学者が来た時には、村人総出で迎えたものだ。

 特に、今は夏祭りを控えていて、そう言った都会の者が入りやすい時期だ。

 美月は興味なさそうにラムネを飲んだ。対照的にハジメは愉快そうに目を細める。

「それがさ、少しだけ面白い事に」

 ハジメは目を細めて、子供が内緒話をするように耳打ちした。

「その男、小説家先生、で、美月に興味があるんだってさ」


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