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第5話

「暮らす……って、どういうこと?」

 智代さんがひなたに訊く。

「叔母さんに迷惑をかけたくないんでしょ?だったら、しばらくの間だけでも、ウチに居ればいいじゃない。お父さん……どう?」

 ひなたの目は、父親である勝を見ている。

「ウチは別に構わないが……葵くんの意思だって、彼の叔母さんにも連絡しなくちゃならないだろう」

「それもそうだね……」

 結局、その場ではそれ以上の話にはならなかった。二つ返事で決められる話でもなかったからだ。


「ごめんね。先に葵に言えばよかったね」

 食後、再びひなたの部屋に移動した葵とひなた。

「うん。びっくりしたよ……一緒に暮らすなんて。今日初めてあったばかりなのに」

「そうなんだけど……。やっぱり一人より誰かと一緒に暮らした方がいいんじゃない?せめて、一人暮らしの準備が整うまでの間とかさ」

  「あっ……、申し訳ないんだけど、電話貸してもらえないかな?叔母さんと連絡をとりたいんだ」

 一人暮らし、という言葉を聞いて思い出した。

「いいわよ。ハイ、携帯」

 そう言ってひなたは自分のスカートのポケットから、赤い色のスマートフォンを取り出した。

「ありがとう」

 葵は、取り出したメモを見ながらスマートフォンの画面をタップして、叔母の携帯に電話をかけた。

 呼び出し音が鳴ったのは、ごくわずかな時間だった。

『もしもし……どちら様ですか?』

 警戒感に満ちた叔母の声が聞こえてきた。ひなたの携帯から掛けたせいで、向こうからしてみれば、突然知らない電話番号から電話がかかってきたことになっている。

「もしもし、瑠璃るり 姉さん?葵だけど……」

『葵!?今どこにいるの?大丈夫?』

 口ぶりから察するに、もう火事のことは知っているようだった。

「大丈夫。怪我とかはしてない……瑠璃姉さん、落ち着いて聞いてね……」

『なに……?もしかして、二人に何かあったの?』

「父さんと母さん、行方不明なんだ……」

『そんな……!』

 叔母は悲痛な声で嗚咽をもらし、葵の側にいたひなたも目を伏せた。そして、気持ちが沈んでいるのは葵も同じだ。

『何が……あったの?』

 ひなたが静かに部屋を出ていく。葵はそんな様子を見届けてから、叔母の問いに答える。

「子供がね、いなくなったんだよ。同じ宿に泊まっていた人の。それで、父さんが一緒に探すって言いはじめて……母さんもそれに着いて行って。俺は子供を探さないで、そのまま逃げてきたんだけど……。それで、今日警察から、行方不明だって言われた。生きているかどうかもわかんない」

