第1話
感想頂けると嬉しいです。誤字脱字等も気を付けていますが、どうしても出てきてしまうので気がついたら報告頂けますと助かります。
「葵、車に荷物積んでくれー」
「はーい……」
七月六日。
父親の呼びかけに、葵ーー矢吹葵は、ダルそうに返事をした。
「シャキッとしろよ。男だろ?」
「……だったらもっと男らしい名前をつけてくれよ」
ダルそうな口調はそのままに葵は言う。
「俺に言うなよ。葵って名前をつけたのは俺じゃなくて母さんなんだから。それにお前の身体の見た目も男らしくないんだよ。細いしな」
父親の反論に、自分の腕を見ながらため息を吐く葵。
「ほら、荷物だ」
父親から渡された荷物を、車のトランクに積む。
「ごめんごめん!遅くなっちゃった」
玄関の方から、葵の母親が駆けてくる。
「準備できたか?さぁ、出発だ」
荷物を積み終え、家族全員を乗せた車は、目的地に向かって走り出した。
矢吹葵は、現在高校一年生。葵という女子のような名前だが、立派な男子である。しかし、名前の影響もあったのかなかったのか、見た目は少し中性的で、身体も細い。矢吹家の一人息子。他に兄弟はいない。両親と葵の三人家族。矢吹家は典型的な核家族だった。
「なぁ、俺も行かなきゃダメなの?」
車が走り出して高速道路に入ってなお、葵は不満げな様子だった。葵の不満の理由は、今回の遠出の目的にある。
「いいだろう?今年はせっかく土日が当たったんだから」
「なんで高1にもなって、両親の結婚記念日の遠出に付き合わなきゃいけないんだよ。毎年の墓参りはすぐ忘れるくせに、結婚記念日だけは有給とってまでちゃんと祝うんだから……」
目的地は、家からだいぶ離れたホテルである。そこで葵の両親は、毎年結婚記念日を祝う。幼少期の頃こそ、ホテルに泊まれるということで葵も喜んでついて来ていたが、思春期の頃から、この行事が憂鬱なものだった。
(両親がイチャつくっていうのに、喜んで追てくる奴がどこにいるんだよ……)
内心、葵は不満を零しながら、スマートフォンに視線を落とす。気が向いた時に見る、今日の運勢を占うサイトを開く。
このサイトは、出生月ごとに分けて運勢を占い、それをランキングにして発表している。葵の誕生月は十二月だ。
『今日は大きな不幸があるでしょう。でも、それだけではありません。大きな出会いがあるでしょう』
サイトには、そう書かれていた。順位としては最下位だった。
「今日は誰かと出会えるなんて思えないけどなぁ……」
「ん?何か言ったか、葵?」
「いいや。何でもない」
「お!来たな。矢吹」
ホテルに着くと、ホテルの支配人夫妻に出迎えを受けた。
「久しぶりだな。中田」
葵の父親は、支配人の男性と親しげに話している。父親と中田支配人は、高校の時の同級生で、結婚記念日に毎年このホテルに泊まっているのは、そういう縁からきている。
「結婚記念日、おめでとうございます」
支配人が、葵の母親に向かって、頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、正確には結婚記念日は明日ですけどね」
矢吹夫妻の結婚記念日は、明日、七月七日。七夕だ。
「そうでしたね。毎年この日に来るので、どうしても思い違いをしてしまいます」
「中田、来年の予約も頼むぞ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
中田支配人は、敢えて恭しく父親に礼を言った。
部屋に入り、荷物を置くと、葵はベッドに倒れこむ。今日は朝早くから起こされて、眠い。車内で居眠りのような形で睡眠はとったが、眠気は抜けきらなかった。葵は程なくして、意識を手放した。
「ん……」
葵は目覚める。寝ぼけていたせいか、寝ている場所が出先のホテルであるということを理解するのに少し時間を要した。
両親の姿はない。時計を見ると、二時間ほど眠っていたようだ。現在時刻は午後四時だ。
することもないしどうしようかと悩んだ末、あることを思い立ち、ホテルの部屋を出た。
エレベーターに乗り込んで、地下一階へと向かう。向かう先は、ゲームセンターだ。
街にあるような中規模のゲームセンターと比べても遜色のないレベルで、多くのゲームの筐体が置かれている。