 生きているかどうかわからない、ということは、死んでいない可能性もあるということだが、葵も叔母も言葉を良いようには捉えず、マイナスな意味で捉えていた。

知宏ともひろさん、人助け好きだったものね。それで、姉さんはそんな知宏さんのことが好きだった。だから一緒について行ったのね』

 叔母には、二人が性格的に、そういう行動に出るということを何と無くわかっているようだった。

『きっと……生きてるわ。二人とも』

「そうだね」


『葵、あなた今どこにいるの?』

 先ほどの会話から少し間を空けて、叔母は葵に訊いた。葵はその問いにどう答えるべきか悩んだが、

「友達の家にいるんだ。小さい頃、こっちの方に引っ越した友達がいてさ。その人の家に御世話になってる」

 何もかもが嘘だった。ひなたは友達というには少し早い。

『そう……。ごめんね。迎えに行ってあげられなくて。こっちから連絡どうやってとっていいかわからなかったの』

 両親の携帯も、葵の携帯も、燃えてしまったホテルの中だ。自宅には帰っていないので、連絡のとりようがない。叔母は更に一つ、葵に訊いた。

『それで、葵……。これからどうするつもり?』

 それは、今最も二人の間で話し合わなければならない話題だった。

「俺は……、一人で暮らしていこうと思ってるよ。幸い……っていうか、家は、あるし。生活費はアルバイトでなんとかするし、なんとかなるよ」

 両親が行方不明になってから、ずっと考えていたことだった。バイトが決まるまでは貯金を崩せばいい。

『私の家……こないの?』

 叔母は驚いた様子で言った。葵が自分のところに来ると思っていたのだろう。それは当然で、葵の現況を聞けば、誰もが叔母との同居を推奨するだろう。


「行かないよ。瑠璃姉さん、もうすぐ引越しでしょ」

 ただの引越しではない。結婚にともなう引越しだ。引越し先は、新郎の待つ家。そんなところへ、行けるはずもないし、できれば行きたくないというのが本音だった。両親が火事で行方不明という重たい経緯のせいで、向こうも断りづらいだろう。そんな状態で受け入れられても、嫌だった。そしてそれ以上に、葵の転がり込みがきっかけで、叔母と旦那の関係が悪くなってしまうことを避けたかった。

『ごめんね……、葵』

 そんな葵の気持ちを察したのか、叔母は葵に謝罪の言葉を口にした。

「いいよ。やっと決まった結婚だもんね。おめでとう」

 こんな時に叔母の結婚の祝福の言葉を口にできる自分自身に、葵は驚いていた。両親の行方不明という現実から逃避したいが故の発言であることに、葵は気づいていない。

『わかった。葵、何かあったら必ず連絡してね。なんでもしてあげるから。お金に困ったでも、家事ができないでも、なんでもいいから。私が助けに行ってあげるから』

 もし一人暮らしが辛ければ、自分達との同居を選択してもいい。叔母はそう言いかけたが、口には出さなかった。

「うん、ありがとう。じゃぁね。瑠璃姉さん」

『ちょっと待って。あなた、私の家に来ないの?』

「だから、新婚の人の家には行けないって」

『そういうことじゃなくて、今晩はどうするのよ?その……今いる友達のところに泊めてもらうの?』

 叔母のその言葉に、葵は黙り込んだ。全然考えて無かったから。

『アテがないのなら、私の家に来なさいよ。今仕事で夜遅いけど。連絡してね。ごめん、もう休憩終わっちゃう。じゃぁね』


 電話を切って、部屋の扉を開ける。ひなたの姿があった。

「電話、終わった?」

「うん、ありがとう。藤堂さん」

 お礼を言って、スマートフォンを返す。受け取ったひなたは、葵の頬を摘まむ。

「ひなた、って呼んでよ。藤堂さんじゃ、この家の家族全員振り向いちゃうよ?」

「う、うん。ひ、ひなた……」

 女子の下の名前を呼ぶのは、少し照れ臭かった。

「ちょっとたどたどしいけど、合格ねっ。ねぇ、葵。一つ気になることがあるんだけど、訊いていい?」

「何?」

「今、叔母さんに電話してたのよね?それともお姉ちゃん?」

「叔母さんだよ?」

 叔母に連絡をするという目的は、スマートフォンを貸す時に聞いているがひなたはそれでも訊いた。

「でも、瑠璃姉さんって……」

「あぁ、それ、昔からの癖なんだよね。母さん、かなり若い時に俺を産んでるから、その時、瑠璃姉さん……叔母さんはまだ十四歳だったんだ。だから、『おばさん』って呼ばれるのが我慢できなかったらしくて、小さい時から、瑠璃姉さんって呼びなさい、ってずっと言われてたんだよね」

 その教育が生かされている、とでも言うべきなのか葵は今でも叔母のことを瑠璃姉さんと呼んでいる。

「ははっ、面白いね。確かに私も、今の歳からおばさんは嫌かもなぁ」

「でも叔母って、親の妹って意味だから、年齢は関係ないんだよ?」

「言葉の定義としてはそうかもしれないけど、やっぱり『おばさん』っていう響きが嫌よね」

 自分がそう呼ばれる立場になったところを想像したのか、ひなたは嫌そうな顔をする。


「ひなたー!お風呂入っちゃいなさーい! 」

 一階のほうから叫ぶ声が聞こえた。

「あっ、もうそんな時間か。葵、先に入っておいでよ」

「う、うん……。ひなた、それで一つお願いがあるんだけど……」

 それは、叔母への連絡を終えた時から言わなければならないことだった。

「何、一緒に入る?」

 途端に顔を紅くした葵を見て、ひなたは面白そうに笑った。

「そうじゃなくて、今日……この家に泊めてもらっていい?」

「えっ?もとからそのつもりで私は考えてたんだけど、違うの?」

 何を今更、といった感じで言うひなたは、部屋を出て行って、一階に降りて行った。しばらくすると戻ってくる。


「お母さんも、泊まっていいってさ。なんならずっとでも良いって。本当に一緒に暮らしちゃう?あ、これ着替えのジャージと下着。下着のほうは新品だから安心して。ジャージは智樹のやつ」

 そう言って、下着とジャージを渡されて、脱衣所へと案内された。その途中、智代さんに声をかけられる。

「泊まっていくのね?」

「ハイ、すいません、お世話になります」

「全然いいのよ。部屋余ってるし。なんならずっとでもいいわよ」

 ぺこりと頭を下げる葵を見て、智代は言った。

「ところでお母さん、葵の布団、どこに敷くの?前の智樹の部屋?」

「あそこ、物置になってるから今すぐには無理よ。ひなたの部屋に布団敷けない?」

「私の部屋?大丈夫だけど……いいの?」

 ひなたの言葉に、智代さんは首を傾げる。

「いいの、ってなにが?」

「その、親としては、年頃の男女が同じ部屋で寝るのをなんとなく避けようとするんじゃないかなぁ、と」

「あら、私は葵くんみたいなお婿さんなら大歓迎だけど」

 冗談だとわかっていても、葵は苦笑することしかできなかった。


 風呂に入りながら、葵はこれからのことを考えていた。

 両親の安否もそうだが、自分自身の今後についても無視できない要素だったからだ。

「どーすっかなぁ……」

 言いながら、葵は現実的でもあった。結局、叔母の世話になる以外ないのかもしれない。まさか今日出会ったばかりの藤堂家に迷惑をかけるわけにもいかないし。今まで一人暮らしをしたこともない男が突然一人暮らしになって、不安がないわけがなかった。

 しばらくボーッと考えていたが、自分が一番風呂だったことを思い出し、素早く身体を洗って風呂を上がった。


 風呂を上がった葵は、寝るまで智樹とゲームをして過ごした。

 ゲームというのは男子が仲良くなるには最適なツールで、ちょっと変わった経緯で出会うことになった二人も、あっという間に仲良くなることができた。

「おやすみ。葵さん」

「おお、おやすみ智樹」

 午後十一時。葵は一階の智樹の部屋を出て、ひなたの部屋に向かった。

 姉であるひなたの部屋が二階で、弟の智樹の部屋が一階。ちょっと変わった部屋割りだな、と葵は思ったが、そうなっている理由を特に考えたりはしなかった。

 ひなたの部屋の扉をノックする。

「はーい」

 中からのひなたの反応を確認してから葵は扉を開く。さっき入った時よりも、物が片付いており、布団を敷くスペースが確保されていた。

「そっか、布団敷かなきゃだね」

 葵が言う。普段はベッドで寝ていたので、布団敷きという作業をすっかり忘れていた。

「ひなた、布団ってどこにあるの?」

 葵の質問に対し、ひなたはしばらく無言だった。

「葵……、一緒に寝よ……?」

 そして、顔を紅くしながら、呟くようにこう言ったのだった。

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