中田支配人の趣味がゲームである事が影響していて、定期的に新しいものも入っているので、このホテルに来るたびに利用する葵も未だに楽しめている。そのせいか、家族連れで訪れたであろう子供達と、付き添いの家族で賑わっていた。
「さて……何からやるか」
呟くと、ゲームセンターに入って行った。
「さて……最後はこれだな」
新しいゲームと昔からお気に入りのゲームを遊んだ後。葵の視線の先には、レースゲームがある。座席とハンドルがあり、その足元にはアクセルとブレーキ。隣にも同じものが並んでおり、二人で対戦ができるものだ。もちろん、一人でも遊ぶことができる。一人で来ている葵は一人で遊ぶ以外の選択肢はない。
難易度最高に設定して、CPUとの対戦を始める。一年ぶりということもあって実力の低下は避けられず、接戦にはなったが、何とか一位でゴールすることができた。
しかし、葵はそこまで喜びを感じなかった。コンピュータ相手だと、勝ってもあまり嬉しくはない。
(さて……帰るか)
「君強いね!私と、対戦しない?」
葵の背後から、声が聞こえた。音源に視線を向けると、そこには、葵と身長はあまり変わらず、スタイルの良い女子が立っていた。
「……いいですよ」
葵の反応を見て、女の子は隣に座る。
「ステージはどこにするの?」
「お任せします」
女の子はステージ選択に少し悩んだ様子だったが、結局、ベーシックなステージを選択する。
画面が切り替わり、スタートのカウントダウンが表示される。
カウントダウンの数字が1になった時、女の子が少し息を吐いたのを葵は感じ取った。
数字が0になった瞬間、葵はアクセルを踏み込む。スタートダッシュは二人とも完璧だった。スタートダッシュで差がつかなかった以上、最初の直線コースでは横並びでレースは進んでいく。
勝負どころは、カーブだ。どれだけ内側をとれるかが重要だ。現状が横並びである以上、相手より速く正確にインを確保するつもりでいた。相手も自分もブレーキを踏んでカーブに入ると思っていた。確実に減速が必要となるカーブはそこで、差がつく。そう思い込んでいた。
カーブが近づいてきた。葵は、ブレーキを踏む。ーーしかし、女の子は葵の予想の真逆の行為をした。
葵はあっという間に追い抜かされる。女の子はカーブを前にして、ブレーキを踏まずそのままの速度でカーブに進入する。
葵は驚くが、ハンドルを握る手は動揺しない。あんなスピードで走っていては、オフロードに突っ込んでしまう。葵が焦る必要はないはずだった。
「なっ……」
葵が声を漏らす。何故なら、目の前の車がスピードを維持したままカーブを曲がりきったからだ。
カーブを曲がりながら、ちらっと葵は隣の女の子を見る。慣れた手つきで、ハンドルを操作している。
カーブでついた差は埋まることはなく、最後まで葵は女の子を抜き去ることは出来なかった。
「私の勝ちね。ありがとう。対戦してくれて。楽しかったわ」
「強いですね……。こちらこそありがとうございました」
挨拶を返しながら、葵は目の前の女の子を見る。
黒い長髪、すらっとした、女子にしては長身の身体。雰囲気を考えると葵よりは一つか二つ年上だろう。だが、歳上女性という表現よりお姉ちゃん、と表現した方が適切だ。ちなみに、服の上からでも、少しではあるが胸の存在を確認できる。それなりのサイズだ。
「君は、どうしてこのホテルへ?」
女の子が葵に訊く。深い意味はない、雑談の一種としての問いだった。
「家族で……旅行に」
両親が結婚記念日なんです、とは言えず、漠然とした答えになった。
「家族で旅行か……いいねっ」
女の子は答えを聞いて、笑顔になった。
女の子は時計をちらりと見ると、やばっ、と呟く。
「じゃぁね!旅行楽しんでね!」
女の子は、急いでエレベーターに乗って行った。
(名前、訊かなかったし、訊かれなかったな……)
「まぁ、いいか」
そんなことを思いながら、葵は独り言をこぼした。
自宅から遠い場所にあるホテルでの出会いだ。再会することがあるとしても、明日帰るまでの間にもう一度遭遇する程度だろう。名前を聞いたとしても、すぐに忘れてしまうだろう。
葵は、先程の負けの悔しさを晴らす為に、CPUを相手にもうワンレース行い、部屋に戻った。